第17話「青い髪の女性」

 高度を下げ、ゆっくりと降下していく。距離が近くなるにつれ、状況がはっきりと目視できるようになってくる。


 女性の姿が見える。青く長い髪をなびかせた女性の姿。血の跡なのか、所々赤く黒く染まった衣服に身を包んだ女性が、じっとこちらを見ていた。


 目が合う。黄金色の綺麗な瞳だ。その瞳が、じっとこちらを捉え、不思議と目が離せなくなる。


『大分やられているようだな。生存者は……彼女だけか?』


 状況を確認するディオンの声が耳元から響き、それによりアーネストは囚われていた意識が元へと戻る。


 アーネストは慌てて、辺りを見回す。


 横転した荷馬車、暴れる馬に、地面を浸す血だまり、倒れた人影が三つ。生存者らしき人影は、青い髪の女性ただ一人だった。


 ハルヴァラストが大きく羽ばたき最後の静止をかけ、ゆっくりと着地する。それに続き、後方を飛んでいた竜騎の騎竜達も順番に着地していく。


 ハルヴァラストが着地を終えると、アーネストはハルヴァラストの背から飛び降り、地面に降り立つ。


 青い髪の女性は、直ぐ傍に大きな身体を持つ、ハルヴァラストや飛竜達が着地したにもかかわらず、その場から逃げだす事も、怯える事も無くその場に立ち続けていた。


 地上に降り立ち、再び女性と目を合わせると、女性はアーネストに対し柔らかく笑みを返してきた。


『アーネスト。俺達は周辺の警戒をする。任せてもらってもいいか?』


 ディオン達が降り立つと、そう指示を仰いでくる。


「あ、はい。では、お願いします」


 ディオンの問いかけに、アーネストはそう返事を返す。


 自分よりずっと年上の相手、そんな相手に指示を出すのはなんだか居心地の悪い気分にかられる。


(周辺警戒を彼らに任せるなら、こちらは生存者の確認かな?)


 改めて辺りを確認し、アーネストは未だにこちらを見ている女性に声をかけた。


「大丈夫ですか? 怪我などはありませんか?」


 警戒させないよう慎重になりながら、アーネストは女性へと声をかける。


「怪我は特にない。問題はない」


 細身の女性。柔らかい雰囲気で話すのかと思っていたら、帰ってきた言葉は、ずいぶんと簡素で固いものだった。


「そう、ですか……。他に生存者は……?」


「生き残ったのは私だけだ。他はもう、死んでいる」


 ほとんど抑揚のない淡々とした声で、女性は答えを返してくる。そして、表情を変える事無く、直ぐ傍で倒れ動かなくなっている男達へと目を向けた。


 そんな不自然なほどの無感動さを見せる女性を目にし、アーネストは小さく戸惑いを浮かべる。


「あの……大丈夫ですか?」


「何がだ?」


 戸惑いから聞き直すと、そうバッサリと切り返され、言葉を詰まらせてしまう。


「いや、何もないなら良いんだ。気にしないでくれ」


 一度、頭を振り気持ちを切り替える。今やるべき事は、状況の確認だ。そう、言い聞かせる。


「それで、なんだけど、できればここでなにがあったか話してくれませんか? 状況の確認をしたいので、できます?」


「分かった」


 確認をすると、軽く頷いて返事を返した。



   *   *   *



 女性はイリシールと名乗った。


 イリシールが話した内容によると、彼女は行商人の荷馬車に便乗する形で、荷馬車に乗っていて、この場に差し掛かった時に山賊に襲われたとのことだった。


 行商人が殺されるところは見たが、襲ってきた山賊がその後どのような目に遭ったかなどは、その時の驚きからはっきりとは覚えていないと語った。



「どうします?」


 イリシールと名乗った女性の話を聞き、それから荷馬車や、倒れていた男達の亡骸を一通り調べた後、周辺の確認を終えたディオンにアーネストは尋ねた。


「どう、とは?」


「この状況についてです」


 尋ねるとディオンは渋い表情を返した。


「その判断をくだすのは君自身だ。それを俺に尋ねられても困る」


「それは、そうなんでが……助言を頂きたいと思いまして、経験など無いもので」


「なるほど、了解した。それならば、答えよう」


「ありがとうございます」


「状況的に、賊に襲われた跡だろうな。放置して良い事柄という分けではないが……今、我々がするべき事ではないだろうな。我々は先を先を急がなければならない立場だ」


「そう、ですよね。では、彼女はどうしますか? 身一つで、この場に残して置くわけには……近くに宿場町などはあったでしょうか?」


 尋ねると、ディオンは顎に手を当てしばし考え込む。北方を守護する『白雪竜騎士団』の団員、北方地域の情報は細かく知っているのだろう、それを思い出しているようだった。


「いや、一番近い村でも大分距離があったはずだ。一人で向かわせるには、少し心許無いな」


「それだと、どうしますか? 村の傍まで送りますか?」


「少し、遠回りになるぞ」


「ですが、放っておくわけには……」


 一度、アーネストは騎竜達の傍で腰を降ろし、くつろいでいるドワーフ達に目を向ける。ドワーフ達は、成れない空の旅で疲れを見せているものの、焦りがあるのか、急かす様な視線をこちらへと向けて来ていた。


 ドワーフ達の状況を考えると、出来る限り早急に目的地へ向かう必要がある。けれど、見てしまった以上、イリシールの事を放置する事は気が引けてしまう。


「判断はあなたに任せる。俺個人の意見として言わせてもらえば、先を急ぐべきだと思う。以上」


「そうですね。分かりました」


 軽く頭を下げ、ディオンにそう返事を返すと、アーネストはその場から立ち去り、横転した荷馬車の傍らに座るイリシールの元へと向かった。


「すみません。ちょっと良いですか?」


「何?」


「あ、いや。今後の事に付いてなのだけど、良いかな?」


「構わないよ」


「それで、ここから一番近い村でも大分距離があるみたいなんだ。さすがに、何の装備なしにそこまで移動するのは難しいだろう。けど、残念だけど私達は、今、あなたを送り届けている余裕はない。それで、どうしたらいいかって相談なのだけど――」


 そう尋ねると、イリシールはじっとアーネストの方を見返してきた。


「えっと、何か質問有るかな?」


「あなたは、行ってしまう?」


 イリシールはじっとアーネストを見つめたまま、そう尋ねてきた。


「そう、成るかな……」


「そう、なら困ったな……」


 返事を返すとイリシールは小さく悲しそうな表情を返した。


「このままだと、一人で近くの村まで向かってもらう事になるけど……構わないかな?」


「あなたは、付いて来てくれないの?」


「さっきも言ったけど、私達にその余裕はない。すまないけど、付いて行く事は出来ない」


「なら、私が付いて行ってはダメか?」


「え? それは……君が私達に付いてくるという事か?」


「そう。ダメかな?」


「それはさせられないかな。私達がこれから向かう場所は、危険な場所だ。とても連れて行けるような場所ではない」


「多少の危険なら、問題ない。ダメか?」


「いや、多少というレベルではないんだ。私だって生きて帰れるか――」


「私は、あなたの傍に居たい。ダメだろうか?」


 じっと見つめたままイリシールは、そう強く念を押してきた。真っ直ぐ見つめられたまま告げられたその言葉に、アーネストは言葉を詰まらせる。


 イリシールの言葉には、嘘やからかいの色は無く、本心からそう告げている様に思え、アーネストは気恥ずかしさを覚える。


「どうせ、行先など決めずに出た旅だ。あなたの向かうところに行くのも良いと思う。それに、あなたの向かう場所は、誰も居ない荒野というわけではなないだろ? なら、場合によってはそこから安全な場所へ向かってもいいと思う。それではダメなのか?」


「それは……」


 尋ねられ、アーネストはしばし悩む。


 ドワーフ達の住むフロストアンヴィルには、頻繁に使われるわけでは無いが、人の街とを繋ぐ交易路が存在し、数こそ少ないが商人が行き来している。イリシールの言うとおり一度フロストアンヴィルに同行してもらい、そこから商人などの荷馬車に便乗してもらうのもありかもしれない。


「……先に言って置くが安全の保障は出来ない。それで良ければ、一緒に来てくれ」


 アーネストがそう尋ねると、イリシールは小さく笑って答え返した。



   *   *   *



 アーネストと名乗った青年が、イリシールと今後に付いてのやり取りを終えると、他の竜騎士とそれに付いての確認のため、アーネストはその場から離れて行った。イリシールはそんなアーネストの背を静かに見送った。


「貴様、どういうつもりだ?」


 小さな声で、聞き逃しそうなほど小さな声で、唐突にそう尋ねる声があった。視線だけを動かし、イリシールは声がした方へと目を向ける。視線を向けた先には、岩を思わせる灰色の鱗に覆われた竜が、黄金色の瞳をこちらへと向けていた。


「何のことかな?」


「とぼけるな。貴様が何者であるのかなど、俺には簡単に分かる。何のつもりだ?」


 鋭く灰色の竜は尋ねて来る。イリシールはそれに小さく息を付く。


「思惑など何もない。私は、私のしたいようにしているだけだ。そこに、お前の許可など必要ないだろ?」


「貴様。踏みつぶされたいか?」


 怒りを滲ませた声で、灰色の竜がそう脅してくる。それにイリシールは、軽く笑いを返す。


「そんな矮小な体で!? 私を!? 死にたいのはお前の方なんじゃないのか?」


「……」


 尋ね返すと、灰色の竜はじっとこちらを睨んだまま黙り込む。


「今の私は別に何かをしようとしているわけでは無い。だから安心しろ」


「その言葉が信じられるとでも?」


「それを決めるのはお前自身だ。私にはこれ以上のことなどできはしないよ」


「……貴様の言葉、信じてやる。だが、もしその言葉に偽りがあった時、貴様がただで済むことは無いと理解しろ。良いな」


「分かった、覚えておこう」

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