第8話「地下からの足音」

「さて、何から話したらいいものやら……」


 椅子に腰を降ろしたダインは呻いた。


「あなた方の置かれている状況を詳しく話してください。差し迫った状況であるのなら、状況認識に齟齬がある事は良くありません。ただ『竜』に襲われている、という分けではないのでしょう?」


「ま、そうだな……」


 フィーヤに促されると、ダインは小さく頷いた。


 そして、一度大きく息をして、それから再度口を開いた。


「俺達――フロストアンヴィルは今戦争状態にある」


 ダインが口にした言葉に、フィーヤは小さく驚きを見せ、それから顔を顰めた。


 戦争。地下に存在するフロストアンヴィルは、その国境を地上のマイクリクス王国以外の国とは接していない。そのため、他国から戦争となれば、当然マイクリクス王国の国土を渡らなければ、フロストアンヴィルを攻める事は出来ない。しかし、他国の軍がマイクリクス王国国内を横断したなどと言う話は今のところ聞いた事が無い。


「戦争? それは何処からですか? そのような報告、私は聞いたことがありませんが……」


「そりゃあ、そうだろうな。俺達は、その事を外に知らせたりはしてなかったからな」


「それは……なぜですか? 他国との戦争となれば、規模にもよりますが、それなりの被害が出るはずです。一国だけではどうすることが出来ない状況さえあります。フロストアンヴィルはそれほど大規模な軍事力を有してはいなかったと記憶していますが……」


「そうだな。確かに戦争となれば、俺達だけではどうすることも出来ないことだってあるかもな。それだけ、俺達は強大な国じゃないのは事実だ。認めたくはないがな。だが、だからこそ、この話を簡単に外には出せないんだよ」


「どういう事ですか?」


「悪いな。俺達ドワーフは、そこまで人間を信用しちゃいないんだ。戦争で疲弊した隙に攻め込まれたら一瞬で終わっちまう」


 ダインの答えに、フィーヤは小さく苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 マイクリクス王国とフロストアンヴィルは古くから友好関係を築いている。しかし、それが常に良好であったかというと、そうではない。


 マイクリクス王国国内の山岳部その地下にある鉱脈の殆どはドワーフ達の占有物となっている。


 資源の少ないマイクリクス王国にって、直ぐ傍に貴重な資源がありながら、それを手にする事ができない状況は、非常にもどかしい状況といえる。そんな中、欲深く野心的な貴族がそれを放って置くはずがない。


 そのせいあって、昔からたびたびフロストアンヴィルの併合や侵略などの提案がなされる事があったし、実際に何度か、先走った貴族の行動が原因でドワーフ達と小競り合いを起こしたこともある。


 そんな歴史的背景があっては、簡単に「戦争をしている」などとは口には出来ない。


「ま、そんな過去、今はどうでも良いんだがな……」


「それで、何処から侵略を受けているのですか? 他国がその様な動きを見せているとは、聞いたことがありませんが……」


「だろうな。敵は地上からではなく、地下からきている。地上に住む人間が知るはずない」


「地下?」


 フィーヤは再び顔を顰める。


 地下に何かあっただろうか?


「お前達の言葉では確か……『シャドウ・ランズ』って呼ばれてたっけな? 知っているか?」


 尋ねられ、『シャドウ・ランズ』というという言葉が何を指すものか分からず、フィーヤは首を振って答える。確認のために、アーネストに視線を向けてみるが、アーネストも首を横に振った。


「『シャドウ・ランズ』ってのは、簡単に言うと地下世界だ。地下には、地上の大陸と同じような規模の洞窟、空洞が存在する。そこには、俺達の様なドワーフなんかの種族や魔物がすんでいる。そういった奴らの国もある。俺達の王国もその内の一つと言えなくはない」


「なるほど、そう言う事ですか。それで、それが『竜』とどのような関係があるのですか?

 今のところ、あなた方がいう『竜』について、何かが有ったようには思えませんが……」


「まあ、最後まで聞いてくれ。

 俺達が戦争状態にあってなお、友好国であり、隣国のマイクリクス王国にそれを知らせなったのは、単に人間が信用できなかったという以外にもう一つある。それは、単純に敵が弱かったからだ」


「そう言えば、尋ねていませんでしたね。あなた方が戦っている相手とはなんですか?」


 ドワーフの話を聞きながら、疑問に思った点を問い返す。


 地下世界『シャドウ・ランズ』については何も知らない。ドワーフの口ぶりから、そこに住む者達は私達が住む地上世界とは全く異なるものに思える。なら、ドワーフ達の敵は地上世界に居るような人間ではない可能性が高い。それが気になって尋ねた。


「俺達を攻撃してきているのはトログロダイトだ」


「トログロダイト?」


「なんだ、知らねえのか? トログロダイトってのは、蜥蜴人間みたいな種族だ。大きなコボルドみたいな姿をしている。まあ、コボルドみたいに悪知恵なんかを持ってはいないがな。

 あいつ等は一個の戦士としては強い。鱗と言う天然の鎧に、筋肉質の身体と、肉体的には優れている。だが、知能はそれほど高くはない。だから、俺達みたいに高度な戦術、戦略はとれないし、持っている武器も大した事は無い。無理せず立ち回れば、数か多くとも何とかなった。今まではな、だが、それは奴の登場で一変した……」


「それが、『竜』ですか……」


「ああ、そうだ。どういう訳か一体の『竜』が奴らに味方した。それで、すべてが覆った……。

 どれだけ兵を用意しようと、どれだけ質の高い武器と防具を揃えようと、どでだけ固い城壁を用意しようと、どれだけ優れた戦術を用いようと、奴はそれを簡単に食い破り、灰に変えていった……。俺たちはもう……奴に勝つすべなどない……ただ、死を待つだけだ……。だから、お願いだ、『竜殺し』よ、奴を――『竜』を殺してくれ……」


 悔しさからか、手を握り締め、声を震わせながらダインは深く頭を下げた。


 話を聞く限り、ドワーフ達の状況は、かなり差し迫ったものに思える。


心情的には、助けてあげたい。けれど、手元にはそれが出来るだけの権力も、戦力も無い。


 深く考え、それから尋ねる。


「アーネスト。あなたはどうしますか? 求められているのは、あなた自身です。この判断は、あなたに任せます」


 尋ねると、アーネストも迷っているのか、しばしの間口を閉ざし、それから答えを返した。

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