56 神官長の受難2
突然の通達により温室の使用を礎の里に認めて3ヶ月。周囲は厳重に警備され、神官長であるロイスですら近づく事が出来なかった。そこまでされるとさすがに不安になり、ロイスは幾度か警備の責任者に温室内の確認を打診したのだが、
そんな中、約3ヶ月ぶりにベルク準賢者の代理人であるオットー高神官がフォルビア正神殿に訪れた。準賢者の代理として夏至祭に出席するため、皇都に向かう途中に立ち寄ったらしい。
「どこかお加減でも?」
驚いたことに、ロイスが挨拶もそこそこに思わずそう訊ねてしまうほど彼の顔色は悪かった。心配無用と返されたが、それでも一体何があったのか勘繰りたくなるほどのやつれようだ。
「実は貴公に頼みたい事がありましてな」
オットーはすぐさま本題を切り出してきた。また、何か無理難題を言われるのではないかとロイスは身構えたが、頼まれたのはグロリアへの仲立ちだった。医師としてだけでなく、この近隣で最も腕の立つ薬師でもあるリューグナーに仕事を依頼したいらしい。その為に直接の雇い主であるグロリアに話を通しておきたいとのことだった。
「そのくらいでしたら可能ですが……」
グロリアとは旧知の間柄である。礎の里からの依頼となれば断られることもないだろう。ロイスは想像と異なった依頼に幾分ホッとして了承した。彼の返答にオットーも満足したのか幾分、機嫌は良さそうだ。そこでロイスは春からの懸念を持ち出してみた。
「温室の中を確認させていただくことはできませんか?」
「それはできません」
「この神殿の責任者として何が行われているのか確認したいのです」
「先日もご説明申し上げた通り、希少な薬草の栽培を行っています。それとも、我々のひいては準賢者様をお疑いなのですか?」
ロイスは断られても食い下がってみるが、オットーの機嫌を損ねただけだった。
「そうではありませんが……」
「でしたら余計な詮索はなさらない事です」
オットーはそう言い残すと話を切り上げる。そしてもう用はないとばかりに席を立ち、案内を待たずに部屋を出て行ってしまった。
「余計な詮索って……」
ロイスは唖然として呟く。結局、温室で何が作られているのかという疑問は払しょくされるどころか益々不安が募ってしまっていた。
オットーの訪問から数日後、フォルビア正神殿に賓客が訪れた。最近ではめったに外出しないフォルビア女大公グロリアである。彼女からも頼み事があると春先から言われていたのだが、ロイス自身が多忙でなかなか時間が作れずにいたところ、時候が良くなったこともあって彼女の方から訪ねて来てくれたのだ。
「わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます」
久しぶりに会う彼女は実に生き生きとしていた。つい先ごろまでは引き取った姫君に振り回されて随分とお疲れの御様子だったのだが、今の彼女はかつて国政を支えていたころを思い起こさせるほど気力に満ち溢れていた。
「急に済まぬの」
詫びる女大公の傍らには2人の女性が付き添うように従っている。1人は服装からしてグロリアの侍女。もう1人は若草色の衣装を身に纏った品の良い若い女性だった。グロリアからフロリエと紹介されたこの女性がロベリアからも問い合わせがあった女性だろう。
大母補候補と同等の竜力を秘めているとロイスは聞いていたが、それは
晩餐の場でも頼まれていたが、翌日の会談でも改めて協力を求められた。これほどの力を持つ女性がいれば神殿に情報が入らない方がおかしいのだが、ロイスには全く心当たりがない。どのようにしてあの場にいたのかは不明だが、この近隣の出身ではない事は明らかだ。グロリアとは時間はかかるが範囲を限らずに情報を集めることで合意した。
フロリエの身元調査を合意したおかげで、礎の里から要請されたリューグナーへの仕事の依頼は快諾してもらえた。これで懸念が1つ解消された。神官長の立場である彼にしては珍しく、ホッとしたのが顔に出ていたらしい。
「そなたも難儀な事よの」
神殿も一枚岩ではない事を良く知っているグロリアに気の毒そうな視線を向けられた。
しかし、安堵したのもつかの間、神殿内であり得ない騒動が起こってしまった。一般人は立ち入ることが出来ない中庭を散策していたフロリエが侵入者に襲われて怪我をしたのだ。
侵入してきたのはロベリアの副総督トロスト。調べて分かった事だが、彼は警護の担当者に金を握らせて中庭まで侵入していた。もう平身低頭で謝るしかない。怪我は軽く済んだこともあり、当のフロリエもグロリアも謝罪を受け入れてくれた。
しかし、神殿の最高責任者としてこの問題をこのまま放置するわけにはいかない。警護のみならず神殿に勤める下働きまで精査することとなった。
苦労性の神官長の受難はまだまだ続く……。
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12時にももう一話更新します。
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