第12話「戦地へ向けて」
「グオオオオォォォ!!」
飛竜の大きな咆哮が響き渡る。
古めかしい小さな砦。その城門の前に、二体の飛竜が並び、気が立っているのか咆哮をあげていた。そんな飛竜達の姿を、ダインは少し離れた岩場から眺めていた。
「ダイン。良かったのか? すべてを話して」
気が立ち咆哮を上げる飛竜。それをどうにか宥める竜騎士達。それらを眺めていると、ダインの部下であるディアスがそう話しかけてきた。
「なんだ、不満なのか?」
「当り前だ。『竜殺し』と呼ばれた男は、結局ただの人間だった。あの男が奴を殺せるとは思えない」
「確かにな。『竜殺し』は見た通りのただの人間の様だ。特別な力を持った存在というようには見えないな。
それに、あの話が本当だったとして、所詮はただの竜もどきを殺した『竜殺し』にすぎない」
「ならなぜ。国の危機を外に漏らしてまで頼んだのだ!?」
「ただの感。みたいなものかな? いや、願い。と言った方が良いかもしれない……」
「言っている意味が分からないぞ……」
ダインの返事にディアスは顔を顰める。
「あの話を信じるならば、あの男はただの竜もどきを殺しただけの『竜殺し』にすぎない。けど、竜もどきであろうと、人では絶対に敵わないと言われていた存在だ。それを、ただ一人で、真正面から戦って、勝ってみせた。
俺達に残された道は少ない。ほんの小さな希望にでも縋って行かなければならない。なら、たとえ竜もどきであったとしても、それを殺してみせた相手――そんな男にならって思っただけだ」
「お前は、いつからそんな弱気になったんだ……今までのお前なら、決してあのような弱音など、吐かなかったはずだ」
「ま、そうだろうな……。だが、あんなものを見せられれば、弱気にも成るさ……お前もそうだっただろ?」
「…………」
すべてが炎に包まれ焼け崩れていく光景と、その向こうに映る赤い竜の姿。あの竜の姿が思い出され小さく身震いする。
「でも、ま、よかったじゃねえか。無駄足にはならないで済んだわけだし。『竜殺し』だけでなく、竜騎士も二騎貸してくれる事になったんだ。これ以上ない支援だ」
「そうだが……この程度で――」
「ディアス。それ以上は言うな」
ディアスが口にしようとした言葉を、ダインは鋭い言葉で遮る。
「たとえ見込みが薄くとも、奴らは俺達のために戦ってくれるんだ。それ以上悲観するの、失礼ってもんだ」
「……すまなかった」
* * *
『竜を、殺してくれ』
その言葉が、ずっとアーネストの頭にこびり付いていた。
なぜ、竜がドワーフを襲うのだろう? なぜ、竜とドワーフが対立する事になったのだろう?
それらの疑問がずっと頭の中を駆け巡っていた。
その答えが知りたくて、そこに何があったのかを確かめたくて、アーネストは竜殺しの依頼を引き受けた。ここからでは何も見えてこない、だから、もっとそばで見たいと思った。
竜が人やドワーフに牙を向く。そんな事実がある事に恐れを覚え、その事実を直視したくないという思いはあるが、確かめないといけない気がした。
身に付けた鎧の留め具を留め。動きをチェックする。問題はない。
身に付けた鎧は、簡素な金属鎧。前回の王国軍とたたかった時に来ていた鎧より遥かに劣る鎧であるが、今はこの装備以上の物がないので、仕方がない。
腰に下げたホルスタをチェックする。竜銃用の魔弾カートリッジは1つ――四発と、閃光弾のカートリッジが二つ。竜を相手にするには、心許無い気がする。
腰に下げた鞘から剣を引き抜く。歪みなく輝く刃が光を反射しアーネストの顔を映す。魔化され強化された剣。これなら、飛竜の鱗さえ切り裂くことができた。けれど、これで竜の鱗を切り裂くことができるのだろうか? 不安が掠める。
一度、首を振って考えを振り切る。悩んだところで仕方がない。そもそも、「竜を殺せ」と言われているが、アーネストに竜を殺す気は今のところない。ただ、何があったかを確かめに行くだけだ。殺しに行くわけでは無い。
一度、大きく息をして、気持ちを入れ替える。
装備をチェックは一通り終わり、出撃の準備が出来た。後はここから旅立つだけだ。
武器庫を後にして、アーネストは砦の城門へと歩く。そこで、ドワーフ達が待っているはずだった。
開かれた城門から外に出る。
『グオオオォォォ!』
飛竜が巨体を立ち上がらせ、咆哮をあげていた。
気を立たせ、威嚇する様に咆哮を上げる飛竜達。予想していなかったその姿にアーネストは大きく驚きを見せる。
「すまない。驚かせたみたいだな。直ぐ宥めさせる」
飛竜が咆哮をあげ暴れ出そうとすると、直ぐに飛竜の影から一人の竜騎士が現れ、暴れ出そうとする飛竜を宥め始める。
「よしよし、いい子だ」
飛竜を宥める竜騎士の姿。歳は恐らく三十前後だろう。始めて見る竜騎士の姿だった。
「あの……これは?」
「ああ、すまない。説明がまだだったな。……君が、アーネスト・オーウェルであっているか?」
「はい」
「そうか、では、初めまして、だな。俺はディオン・ハーディング。『白雪竜騎士団』現団長だ。君の事は、君の父のエルバードからよく聞いている。よろしく頼む」
自己紹介をすると、ディオンと名乗った竜騎士は、アーネストに手を差し出し、握手を求めてきた。
「は、はあ。どうも……。それで、これはどういう事ですか?」
握手を返し、それから状況を尋ねた。『白雪竜騎士団』が捕虜の状態で、まだ砦に残っている事は知っている。この場に、その団長がいる事自体は別段おかしくはない。だが、竜騎士団の面々は、こちらの安全のため武装を解除され、騎竜である飛竜と切り離された状態で、この場に居るはずだった。けれど、目の前の竜騎士は完全装備の状態で、騎竜を従えているようだった。
「ドワーフと共にフロストアンヴィルに向かうのだろう? それに、我々も参加することに成った。しばらくは共に行動する事になる」
「え……」
ディオンの返答にアーネストは驚く。
アーネスト達と、王国は未だに敵対関係のままだ。それが改善されたとは聞いていない。なら、王国の竜騎士団である『白雪竜騎士団』とは未だに敵対関係のままであるはずだ。その『白雪竜騎士団』の協力にアーネストは驚かされる。
「よろしいのですか? 私達とあなた方は未だに敵対関係だったはずですが……」
「確かにそうだ。だが、今回の問題はドワーフ達フロストアンヴィルの問題だ。それなら、友好国である彼等の問題は、我々王国の問題でもある。お前達、反逆者と呼ばれる者達が、ドワーフ達を支援するからといって、我々が支援しないという分けにはいかない。こと差し迫った状況であるならなおさらな。
だから今は、俺達と、お前達とでの立場を違いを忘れて、協力させてほしい」
「それは、構いませんけど……」
「一度剣を向け合い、殺し合いをした相手。直ぐに馴染めというのは難しいかもしれないが、よろしく頼む」
そう言ってディオンはアーネストの肩を軽くたたく。
「移動は俺達の騎竜で行う。お前は俺の騎竜に乗ってくれ」
ディオンはそう言い残すと、騎竜を飛ばすため、騎竜の下へと駆け出す。アーネストも騎竜へ騎乗するため、ディオンの後を追って歩き出す。
唐突に強い強風が吹いた。それと同時に、アーネストの頭上に大きな影が差す。
顔を上げると、そこには灰色の鱗に覆われた竜――ハルヴァラストが大きく翼を羽ばたき、浮遊していた。
ハルヴァラストが姿を現すと、その姿を見て驚いたのだろう、砦の方から小さくざわめきが起きる。
「乗れよ」
空から見下ろしてくるハルヴァラストが、一言そう告げる。
「いいのか?」
「聞こえなかったのか? 同じことを二度言わせるな」
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