第18話「開いた溝」

 話を終えたアーネストが、その場から離れていく。そんなアーネストの姿をディオンは神妙な趣で眺めていた。


 自分より大分年下の相手。そんな相手に作戦行動の判断をゆだねるのは、やはりどこか着心地が悪く感じ、落ち着かない想いにかられた。


 けれど、だからといって強く口出しなど出来ない。自分たちは戦いに負け、捕虜となったのだ。相手が相手だったのなら、生かしてすらもらえなかったかもしれない。そんな立場であるのだ。強くものを言える立場ではない。それだけにもどかしさを覚える。


「団長……」


 じっとアーネストの姿を目で追っていると、そう声がかかった。目を向けると、そこには『白雪竜騎士団』の衣服を身に纏った竜騎士が一人立っていた。


 少し背の低い、女性の団員だ。


「シアか、どうした?」


 問い返すと、女性の団員――シアは視線を彷徨わせ、それから口籠った。


「言いたいことがあるなら、確りと口にしろ。前にもそう教えたはずだぞ」


 強く聞き返す。すると、シアは一度口を切り結び、それから口を開いた。


「では、はっきりと言います。団長は、なぜ彼等に協力するのですか?」


「彼等?」


「反逆者たちです。彼等は王国に剣を向けました。そんな者達に協力するのは、王国に対する裏切り行為です!」


 ギラリと、怒りを込めた視線を向け、シアはそう返してきた。


「なるほど。その事か……シア、出発前にも言ったが、これは彼らに対する助力ではなく、フロストアンヴィル――ドワーフ達に対する助力だ。そこを間違えるな」


「それは……理解しています。ですが! ならなぜ、彼の言う事に従うのですか! ドワーフ達への助力なら、我々独自で行えば良いではないですか! 彼の下で動く必要ななどありません。これでは……彼らに対する助力と何も変わらないじゃないですか……」


「俺達は、今は捕虜の身だ。自ら行動方針を決定し、動ける立場ではない。そうで有るのに、友好国であるフロストアンヴィルへの助力を許可してもらえ、間接的ではあるが王国への貢献を果たさせてもらっているのだ。それだけでも、感謝しなければならない。そこの事は、理解できるな?」


「それは……分かっています。ですが……」


「納得できないか?」


 問い返すと、シアは迷う様に視線を彷徨わせる。


「彼は……あの者は……キンバリーを殺した相手です。どんな理由があろうと、私は、あの者を許す事は……できません」


 怒りで声を震わせながら、シアはそう答えを返した。その言葉に、ディオンは深く顔を顰める。


 シアと、それから先日の戦闘で死亡したキンバリーは非常に仲が良かった団員だ。二人の間柄に付いては、直接尋ねた事が無く、詳しくは知らないが、二人が恋仲である事は、竜騎士団の中では半ば周知の事実だった。


 それほどまでの間柄だった相手が、目の前で切り殺され、そして、その切り殺した相手が今目の前にいる。そんな状況で、私情を殺し任務と向き合えというのは、難しい事なのかもしれない。いや、そんな風に考える事すらおこがましいのかもしれない。


「団長は、それで納得できるのですか? 多くの仲間を殺され……騎竜だって殺されたのに、団長は何も思わないのですか!?」


 今度はディオンが強く問われる。ディオンはその言葉に、強く心を揺り動かされる。


 ディオンは今、その事に付いて考えないようにしていた。戦士として恥じぬよう、成すべき事を成す。その事だけを考え続けていた。けれど、今、現実に対し強く目を向けさせられた。


「答えてください」


 再び強く問い返してくる。ディオンはそれに、強く想い悩む。


「俺は戦士だ。戦士として成すべきを成す。それだけだ。そこに私情を挟むつもりはない。私情に流され、大局を見誤る事こそ、避けるべきだ」


 湧き上がってくる言いようもない感情を押し殺し、ディオンは淡々とそう答える。


「それが、団長の答えですか……?」


「ああ、そうだ」


「そう……ですか……分かりました」


 ディオンの答えを聞くと、シアは肩透かしを食らったような、どこか物悲しい声で、そう答えを返した。そして、半ばふらつく様にして、踵を返すと自分の騎竜の元へと歩き始めた。そんな、シアの姿をディオンは何の言葉も挟むことなく見送った。


「ははは……部下からの信用を、無くしたかもな……」


 一人になると、ぽつりと弱音が零れる。


「やはり俺には、団長という立場は、荷が重すぎるようだ」


 そっと、空へと目を組める。青々とした雲一つない空が目に映る。そんな空を目にすると、自分がどれ程小さな人間であるかを見せつけられているような気分になる。


「なあ、エルバート……俺は、どうするべきなんだろうか?」

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