36 華やかな宴のその陰で2

 気付けば隣でコリンシアがうとうとし始めている。今日は武術試合には出なかったが、午前中はアルメリアと過ごし、午後は昼寝もせずにあの小竜と遊んで疲れたのだろう。

 ちょうどアルメリアが退出の挨拶をしに来たので、一緒に連れて戻るように頼むと、彼女は笑顔で引き受けてくれた。アルメリアの代わりに婚約の正式発表があったユリウスがコリンシアを抱え上げ、2人の淑女を部屋まで送っていってくれることになった。国主とその息子たちは会場を後にする3人を微笑ましく思いながら見送ったのだった。

 そのうち曲が終わり、初心者のルークはどうにか転んだり、相手の足を踏んだりすることなく、ほっとした様子で相手の女性に最後の礼をしたのだった。

「さて、一曲踊ってきますか」

 エドワルドはそう一言つぶやくと玉座の傍を離れる。さっきは誰も誘わないと言っていたのにどういった風の吹き回しかとハルベルトが見守る中、真直ぐ会場の隅へと歩いていく。特に若い女性の視線を一身に受けながら、向かった先はマリーリアの所だった。

「一曲踊って頂けますか?」

「……またですか?」

「はい、またです」

 にこにこしてエドワルドが答えると、マリーリアは仕方なしに彼が差し出した手に自分の手を添えた。会場がざわめく中、2人は広間の中央に進み出る。曲が始まり、2人は流れるように優雅に踊り始めた。

「やはり、この格好なんですね」

「私は竜騎士ですから」

「着飾って欲しいのですが?」

「……」

 エドワルドはここで悪戯とばかりに、今まであまりしたこと無いような難しいステップを踏んでみる。だが、彼女はそれにこともなげについてくる。

「殿下にお願いがございます」

「なんだ?」

「私を討伐に参加させて下さい」

「色気のない話だな」

 マリーリアは第1騎士団に所属していたが、父親からの意向で前線に出たことは無かった。ワールウェイド家の内情を知らない者の間では、さすがのグスタフも娘には甘いのだろうと噂されている。

「だめでございますか?」

「君は私の部下ではないし、そもそも配属の決定権がない。私に頼む事が間違いだろう」

「……」

「それに今の君では討伐はまだ無理だ」

 難しいステップを踏みながら2人には会話を交わす余裕もある。内容はとても優雅とは言えない内容ではあるが……。

「どうしてこだわる?」

「私は竜騎士だからです」

 2人の高度なダンスに会場がどよめいている。ドレスの裾の代わりに2人の礼装用の長衣が翻り、人々の視線を集める。

「民を守る為に私は竜騎士になりました。それなのに一度も討伐に参加させていただけません。義務をおこたっているように感じます」

「惜しいな」

「何がですか?」

「その気持ちの半分でもゲオルグが持っていればな……」

「……」

その後、2人は黙ったままダンスを終えた。会場からは大きな拍手が2人は軽く挨拶をかわすと、それぞれ元いた場所に戻っていく。

 気付けば話題の竜騎士達が姿を消していた。周囲を固めていた令嬢方の意識が踊るエドワルドとマリーリアに集中している間に逃げ出していたらしい。それに気づいた彼女たちの間からは残念そうな声が上がった。




「はぁぁ……」

 会場を抜け出したアスターとルークは、外のテラスで一息ついた。

「どうにか踊れていたじゃないか」

 アスターは苦笑しながら手にしたグラスのワインで喉を潤す。

「討伐に行くより緊張しました。……副団長はすごいですね」

「……殿下に付き合って一通り習っているからな。だが、こういった場は苦手だ」

 ルークから尊敬のまなざしを向けられ、アスターは照れ隠しにワインの残りを飲み干した。会場から大きな拍手が起こっている。エドワルドとマリーリアのダンスが終わったのだろう。

「これで公式行事は終わりですよね?」

「そうだな」

「なんだか、ロベリアが妙に懐かしいです」

「同感だ」

 まだ向こうを離れて10日も経っていないのに、随分と長く皇都にいる気がする。ルークは無性に向こうの空をエアリアルと存分に飛びたくなっていた。

「ここへ逃げ込んでいたか?」

 急に割り込んできた声に驚いて振り向くと、そこにハルベルトが立っている。慌てて2人が跪こうとするのを彼は身振りで押し止め、重厚なテラスに寄りかかった。

「ハルベルト殿下、この度はアルメリア様のご婚約、おめでとうございます」

 先ずは代表してアスターが慶事を祝う。

「ふむ、そうだな。父親の心情としては複雑なのだが、彼なら安心して娘を託せる」

 まだ先の話とはいえ、大事な一人娘を嫁がせる心境はかなり複雑なのだろう。一つため息をつくと、今度はかしこまっている若い竜騎士に話を振る。

「それにしても舞踏の腕もなかなかのものではないか。今後もこういった場に招待するから、どんどん披露するといい」

「こ……転ばなかったのが不思議なくらいで、相手の方に申し訳なかったです」

 ルークは顔を真っ赤にして慌てて否定する。

「はっはっはっ。初めは誰でもそうだ。そうだろう? アスター」

「左様です」

 何やら心当たりがあるのかアスターは苦笑いしているが、その気まずさをごまかす様に話題を変えた。

「殿下、剣をありがとうございます」

「わ、私も、多額の褒賞をありがとうございます」

 アスターは改めて剣の礼を言い、ルークもあわてて頭を下げる。

「それだけの手柄を立てたのだ。気にせず受け取りなさい」

 かしこまる若い竜騎士に鷹揚おうように笑って答え、アスターにはふと真顔になって話しかける。

「エドワルドに譲ることも考えたが、それは同じ風の資質を持つそなたの方が扱いやすいだろう。私の手元で眠らせておくよりも、相応の使い手に譲った方がいいと判断したのだ。エドワルドも同意しておる」

「そうでしたか」

 アスターは改めて腰の長剣に触れる。

「それにな、そなたたちを見込んで頼みがある」

「何なりと」

 打てば返すような答えにハルベルトは声を潜めて言葉を続け、アスターとルークは表情を引き締める。

「今回の一件、このままでは収まらないだろう。君もだが、恨みを買ったエドワルドに危険が及ぶ事になる。本人は大丈夫だと言い張るが、あれを守ってくれるか?」

「もちろんです」

「はい」

 2人は即答する。そんな彼らの反応にハルベルトは満足そうにうなずいた。

「ところで、雷光の騎士ルーク卿」

「あの……その呼び方はどうにかならないでしょうか?」

 ルークはいつの間にかつけられたその二つ名に戸惑いと気恥ずかしさを感じていた。

「無理だな。父がああ言ったものだから、すっかり定着してしまっている」

「え?」

 ルークは困った様な情けないような何とも言い難い表情をしている。

「そのルーク卿にいくつか養子の話が来ている」

「……」

「跡取りがいない貴族から養子に迎えたいという話と、自慢の娘の婿に迎えたいと言う話が昨日から何件も来ている。今日、君が踊ったお相手もその一人だったはずだ」

「え?」

 緊張して顔も良く覚えていないが、亜麻色の髪をした令嬢に終始うっとりと自分の顔を眺められていた気もする。

「そうなれば出世も思いのままだぞ。どうする?」

「……」

 ルークは驚きから立ち直ると、深呼吸してから慎重に言葉を選ぶ。

「そうなると、『ビレア』の姓を捨てる事になりますよね?」

「そうだな」

「両親は私が竜騎士になる事をとても喜び、見習いの間もずっと応援して支えてくれました。私はこの姓に誇りを持っており、捨てる事はできません。今のところは出世よりも、例え下端でも私を取り立ててくださるエドワルド殿下にお仕えしたいと思っています」

 ルークの返答にハルベルトは驚いたような表情を浮かべていたが、急に笑い始めた。

「まるで10年前のそなたの様だな、アスター」

「え?」

「8年前です、殿下」

 驚くルークを尻目に、アスターは冷静に訂正する。

「そうだったか。当時の飛竜レースで2着になった彼にも、養子の話がたくさん来たのだが、同様の理由ですべて断ったのだよ」

 笑いながら当時の話をするハルベルトの横でアスターはすましている。

「そなたがそう言うのならば、養子の話は無かったことにしてもらおう」

 ハルベルトの言葉にルークは安堵して頭を下げる。

「すみません」

「気に病むことはない。しかし、エドワルドも幸せ者だ。この様に慕ってくれる者がいるというのは、何よりの財産だな。うらやましいことだ」

 ハルベルトが満足げにうなずいていると、広間の方から彼を探す声が聞こえてくる。

「そろそろ戻らねばならない。そなたたちも男2人でこんな所にいないでもっと宴を楽しむといい」

 ハルベルトはそう言い残すと、かしこまる2人を残して大広間に戻っていく。残された2人はもう宴を楽しむ気分ではなかったので、ルークは早々に会場を抜けて宿舎に戻り、アスターはハルベルトの言葉が気になったこともあり、人に紛れてエドワルドの傍に控えて過ごした。


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