35 華やかな宴のその陰で1

 日が沈み、星が瞬きだす頃、夏至祭最後の行事、舞踏会が始まった。前日の晩餐会にも増して華やかな衣装のご婦人方が目立つ中、竜騎士礼装のルークは居心地悪そうにしていた。

「はぁ……」

「何、ため息ついてる?」

 隣に立つアスターは部下のやる気のない態度に眉をひそめる。

「なんだか場違いな気がしまして……」

「気持ちは分かるが、上級騎士になったからには、今後こういう機会は増えるぞ」

「……」

 実は、ルークはダンスが大の苦手だった。基本は習ってはいるが、こういった場で踊ったことがない。来るのを渋っていたのだが、欠席すれば不敬になるとアスターに脅されてやむなく大広間に足を向けたのだ。今夜は誰とも踊らなくて済むように、隅に隠れてやり過ごすつもりだった。




 ファンファーレが鳴って国主がハルベルトとエドワルドに介助されながら大広間に現れ、その後ろから着飾ったアルメリアとコリンシアが続く。アロンが玉座に座ると、息子2人はその左右に立ち、そしてそれぞれの娘がその隣に立つ。美形で知られる皇家が揃い、集まった一同はその光景に目を奪われる。

 そしてそこへ武術試合で上位入賞を果たした5人が広間に登場し、昨夜同様に1人1人に褒賞が与えられた。リーガスも初めて国主の前に立ち、ハルベルトから直々に褒賞を手渡されていつになく緊張しているのが見て取れる。少し離れたところで見守る恋人のジーンは、手を握りしめて彼の一挙手一投足に見入っていた。

 褒賞の授与が済み、竜騎士達が御前を辞した後にハルベルトが一歩前に進み出る。そして昼間のゲオルグの所業を陳謝し、彼には北の塔で無期の謹慎を命じた事を明らかにした。

 集まった人々はグスタフに遠慮してすぐには反応を示さなかったが、会場を見渡すと彼の姿は無い。欠席だとわかると、急にざわざわと広間がざわめき始める。

「アスター・ディ・バルトサス、マリーリア・ジョアン・ディア・ワールウェイド、ルーク・ディ・ビレア、これへ」

 ハルベルトが片手を上げて場内を鎮め、広間に静寂が戻ったところで3人の名を呼ぶ。急に呼ばれたアスターとルークは顔を見合わせ、マリーリアは戸惑いながら御前に進み出て跪く。

「お呼びでございますか?」

「これより、特別褒賞を行う」

「!」

 ハルベルトの言葉に3人は驚きながらもあわてて頭を下げる。

「本日の武術試合に於いて、ゲオルグの謀略を察知し、未然に防いだマリーリア卿とルーク卿には褒賞をもって報いるものである」

 先ずは2人にずしりと重い小袋が手渡される。中身は確かめるまでもなく金貨だろう。ルークは戸惑い、そっとエドワルドの様子をうかがう。彼は頷き返したので何も言わずに素直にそれを受け取り、同様に戸惑った様子のマリーリアもそれに習った。

「アスター・ディ・バルトサス、小細工を弄したゲオルグを堂々と迎え撃ち、そして披露した華麗なる武技は真に見事であった。その崇高な竜騎士の精神を称え、ここに特別に賞する」

 ハルベルトは脇に控えていた侍官から一振りの長剣を受け取ると、それをアスターに差し出した。使い込まれたものだが、シンプルでありながら細かい細工が施された鞘に納められている。

「これは私が亡きバナーグレイルと共に妖魔を討伐していた時に愛用していたものだ。そなたほどの使い手ならこの剣も喜ぶだろう。私の感謝の気持ちだ、受け取って欲しい」

 ハルベルトは2年前、妖魔討伐中に相棒の飛竜を失った。負傷した彼を庇い、妖魔の餌食となったのだ。その為、彼は竜騎士を引退し、国政に専念し始めたのだ。

「その様な品を……もったいのうございます」

 珍しいことに、アスターの頭の中は真っ白になっていた。素直に受け取る事ができない。

「アスター、私からも頼む。あれの相手を私がせねばならなかったのをそなたに任せたのだ。兄上の気持ちを受け取ってくれ」

 横からエドワルドも言い添える。

「は……はい。では、殿下のお気持ちをありがたく頂きます」

 アスターはようやく決心し、ハルベルトから長剣を受け取った。初めて手にした長剣だが、以外にもスッと手に馴染む。彼が剣を受け取り、頭を下げると、会場内からは大きな拍手が起こった。

 褒賞を受け取った3人が改めて礼をして御前を辞すると、ハルベルトは改めてこのような場を特別に設けさせてもらったことを一同に陳謝した。そして、ユリウスとアルメリアを呼び寄せると、2人の婚約をこの場で正式に発表し、広間の雰囲気がお祝いムードに戻ったところで改めて舞踏会が始まった。




「本当に、もらってしまってよかったのでしょうか?」

 アスターと共に広間の隅に戻り、ルークは困惑した表情で上司の顔をうかがう。彼としては単に護衛としての仕事を果たしたにすぎないのだが、高額の褒賞に戸惑っている。マリーリアも同様のようで、彼女も部屋の隅で困惑の表情を浮かべながら傍にいる文官らしき男性と話をしていた。

「もらっておけばいい。あの男が見付からずに放置されていれば、少なくとも私はここにこうして立っていられなかった。塗られていた薬が何かまだわからないが、物によっては命も危なかった。」

 そう諭しているアスター自身も、長剣をハルベルトから譲られて嬉しいのだが困惑している。輿に下げた長剣を確かめるように、何度となく触れている。

「アスター、ここにいたのかえ? おや、雷光の騎士もこんな所に。隅にいたのでは娘達と踊れないであろう?」

 急にかけられた声に2人は思わず肩を竦める。恐る恐る振り返ると、満面の笑みを浮かべたソフィアが立っている。

「これは、ソフィア様」

 アスターはすぐに畏まって挨拶し、少し遅れてルークも頭を下げる。

「せっかくの舞踏会じゃ。楽しまなくてどうする? このようなところで立っておらずに、娘達を誘ったらどうじゃ?」

 広間の中央では婚約を発表したばかりのユリウスとアルメリアが初々しいダンスを披露している。その向こう側に一際華やかな集団が集まっており、熱い視線が2人に送られてきている。どうやらソフィアがエドワルドの見合用に集めた令嬢方のようだが、今を時めく高名な竜騎士にもお近付きになりたいらしい。

「いや…その…私はこういった場は不慣れで、舞踏も全く……」

しどろもどろに言い訳しつつ、ルークは後ずさっていこうとするが、その腕をソフィアにがっちりとつかまれる。その傍らでアスターは困っている部下を苦笑しながら見守っている。

「おや、舞踏は苦手かえ? そなたも上級騎士になったのなら、こういった機会が増えてくる。今のうちに覚えておくといい。ほれ、娘達が待っておる。こちらへ来るのじゃ、アスターも」

 ソフィアは持ち前の強引さで、嫌がるルークを会場の最も華やかな場所へと連れていく。部下を生贄にしようと思っていたアスターも、釘を刺されてしまえば逃れることが出来なかった。

 着飾った令嬢達の黄色い歓声に2人は迎えられ、たちまち周囲を囲まれてしまう。

「早い者勝ちじゃ」

 ソフィアが実に楽しそうに令嬢方をけしかける。彼女達の間で既に話が決まっていたのか、アスターとルークの相手は大してもめることなく決まっていた。

 最初の曲が終わり、ルークは泣く泣く広間の中央に連れ出される。話題の2人がパートナーを伴って現れると、列席者から大きな拍手で迎えられる。苦手な舞踏を披露する羽目になったルークが緊張する中、新たな曲が流れ始めた。

「さすが、姉上。ルークを引っ張り出しましたか」

「彼は緊張しているな」

「初心者だからな」

「そうなのか?」

「ああ。ジーンが少し手ほどきした程度だ」

 高みの見物を決め込んでいるエドワルドは苦笑しながら部下の舞踏を眺めている。確かにルークは初心者で、確実に無難なステップで相手に合わせているが、少し危なっかしい。逆にアスターは慣れたもので、高度なステップを織り交ぜながら相手をリードしている。

「そなたは踊らないのか?」

「元はと言えばそなたの相手だろう?」

 父と兄に指摘され、エドワルドは肩を竦める。

「あの中から1人を誘うと、後が大変ですよ」

 会場には若い女性が多く、まるで花畑のようだ。一段高くなった場所から会場を眺めていると、隅の方に見覚えのある女性が所在無げに立っている。プラチナブロンドに竜騎士礼装。先程褒賞を受けた、ワールウェイド家の令嬢マリーリアだった。もし、昼間の一件の黒幕がゲオルグではなくグスタフだったならば、彼女は父親の策略を阻止したことになる。彼女は策謀を知っていたのだろうか?

「グスタフは関わっていたと思いますか? 兄上」

「おそらくな。だが、認める事は無いだろう。一族の誰かに罪をなすりつけて、トカゲのしっぽを切るように排除しておしまいにする気だろう」

「それで終わらせるつもりですか?」

「まさか。こちらにも手はある」

 ハルベルトは何か掴んでいるのだろう。この場は人目がありすぎるので、エドワルドはこれ以上聞かず、口をつぐんだ。

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