よっ! 恋しよ?

琴野 音

こういうの初めてなんだよ!

「ドッドッドッドッ!」

「八重っち。エンジンの真似?」


 下駄箱の前で震えていると、ダチの朝奈あさなはどうでも良さそうにアタシを一瞥した。

 違う、そうじゃない。

 アタシは、携帯にいまきたラインを朝奈に見せつける。その幸せと衝撃のラインを。


「ドぁっ! デートなんだ!」

「あぁ、初カレの爽やかくんね。よかったじゃん」

「良くないし! 全然良くないし!」


 彼の顔を思い浮かべるだけで、熱が40度くらいに上がる。初彼氏に初デート。何で付き合っているのかもまだ理解出来ていないアタシには、圧倒的許容オーバーだ。


 付き合い始めたのは一週間前。朝奈が爽やかくんという『戸倉とくら 爽真そうま』は、ずっと憧れの人だった。優しくて、快活で、時にいたずらっ子のように笑って、時に親のような包容力を見せる。そんな戸倉の事がいつの間にか好きになっていた。

 でも、クラスの中心にいるムードメーカー兼大黒柱な戸倉と、ただのギャルのアタシ。余りにも不釣り合いだ。告白する気さえ起きなかったアタシは、遠くから見て癒される事で満足していた。

 それなのに、事は急に動き始めた。


白波しらなみ……ずっと好きだったんだ……。つ、付き合ってください!」


 ある日の放課後。

 真っ直ぐで、変に緊張してて、しかも噛みながら告られた。逃げたい気持ちを奥歯で噛み殺して、でも好きだぁって気持ちも溢れてて。そんな姿に偽りない本心を感じた。

 アタシと同んなじ気持ちなんだって、感じた。

 だから、付き合うことにしたんだ。




「でもわっかんない! 戸倉の好みがわかんないよ! 爪外してった方がいいのか!?」

「は? 何でネイル?」

「ギャルっぽいかなって。清楚が好きそうな顔してるし……。あ、メイク薄めにして言葉使いお嬢にすれば!」

「落ち着きなよ八重っち。ギャルに告白してギャルが嫌いなら、そりゃ罰ゲームかただの破綻者だよ」

「罰……ゲーム」


 その可能性はあるのか……? いや、あの時の緊張した顔。OKを出した時の嬉しそうな顔。アレが嘘なら戸倉は腕利きの詐欺師になれる。

 アタシがどこまで神妙な顔で悩んでいたのかわからないけど、珍しく朝奈はフォローを入れてくれた。


「ま、まぁ大丈夫っしょ。八重っちはイイトコいっぱいあるからさ」

「例えば?」

「援交してないとか? 処女じゃん」

「それ普通の事だし! もっと中身的なのないの??」

「む、胸デケェし……」

「中身だって言ってんしょ!」


 ないのか。アタシの内側に価値はないのか。

 ホント、何でアタシなんかに告ったんだろ。考えれば考えるだけ自信がなくなってくる。


「考えても仕方なくない? デート明日なんだし帰って服でも選んでなよ」

「はぁ、そうしよ。胃が痛くなるってマジで」


 心を決めるしかない。もう決まったことなんだ。ここで引いたら女が廃る。


 家に帰ってから何をしていたのか、自分でもはっきりしなかった。それだけテンパっていたんだろう。ついでに、この時初めて気づいた。露出の少ない服を持っていないことに。






 待ち合わせは昼の十二時。アタシは公園の隅で身を潜めていた。

 アタシが愛読している『小悪魔エッセンス』という雑誌にはこう書かれていた。「彼氏より早くくるとか有り得ない! 女に余裕がないと男も疲れるぞ! 遅れてきて男をモンモンさせろ!」と。

 約束の五分前。戸倉はちゃんとやってきた。いつもよりちゃんとお洒落をして、髪もセットして、デート仕様に変身していた。


 うぉおおお! 早く出ていきてぇ! 何で隠れてんだアタシは!


 せめて時間ぴったりに。でも今すぐ出ていきたい。『小悪魔エッセンス』と欲望が頭の中で殴りあっている。

 もう待てない!

 欲望が勝った瞬間である。


「お、おまた〜」

「白波! おはよう!」


 戸倉はキラキラの笑顔でアタシを迎え入れてくれた。その破壊力は絶大で、アタシのハートを鉄球で押しつぶす勢いだ。


 か、カッコイイ……死ねる……。


 急に恥ずかしくなって、アタシは自分の服装が気になった。ピチピチのへそ出しシャツにダメージショーパン。爽やか青年なファッションの戸倉の横を歩くには余りにも頭が悪い服装に思えた。

 服……買いに行きたい。


「あああ、あのさ!」

「どうしたの?」

「アタシ、服買いに行きたい。もっとさ、大人しい方が好きっしょ? アタシこんなんしか持ってなくて……」


 会ったとこなのに、初デートなのに、アタシは自信がなかった。いきなりこんな気落ちした女の相手をさせるなんて、なんでアタシは満足に準備も出来ないのか。

 そんなアタシを見て、戸倉は一言だけ返してくれた。


「どんな服を着てたって、白波は白波だよ。大丈夫、似合ってるから」


 好きぃいいいいいいーーーー!!!!


 なんていい男なんだ! ホントに彼氏か!? アタシが彼女でいいのか!?

 言ってから恥ずかしくなったのか、戸倉は変な笑い方で顔を逸らした。二人とも声が出せなくなって、先に我慢出来なくなったアタシは早くカフェに行こうと言った。

 このままここに止まってたら、心臓も止まってしまう。


 近所のカフェはオムライスが美味いと評判だった。二人ともオムライスを注文して、美味しい美味しいと言いながら食べる。

 でも、正直味なんてわからない。戸倉の食べているところを初めて見たからアタシはそれに釘付けだった。

 皿、綺麗に食べるな。

 食べ終えた後は、コーヒーを注文して腹安めをした。あーんをするのを忘れていたけど、今のアタシにはハードルが高いからこのまま忘れておくことにする。

 戸倉が色んな話しをして場を温めてくれたから、アタシも聞きたかった事を聞くことにした。


「あのさ、どうしてアタシなんだ?」

「え?」

「戸倉はさ、女子にモテんじゃん? 好きって言う子も多いし、何でこんなどこにでもいそうなギャルのアタシだったんだ? ギャル好きなの?」

「いや、その……」


 言いにくそうに、彼は頬を掻いた。

 やっぱり、罰ゲームだったのかな。

 一度深呼吸をする戸倉。姿勢を正して、真剣な顔でアタシを見つめる。


「は、恥ずかしいから一回しか言わないからな」

「う、うん……」

「正直、ギャルとか可愛いとか、見た目は何でもいいんだ」

「お、おぅ……」

「白波さ、俺たち同じ中学だったの覚えてる?」

「そりゃね」


 まぁ、その時から好きだったから。


「中学の一年。飼育委員だった白波がさ、ウサギが死んだって大泣きしてただろ?」

「お、お、お、おぉぉ……」


 確かにあった。だけど、それは恥ずかしい出来事第二位にランクインするほどの黒歴史。あの時のアタシは涙と鼻水でぐっちゃぐちゃのまま走り回ってた妖怪だった。

 ちなみに一位は、親がコーラの缶を灰皿にしていたのを気付かず、一気飲みして鼻から灰をぶちまけた事だ。たぶんアタシは鼻に関する呪いを受けている。


「その時、なんて優しい子なんだと感動したんだ。それからずっと見てたけど、高校でギャルっぽくなっても中身は変わらなかった。勉強も頑張るし、運動も頑張る。遅刻しないし、学校休まない。実は皆勤賞なんだろ? 根っこは真面目で、すごく優しい子なんだよ。白波は」

「もうやめてぇ!」


 怒涛のラッシュにアタシのライフゲージはマイナスバーだ。そこまで見ていたなんて思わなくて、逆に恥ずかしすぎる。

 皆勤賞狙ってたのもバレてるし、こっそり勉強してたのもバレてる。それでもテストの点数が悪いんだから本物の馬鹿なんだよ。勉強してない体でやってるんだから気付かないふりしてよ! ギャルに憧れたのだって、少しは自分に自信が欲しかっただけだから! 調子乗ってないから!

 心の中で言い訳を並べまくって、アタシは過呼吸気味の息を整える。


「わかった。取り引きをしよう」

「え、えぇ? 何で?」

「いいから!」

「は、はい……」


 この事実を公に明かすわけにはいかない。何としてもここで止めなければ。


「戸倉のお願いを一個何でも聞くからさ、今の話しはアンタの中で封印しておいて……」

「何でも!」

「そう何でも! わかった? 誰にも言うなよ?」

「じ、じゃあ」


 はたっと気がつく。しまった、何でもは言い過ぎた。出した言葉は引っ込められない。

 もし、もし戸倉が今日ホテルに行きたいとか言い出したらどうしよう。まだ心の準備が……。てか無理だ。処女なんだアタシは! 気付いてくれ!


「外、出ようか」


 戸倉は不意に立ち上がり、伝票を持ってカウンターに行った。アタシも慌てて荷物をまとめ、彼の背を追う。


「ここは出すからいいよ」


 男らしい。でも、アタシの中には見逃すことの出来ない一つの気がかり。ここで恩を売って、逃げられないようにするつもりなのか……。

 素直に喜べないアタシは、精一杯の作り笑顔でお礼を言った。

 戸倉に続いてカフェを後にするアタシは完全に逃げ腰だった。彼がまた真剣な表情で振り向くもんだから、ビビって身体が震えた。

 行くのか?

 今から行くのか?

 昼から行くのか!?

 プルプル震えるアタシの目を見て、戸倉はたった一つの何でも券を発動した。


「手を、繋いでください」


 アイヤーーーーー!!!!

 清らかだぁああああ!!!!


「……ヨロコンデ」


 たぶん、アタシは真っ赤になっている。スケベな自分をボコボコにして欲しい。

 安心と羞恥でわけがわかんなくなったけど、彼の汗ばんだ手を握ると、あることに気付いてしまった。

 彼もまた、いっぱいいっぱいなんだ。

 先の事なんて考えられない。一緒にいるだけでドキドキが止まらなくて、手を繋ぐだけで張り裂けそうになって、相手の顔も見られない。


 アタシ、馬鹿だな。


 自分に自信がないとか、戸倉が身体目当てとか、いい加減な想像ばっかりでちゃんと見ていなかった。

 戸倉はちゃんと、アタシが好きなんだ。

 アタシもずっと、戸倉が好きだった。

 触れ合って気付く。小学生みたいな恋だけど、これがアタシたちの恋なんだ。


「戸倉」

「な、なに?」

「これから、よろしくな」

「うん。こちらこそ」


 一歩ずつ進んでいこう。周りとか関係なくて、二人のペースで。

 自然に、当たり前のように手が繋げるように。そしたら、次はアタシからお願い事をしてみよう。

 そうだな、手は繋いだから次は……。


「名前で呼び合うとか……」

「え? いいよもちろん」




 あ……言っちゃった。

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よっ! 恋しよ? 琴野 音 @siru69

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