第13話「人の世界を築くもの」
飛竜が二騎、背中に人を乗せ青空へと飛び立って行く。そして、それを追う様に一体の竜が、背中に人を乗せ高く飛び立って行く。
そんな飛竜と竜の姿を、フィーヤは砦の見張り塔の上から眺めていた。
翼を大きく広げ、飛竜と竜が飛んで行く。身体の大きさにそれほど大きな差がない為だろうか、遠目に見た飛竜と竜の姿は非常に良く似ている様に見えた。
飛竜と竜。そこに、どれほどの差があって、何処にどう違いがあるのか? それが両者を目にしたフィーヤの感想だった。
「不思議なものですね。竜とはいったい何なのか? そんな疑問が、今更ながら浮かんできます。
あれだけその存在を求め、彼等の事を理解しようと努力し、多くを知ってきたつもりなのに、いざそれを目の前にすると、ただ疑問だけが浮かんでくる。それほどまでに、私は、彼等の事を知らずに居たのだと思い知らされます。それほどまでに、人と彼等は違うのだと、思い知らされた気分です」
飛行し、青空へと消えていく飛竜と竜の姿を見送りながら、フィーヤは自嘲気味に笑った。
「あの方とはお話になられたのですか?」
空を見上げ呟くフィーヤに、傍で控えていたレリアがそう尋ねる。
「それは……まだ、出来ていません。時間が上手く取れなくて……いえ、これはただの言い訳ですね。本当は、怖くて、勇気が持てなかったのかもしれません」
「怖い? 襲われる事が……ですか?」
レリアが尋ねると、フィーヤは首を横に振って答えを返した。
「真実を知る事が、少し怖く感じます。自分の世界を築いてきたものの全てが、足元から崩されるような気がして、怖いのです」
「それは……」
フィーヤが口にした言葉に、レリアは一度答えを詰まらせ、言葉を濁す。
「どんな真実があったとしても、姫様は姫様です。私にとって、それは変わりません。おそらく、ここに居る皆はそう思ってくれるはずです。ですから、何かが変わるという事は、無いと思います」
「そう、だといいですけれどね……けれど、私の心が、耐えられるかどうか……。今見えるこれも、私にとっては、どう受け止めれば良いか、分からない状況なのです。
人と竜を繋ぐ者。それが、この王国の王、王族の役割だったはずです、形骸化してしまった者であっても、そうで有ったという事実は有ったはずです。けれど、あの竜は、王族である私達ではなく、王族とは何の関係のない彼のもとに現れた。それが意味する真実が、私にとって、とても良く無いもの用に思えて、怖いのです。私達は、過去に取り返しのつかない事をしてきてしまったのではないか、そう思えてしまうのです……」
「……それでも、私は、姫様は、姫様だと思っています」
* * *
大きく羽ばたきハルヴァラストが大きく飛翔していく。高度を上げると、速度を上げ、先行していた飛竜達を直ぐに追い抜いていく。
アルミメイアに、ハルヴァラストと二つ竜の背に乗った経験から、やはり竜は飛竜とは大きく違うのだなと実感させられる。
「行先は分かっているのか?」
先行し始めたハルヴァラストに、アーネストは尋ねる。
「ドワーフ達のところだろ? そのくらいの場所は把握している」
「そうか、ならいいけど……。悪いけど、少し速度を落としてくれるか? 後ろの竜騎士達が付いてこれてない」
一度背後を確認し、そう告げる。それに対し、ハルヴァラストは大きく舌打ちをして、速度を緩める。
速度が緩くなり、それに合わせ吹き付ける風が弱まっていき、姿勢を安定させられるようになる。そうなると、少しずつ、また考えを巡らせるようになってくる。
『竜を、殺してくれ』
ドワーフが口にした、あの言葉が思い出される。何があって、何が起きたのだろうか? そう、疑問が駆け巡る。
「なあ、ハルヴァラスト。一つ、聞いていいか?」
そして、浮かんだ疑問を直ぐ傍の相手にぶつける。同じ竜なら、何か知っているかもしれない。そう、思った。
「なんだ?」
「ドワーフ達の話は、聞いていたんだよな?」
「だったら、なんだ?」
(やっぱり、聞いていたのか……)
「いや、それを聞いてどう思ったのか、ちょっと聞きたかったんだ。お前なら、竜がなぜドワーフ達を襲ったのか、何でそうなったのか、何か知っている事や、思い当る事があるんじゃないかって思ったんだ。何か、知っているか?」
「貴様。貴様は今俺達の後ろを飛ぶ人間達が、何を思い、何を考え、何を決断してここに居るか、すべてを理解でいているのか?」
アーネストが尋ねると、ハルヴァラストはすぐさま、そう切り返してきた。
「それは……悪い。すべては、分からない」
「それと同じだ。同じ竜だからといって、何もかもが分かる訳じゃない。他者となれば、それだけで多くの事が分からなくなる。それは、竜も人間も同じだ」
「そう……か……」
ハルヴァラストの言葉に、アーネストは小さく沈む。
「貴様は何故そんなことを気にする? 貴様はただ『竜を殺せ』そう言われただけなのだろ? そこに何を迷う必要がある? ただ自分に課されたことをすれば良いだけじゃないのか?」
「それは……そうだけど……」
「何か気になる事でもあるのか? 人間」
「それは……」
尋ねられ、アーネストは言葉を濁す。
「人間。俺は貴様の問いに答えた。今度は貴様が答える番だ」
けれど、ハルヴァラストは口を閉ざす事を許さず、鋭く問いただしてきた。
アーネストはしばし悩み、それから口を開いた。
「なあ、ハルヴァラスト。お前自身は、ドワーフに竜を殺せと言われた時、どう思った?」
「ドワーフ達を、か? それとも、奴らがいうところの『竜』という存在の事に対してか?」
「両方、だ。聞かせてくれるか?」
「どちらに対しても、興味も感心も無いな。俺は、他者が俺自身に対して害成す存在であるかどうか、それ以上のことなど興味はない。
奴らのいう『竜』という存在が何者で、それがどこで何しようが、その事でドワーフ達がそいつに対してどう思おうが、俺には関係ない」
「そう……か……」
「それで、貴様は何を考えている?」
「え?」
「貴様はまだ、俺の問いに答えを返していないぞ。貴様は一体何を気にしている?」
ハルヴァラストは再び鋭く問いただしてくる。アーネストはそれに戸惑い、再び思案する。そして、一度大きく息をして、それから諦めたように口を開く。
「ずっと、気になっていたんだ。竜がなぜ、ドワーフを襲うのかを。人と竜。ドワーフと竜。その関係は、そのどちらもが神聖竜との盟約により守られていると言われている。現に、長い歴史の中で、俺達人間と、竜が直接殺し合う事になったという歴史は無い。
けれど、俺達人間は、今ではその盟約というものが実際どういうものだったのかを、ほとんどは知らない。そして、今起きている事。それらを見ると、俺は、本当は知っておかなければならない事を知らないのではないか? そして、そこに有る真実は自分たちが築いてきた認識を、根底から覆すものなんじゃないかって、思えてしまうんだ……」
「それが、貴様の気になる事、か?」
「ああ」
答えを返すとハルヴァラストは鼻で笑った。
「なるほど、貴様に疑問は理解した。だが残念だ。俺はその疑問に対する完全な答えは持ち合わせてはいない」
「それは……どういう事だ?」
「勘違いするなよ。俺は、貴様たち人間の歴史を否定するつもりはないし、その歴史の真実などにはそれほど興味はない。
俺は単純にこの王国とやらよりも若い。その時何が起き、何があったのか。それについては何も知らない。それだけだ」
「そう……か……」
アーネストは再び小さく沈む。この国で生まれ育ったわけでは無いアルミメイアは、これらの事に付いて何も知らないと答えていた。けれど、この国に居続けていたハルヴァラストなら、何か知っているかと期待していたが、それは間違いだったようだった。
再び行先が闇に閉ざされたような気がした。どうして、真実はこれほどまでに見えてこないのだろう? そんな、疑問さえ浮かんでしまった。
「だが。何も知らないわけでは無い。俺は俺で、知っている事はある。それが、貴様の疑問に対する完全な回答になりはしないだろうが、それでいいのなら、話してやっても良い。知りたいか?」
ハルヴァラストは一度、アーネストの方へと視線を向け、まるで挑発するかのように笑った。
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