第19話「海への門」

 マイクリス王国王都の背にあたる部分に、巨大な山脈である竜骨山脈が走る。王国の北方を遮る城壁の様な竜骨山脈を越えた先には、入り組んだ入り江と共に北方に海が広がっている。


 この複雑に入り組んだ入り江は古くから漁業の拠点として使われ、今では北方の海路を利用する交易拠点として栄え、多くの港が点在していた。


 そんなどこか古めかしさを見せる石造りに港の一つ――ラスカルドには、物々しい軍艦がずらりと並んでいた。その数およそ五十隻。比較的大きな港であるにも関わらず、港のほぼすべてが埋まってしまうかという数だった。



 山脈を越え、降下を開始すると、そんな物々しいラスカルドの港の姿が、はっきりと見えてきた。


『話しに聞いていたが……すごいものだな、これは……』


 ラスカルドの光景が見えてくると耳に付けた通信用の魔導具から、そうフレデリックの感嘆の声が響いた。


「随分と苦労してかき集めて来たみたいですね。それだけに、ここに住む者達の意地が見て取れます」


 フレデリックの驚きの声に、リディアはそう淡々とした声音で返事を返した。そんなリディアの返答に対し、フレデリックの方からは小さく笑う声が返ってきた。


「なんですか?」


『いや、すまない。これだけのものを目にしながら、思ったほど驚きを見せていなかったのが少しおかしく思えてね。特に悪気があったわけでは無いよ』


「そうですか……すみません。こういう時、どう驚きを見せたらよいかとか、よく分からないもので……」


『いいいよ。気にしてはいない。それより、そろそろだ。指示を頼むよ』


「分かりました」


 近付いてきた港の光景を目にして、それから一度自身に背後を飛ぶ竜騎士達の姿を確認する。


 竜騎士達は問題なく全員揃っていた。


「着地に入ります。閃光、上げてください」


『了解』


 指示を飛ばすと、直ぐに返事が返ってくる。そして、それと共に後方の竜騎士から二発の閃光弾が空へと打ち上げられる。


 皆がちゃんと指示通りに動く、その事にどこか居心地の悪さを覚えさせられる。リディアはこの竜騎士団の中で、一番若く、指示に従う部下達は皆年上であり、ついこの間まで先輩と呼ぶような立場だった。それだけに、指揮官という立場が初めてである事も相まって、上手く慣れない。


 閃光弾が上がるのを確認すると、さらに高度を下げ、港へと近付いていく。


 港の方は、こちらが上げた閃光弾を確認したのか、人が行き交う港の一角が広く開かれ、着地用の場所が確保される。その場に、リディア達竜騎士はゆっくりと降下し、着地していった。



   *   *   *



「ようこそ、おいで下さいました。私がこの地の領主のグレッグ・マクタガードであります」


 ラスカルドの港に着地し、騎竜から降り立つと、港を行き交う人の中から貴族と思われる意匠を凝らした衣服に身を包んだ男が進み出て、そう挨拶を告げた。


 グレッグと名乗った貴族を前に、リディア達竜騎士は一度列を組み、背筋を伸ばす。


「国王代行クレアスト・ストレンジアス王子の命を受け、竜騎士リディア・アルフォードおよび竜騎士五名到着いたしました」


 リディアはそう挨拶を返すと共に、ピシリと礼を返す。


「アルフォード? もしかして……あなたはアルフォード侯爵の御親戚の方ですか?」


 リディアの名を聞くとグレッグは小さく驚きを見せ、そう尋ねてきた。


「侯爵のアレックス・アルフォードは私の父です」


 補足を加える様に返事を返すと、グレッグはより一層強く驚きを返した。


「おや、そうでしたか。それは驚きです。アルフォード侯爵には御令嬢がおられた事は知っていましたが、まさか竜騎士に成られていたとは知りませんでした」


「父は私が竜騎士に成る事に反対していましたから、それであまり語らなかったのでしょう。それより、今後に付いて詳しい話をしたいのですが、よろしいですか?」


「おっと、これは失礼しました。では、こちらに、将軍の方は既に集まっておられますので、どうぞ」


 話を先に促すとグレッグはそう返事を返してくれ、ラスカルドの港で一番大きな建物――おそらく商取引用の施設だろう――にある会議室へと案内してくれた。



   *   *   *



 グレッグの案内に従い進むと、ラスカルドの港の中央辺りに立つ、石造りの大きな建物の一室へと案内させられた。


 案内された会議室と思われる部屋には、すでに机を囲う様にして五人の男が席に付いていた。


 グレッグの案内の元、会議室へと足を踏み入れると、すでに席に付いていた男達がリディアの姿を見て表情を顰めるのが目に入った。


「マクタガード伯爵。その者達は何者ですか?」


 グレッグが、リディア達に続いて会議室の中へとはいると、部屋の中に居た男の一人が、そう尋ねてきた。


「そうですね。まずは自己紹介から行いましょう。こちらは、王都から派遣されてきた竜騎士団の――」


「団長のリディア・アルフォードです」


「私はその副官のフレデリック・セルウィンです」


 背筋を伸ばし、挨拶共に一礼をする。そして、それに合わせる様に副官としてリディアに同行していたフレデリックも挨拶を返す。


「貴殿らが中央から派遣されてきた竜騎士って事か?」


 挨拶を終えると、相手の男からそう聞き返された。その声音には、どこか不快感が感じとられた。


「そう……なりますね。何かご不満でも?」


 聞き返してきた男にグレッグが尋ね返すと、男は小さく笑いを返した。


「ふん。これを見て不満を示さない方がどうかしている。どこからどう見ても子供ではないか! そんな人間が騎士団長だと!? これは貴族達のお遊戯ではないのだぞ! 中央の貴族どもは本気で国の事を考えているのか!? 私にはふざけているとしか思えない!」


 男はそう大きく怒りを露わにして怒鳴り散らした。それを見て、グレッグが慌てて口を挟む。


「ジャーマン殿の御懸念はごもっともかもしれませんが、こちらの方は竜騎学舎にて優秀な成績を収められ、確りと卒業なされた方です。若く見えるかもしれませんが、実力は確かなはずです。王都が何も考えてないという事は無いかと思います」


「竜騎学舎で優秀な成績を収めただぁ? それこそただのお遊戯ではないか。ただの遊びで良い結果を出したからなんだと言うんだ。我々が行うのは戦争だ。遊びではない!」


 グレッグに反論に、ジャーマンと呼ばれた男はまた強く怒鳴り返す。


「そもそもだ。なぜ俺達が竜騎士などに頼らねばならないのだ。この土地を守護してきたのは、竜騎士達ではなく俺達だ。竜騎士など居なくても、俺達がいればアキュラスを取り返す事は可能だ! 竜騎士の力など必要ない!」


 怒鳴り出すと、そこから箍が外れた様にジャーマンが捲くし立てる。リディアはそれに反論を返さすことなく聞き流した。そして、ジャーマンが一通り怒鳴り終えると、リディアは小さく一言だけ聞き返した。


「あなたは、竜騎士に不満を抱いている。そう言う事ですか?」


「ああ。この際だからはっきり言っておく。俺は竜騎士が大嫌いだ。竜に選ばれたものだか何だか知らないが、特権階級に居座り、少し戦場に介入したのならその成果をすべて吸い上げていく。

 この土地を今まで守ってこれたのは俺達海兵が居たからだ! 竜騎士が居たからではない。それなのに奴らは、この地を守れてこれたのは竜騎士が居たからだと嘯く。

 いいか! この土地を守ってきたのは竜騎士ではなく俺達だ! 今回の作戦でそれを証明してやる! 貴様ら竜騎士は一切手出しするな! 分かったな!」


 もはや敵意を隠すことなく、ジャーマンは席から立ち上がり、リディアへと指を刺しそう強く宣言した。


 一触即発。そんな空気がこの会議室に満たされた。そんな緊張した空気の中、今回のアキュラス奪還作戦の作戦会議が開始されたのだった。

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