98 その想いの行方4
エドワルドが総督府へ戻った2日後、バセットの計らいで女医のクララがグロリアの新たな専属医として館に常駐することになった。彼女を送っていったルークからコリンシアがかなり怒っていた事を知ったエドワルドは、慌てて謝罪の手紙と彼女が好きな砂糖菓子をグランシアードに託して届けさせた。
彼自身が行かなかったのは、バセットに止められただけでなく、フロリエにどう接していいかまだ分からなかったのもある。コリンシアからは“もうしないでね、こりん”という返事をもらい、どうにか許してもらえたらしい。
そして更に半月あまり経ち、エドワルドも右手をどうにか動かせるようになっていた。妖魔の討伐要請が来たこの日、バセットからグランシアードに乗る許可が出ていたエドワルドは、久しぶりに同行する事にした。
「しかし、まだ……」
「指揮するだけだ。急ぐぞ」
止めようとするアスターを尻目に、彼はさっさと準備を整えてしまう。仕方なくアスターも準備を整えると、着場で待っていたファルクレインに跨る。今日は他にマリーリアとゴルトが従う。万が一他の場所に妖魔が襲来しても対応できるように、今日はルークとジーンが留守を預かる事になった。
「行くぞ」
久しぶりの討伐にエドワルドも実は緊張していた。もう痛まないはずの右肩が
北東へしばらく進むと、城壁に隣接した村が20匹程の黒曜ムカデに襲われているのが見えた。まだ騎馬兵団は到着しておらず、自警団が必死に応戦している。
「アスター、マリーリア、先に行け」
エドワルドは飛行速度が速い2騎に先行させる。
「はい」
ファルクレインとカーマインは速度を上げ、村に突っ込むくらいの勢いで妖魔に迫る。2人は群れの背後から矢を射掛け、妖魔たちの勢いを弱める。そこからいつももめているとは思えないくらいに息の合った動きで、周囲を旋回しながら彼らを
「なかなかやるじゃないか」
エドワルドはグランシアードを上空で旋回させながら、竜騎士のフォローに回っているマリーリアと2頭の飛竜に指示を与える。やがて北の方から近づいてくる騎馬兵団の姿が見えた。
「騎馬兵団が到着するぞ」
エドワルドはすかさず3人に注意を
「殿下、ジーン卿が来ます」
マリーリアに促されて南の空を見上げると、ジーンの飛竜リリアナの姿が見える。彼女が来るという事は、何か火急な事でも起きたのだろうか?エドワルドの胸に不安がよぎる。
「殿下、今お館から連絡が届きまして、グロリア様がお倒れになられたと……」
「何?」
嫌な予感は的中してしまった。
「ルーク卿がバセット医師を連れて既に館へ向かいました」
「分かった」
エドワルドはすぐにグランシアードに飛び乗った。
「供はしなくていい。そなた達は総督府へ帰れ」
そう言い残すと、彼はすぐにグランシアードを飛び立たせ、グロリアの館へ向かったのだった。
「叔母上は?」
「今、バセット医師がついておられます」
騎竜帽も
「父様、おばば様が……」
「バセットがついている。きっと大丈夫だ」
コリンシアを抱きしめ、エドワルドが言う。ふと顔を上げると、フロリエと目が合う。彼女は慌てて目を逸らすと、頭を下げて静かに居間を出て行く。後を追いたかったが、さすがに今は不謹慎な気がするので止めた。今はそっとしておいた方が良いかもしれない。
「ルーク、先に総督府へ帰れ。私はしばらくここにいる」
「かしこまりました」
ルークが頭を下げて居間を出て行くと、彼を見送るためにオリガも後を追う。居間にはエドワルドとコリンシア、オルティスだけとなる。皆、グロリアの寝室につながる奥の扉を見つめ無言で時を過ごした。
日が傾きかけた頃、急に外が騒がしくなった。見てみると、数頭の見慣れない飛竜がゴテゴテとした衣服を身に
「やっとこの時が来ましたな」
「いよいよですわね」
「誰が選ばれても……」
「文句無しということで……」
皆、口々に勝手な事を言っている。おそらくこの中に本気でグロリアを心配しているものはいないだろう。オルティスが「お静かに願います」と制しているのが聞こえる。それにもかかわらずガヤガヤと騒がしい一団は近づいてきて、居間の扉を開けた。
「!」
彼らは扉を開けたところで固まってしまう。ソファに座って腕組みをしているエドワルドが一同を
「叔母上が病と闘っておられる。静かにして頂こうか」
静かだが、威圧感のあるエドワルドの言葉に、彼の倍は生きている親族達も黙り込む。
「こ……これはエドワルド殿下。お怪我をされたと伺いましたが、もうお体の方は……」
ラグラスの姉ヘザーが愛想笑いを浮かべて話しかけてくる。
「見ての通りだ。機嫌以外はすこぶるいい」
不機嫌そのものでエドワルドが返す。コリンシアは少し前に食事をさせて早めに部屋へ戻らせていた。今はフロリエが側についているはずである。正直、子供に彼らの会話を聞かせたくは無かったので、その点においては助かったとエドワルドは思った。
「さ……左様でございますか」
彼等は冷や汗を流しながら、皆居間に入ってきて思い思いの場所に座る。さすがにラグラスだけはエドワルドに顔を合わすのが気まずいのか、部屋の隅に立っていた。オルティスが静かに入ってきて皆にお茶を淹れる。
「酒は無いのかね?」
「そういえばお腹がすきましたわね。何か持ってきてくれないかしら」
親族達はオルティスに
「食事をなさりたいのでしたら食堂でどうぞ」
静かな口調とは裏腹に、彼はこめかみに青筋を浮かべている。
「そ……そうさせていただきましょうか」
親族達はいそいそと
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