第11話「新たな行先」

 竜騎士への叙任式を終えると、リディア達新規の竜騎士達は、王宮にある会議室へと案内され、そこでしばらく待つように命じられた。


 竜騎士に成れば、後に所属する竜騎士団が決定される。本来ならば竜騎士団の騎士団長どうしによる話し合いや、竜騎士本人の意思確認などの後、所属する竜騎士団が決定されるため。叙任してから、少しの間王都での待機が命じられる。


 しかし、今回は緊急日程を前倒ししての叙任。もうすでに所属先の竜騎士団がないし、これからな事が決まっているのだろう。今から行われるのは、その通達と今後の方針についての話だろう。


 ふと、父の執務室で交わされた、『アキュラスの件』という父とヴェルノの会話が思い出される。


 アキュラス。マイクリクス王国の北にある、群島を領土とする国だ。数日前に南進し、港を一つ落とされたと聞いている。


 自分たちは南進してきたアキュラス討伐の為の部隊に配属されるのだろうか? 事の重大さを理解し、少しだけ緊張を覚える。


「緊張してる?」


 しばらくそんな風に思案して待っていると、同じく叙任を終え竜騎士となったクリフォードが、そう声をかけてきた。


 クリフォードは、竜騎学舎で二つ上の先輩だった相手だ。前学期に有った長距離飛行演習の際に同じ班に振り分けられてから、直接の後輩という事で、時折面倒を持て見らっていた。今こうして声をかけてきたのも、今回竜騎士に叙任したメンバーの中で、唯一一年次からの叙任だったリディアを心配しての事だろう。けれど、そのクリフォードの声音は、リディアより緊張の色が強く感じ取れた。


「先輩こそ大丈夫ですか? 声が大分震えているみたいですが?」


「ははは。だいぶ急だったからね。まだ心の準備が出来てなかったみたいだ……。あと、もう先輩は辞めてくれないか? これからは同期なんだから」


「そうですね。すみません。エゼルレッドさん」


「クリフォードで良いよ」


「はい。では、そうします」


 答えを返すと、クリフォードはまた小さく笑った。


「それにしても、君は強いね。僕なんか緊張でガチガチなのに、君は緊張どころか、普段通りだ」


「ただ単純に、こういった場になれているだけですよ。いざ、戦場となれば、どうなるか自分でも分かりません」


 長距離飛行演習の際の事を思いだし、リディアはそう告げる。同時に、林間学習の時を思いだし、自分はもうああはならないのだと強く言い聞かせる。


 答えを返すと、クリフォードはまた小さく笑った。


「心配して損したかな。君は思っていたより大丈夫そうだ。さすが、この場に選ばれるだけは有る」


「そうですか?」


「うん。だいぶ落ち着いて見える。たぶんだけど、君以上に落ち着いている人はいないんじゃないかな? 大物って気がするよ」


「そう、ですか……なんか、そう言われると少し恥ずかしいです」


 相変わらず褒められるのに慣れていないのか、少し視線を逸らしてしまう。


 丁度その時、待機していた会議室の奥の扉が開き、二人の人物が入室してきた。


 一人は、先ほどの式典から衣装を普段着るような宮廷服に着替えたラヴェリア王子と、もう一人は見慣れた姿のフレデリックだった。


 二人の姿を目にすると、部屋で待機していたリディアを含む新規の竜騎士達が立ち上がり、背筋を伸ばすと共に礼をして二人を迎える。


「すまない。待たせてしまったね。楽にしてくれ」


 ラヴェリアはそう言うと、会議室の上座の椅子に腰かける。フレデリックはその直ぐ後ろに立ち、待機する。


 竜騎士達は、王子という立場の人間と話す事になれていないのか「楽にしてくれ」と言われてもなお姿勢を崩すことなく、動かずにいた。


 それを見てラヴェリアは小さく笑う。


「掛けてくれて構わないよ。それでは話ずらいだろ?」


「「は、はい」」


 ラヴェリアが促すと、竜騎士達は慌てて椅子に腰かける。皆大きく緊張していることが良く判る。


「では、はじめようか」


 竜騎士全員が席に着くのを見届けると、ラヴェリアはそう告げ、目で後ろに控えているフレデリックに合図を送る。フレデリックは合図を受け取ると小さく頷き、一歩前へ出る。


「では、これから君たちの配属先と、今後の行動についての話をするが……その前に自己紹介をしておこう。僕はフレデリック・セルウィン。君達を同じ竜騎士だ。今後は僕と行動を共にすると思うから、覚えておいてくれるとありがたい」


 そう自己紹介して、フレデリックが一礼する。すると会議室の竜騎士達の間で小さなざわめきが起きる。


 フレデリック・セルウィン。竜騎士同士の試合において無敗を誇り、当代最強と謳われる竜騎士。今の時代を生きる竜騎士の間で彼の名を知らない者はいないだろう。それほどの人物だ。


 それほどの人物と共に行動出来るとは、この場に集まった竜騎士達は想像していなかったのだろう。リディアを含め、全員が驚く。


「あ、あの……それは、僕達はフレデリック様の竜騎士団に配属される。という事ですか?」


 動揺する竜騎士達の中からクリフォードが恐る恐るといった様子で、声を上げ質問を述べる。


「敬称は付けなくていいよ。同じ竜騎士だからね。それについては、はっきりとそうだと言えないけど……まあ、そんなところだろうね」


 フレデリックが返答を返すと、再びざわめきが起きると共に、小さく歓喜の声も交じる。


「嬉しく思う気持ちや、騒ぎたいのも分かるが、それは少し待ってくれるかな。今から、僕を含む、君達の今後の話をする。まずはそれを聞いてほしい」


「「す、すみません……」」


「では、改めて始めていこう」


 一度全員が落ち着くのを待ってから、フレデリックは改めて口を開く。


「まずは君達の配属先だけど、僕と同じで今回新設される竜騎士団に配属してもらう。そして、今南進してきているアキュラス軍を、周辺貴族と共同で討伐してもらう事になる。ここまでは良いかな?」


 つらつらと概要を述べる。


 アキュラス軍討伐。やはり予想した通りだった。集まった竜騎士達も、事の重大さを理解してか、静かに唾を飲む音が聞えた。


「いきなり、責任重大な任務で戸惑っただろう。だが、君達は今期の竜騎学舎の生徒の中でも、とりわけ優秀な生徒達だ。君達なら、この重大な任務をこなせると、僕と同様に、任命してくれた殿下たちは思っている。その想いに応えるため、そして、任命してくれた殿下たちの想いを信じて、僕と共に命を預けてほしい。出来るかな?」


 そう告げ、こちらの覚悟を確認する様に、フレデリックはじっとこちらへと目を向けてくる。


 事の重大さを上手く受け止めきれないのか、竜騎士達の戸惑う空気が流れる。それでも、竜騎士となるべく学んできた経験が、自信として現れたのか、次第にそれが覚悟へと変わっていく。


 全員がバラバラに、コクリと頷く。それを見て、フレデリックは小さく笑い、同様に見ていたラヴェリアが小さく拍手を返す。


「さすが竜騎学舎の生徒達だ。やはり、君達を選んで間違いなかったようだ。君達なら、この任務をこなしてくれると確信したよ」


 答えを返した竜騎士を、ラヴェリアはそう賞賛する。


「続けてよろしいですか?」


「ああ、構わない」


「では、君達の覚悟は受け取った。これから君達は、正式に僕と同じ竜騎士団の団員となる。まずは、団員の先輩として、それから、竜騎士の先輩として君達を歓迎しよう。これからの任務、よろしく頼むよ」


「「よろしくお願いします!」」


 フレデリックが挨拶をすると、竜騎士達も挨拶を返す。


「それで、なのだが……君達が正式にこの竜騎士団に入ってもらったところで、僕と君達とで決めねばならない事があるのだが……良いかな?」


「構いませんけど……何を決めるのですか?」


「この様な形で決めるのは、少し格好がつかないのだが、僕達の竜騎士団の代表である。騎士団長を決めなくてはならない」


「え、それはフレデリックさんが、務めるのではないのですか?」


「僕もそのつもりだったんだけどね。実は一つ提案があってね――」


 フレデリックが直ぐ横のラヴェリアへと向ける。


「すまない。ここからは私の我儘なのだが、騎士団長の任命について、一つ口を挟ませてほしい。よろしいかな?」


 ラヴェリアがそう尋ねると、王子という立場の人間に反論など出来るはずがなく、全員が口を閉ざす。


「意見とはなんですか? 殿下」


 返答を返せない竜騎士達を見かね、リディアがラヴェリアに続きを促す。


「うん。私は、騎士団長はリディア・アルフォード。君が適任ではないかと思っている」


「え……」


 いきなり名指しされ、リディアは大きく驚きを見せる。


 今この場に集まった竜騎士の中では、一番若く、経験も浅い。そんなリディアが竜騎士団の団長など普通に考えればあり得ない事だった。


「それは……なぜですか? 殿下」


 恐る恐る尋ね返す。


 頭の片隅に、自分のアルフォードという名の立場が掠めてしまう。その事に配慮しての決定だろうか?


「うん。君達はこれから、アキュラス軍と対峙する。これについて、本来なら君達ではなく、別の竜騎士団が当たるはずだった。それは理解できているね?」


「『白雪竜騎士団』ですか?」


「ああ。本来ならば君達ではなく、彼らがアキュラス軍と戦うはずだった。だか、残念なことに、その『白雪竜騎士団』は、反逆者たちの前に敗れ、いなくなってしまった……。

 この事は、単に北方方面の軍事力が弱まったことだけでなく、国全体に大きな影響を及ぼしている。

 いま、王国は大きな不安に揺れている。国王が死に、反逆者が現れ、そして、王国を代表とする竜騎士団の一つが敗れ去った。さらには、今回のアキュラスの南進だ。王国の民は、これ以上ない程の不安に揺れている事だろう。そんな中、王国の民が求めるものはなんだと思う?」


 尋ねられ、直ぐに答えが思い浮かばずリディアは軽く首を傾げる。


「安心だよ。この王国はまだこれからも続くと言う安心を欲している。そして、その安心を与えるために必要なのが――英雄だ。

 王国に害成す存在を、圧倒的な力で打ち滅ぼす。そんな英雄を欲している。

 私はね。リディア。君ならその英雄になれると思っている。だから、私は君を、騎士団長として任命したい。

 不安に揺れる王国の未来をかけたこの一戦。どうか、英雄として、先頭に立ち未来を切り開いてくれないだろうか?」


「殿下は私にそれほどの力があると、お考えなのですか?」


「竜騎士としての力。というのであれば、私には良く判らない。その専門ではないからね。けれど、人を惹きつける存在としての力なら、君は間違いなくその力があると私は思う。

 女という身でありながら、そして大貴族という立場でありながら、その地位を捨て戦場に立つ。若くしてその才能を開花させ竜騎士となった少女。これほどまでに英雄と謳われるにふさわしい人間は、フレデリックを含め、この場にはいないと思っている。

 故に君は、この国のため、英雄になってもらいた。どうかな?」


 席を立ち、ラヴェリアは歌う様に告げ、問いかけてくる。


「英雄……」


 問われたその言葉をリディアは小さく呟く。それと同時に、かつて英雄と呼ばれた男の姿が思い出される。その男がかけてくれた言葉、見せてくれたもの、その一つ一つが思い出され。そして同時にその男が消えたことによる喪失感が思い出される。


 自分に、戦士としてのあり方を見せようとした男。自分を息子の様に慕ってくれた男。今はいないその男の想いが思い出される。


 リディアは、その男の想いのどう向き合うべきだろうか? 残された自分は、どうすべきなのだろうか?


 英雄。その言葉が、重く圧し掛かってくる。


 一度大きく息をしてから、ゆくっりとリディアは口を開いた。


「分かりました。騎士団長の任、喜んで引き受けしましょう」


「うん。ではよろしく頼むよ。竜騎士リディア・アルフォード」

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