第6話「遠方よりの使者」

「難民ですか……」


 その報告を聞くと、フィーヤは軽く頭を抱えた。


 ラドセンス砦にある、少し広めの一室。そこで、フィーヤは協力者であるビヴァリー・マッキャン伯爵から、近情報告を受けていた。


「場所は、何処からですか? それと、規模はどれほどですか?」


「南東のクラフカ高地からだと思われます。規模は、今のところ20人程度ですが、これからさらに増える可能性があります。原因は、高地にすむ飛竜達による攻撃だと思われます。詳しくは調査して見なければ、分かりませんが……」


「飛竜……ですか……」


 ビヴァリーが口にした原因に、フィーヤはさらに顔を顰める。


 野生の飛竜達による攻撃。その被害による報告は、ここ数年前からたびたび王都に届いていた。そしてその対策悩まされ続け、一部では難民を出す事態に成っているという事さえ、聞こえて来ていた。


 今まで、政治に関与せず、ただ報告を聞くだけだったか、まさかその問題にこういった形で向き合わされる事になるとは思っていなかった。改めて、この問題の深刻さを実感させられる。


「追い返しますか?」


 頭を抱え、顔を顰めるフィーヤを見て、ビヴァリーがそう聞き返してくる。その表情は、とても深刻そうなものだった。


 ビヴァリーも現状をよく理解しているのだろう。


 現状フィーヤ達は、反逆者というレッテルが張られており、そのせいで他の貴族達からの支援など期待できない状況だ。


 季節はこれから秋、冬へと移ろいで行く。食料の備蓄などを蓄えねばならぬ状況で、他からの支援を期待できないとなれば、自分たちが抱える領民や私兵などを養うだけで精一杯だ。そこに、難民など受け入れてしまえば、直ぐに食料の備蓄が底を突き、冬を越えられない可能性さえ出て来てしまう。普通に考えれば、とても受け入れられる様な状況ではなかった。


 けれど、事はそう単純な事ではなかった。


 反逆者と呼ばれる状況であっても、フィーヤ自身は自分を反逆者と定めているわけでは無い。そして、助けを求めている者達は、この王国の国民だ。そうであるなら、王族として助けないわけにはいかない。


 そうでなかったとしても、居場所を失い、頼る場所も無く、助けを求めてこの地へやって来た者達。そのような者達を見捨てることなど、そう簡単には出来ない。


 悩み、息を吐き、決断する。


「では、彼らを受け入れてください。それから、周辺に領地を持つ貴族の方々に、支援を要請してください」


「支援要請ですか……受け入れてもらえるでしょうか?」


「受け入れてもらえなかったとしても、やってください。私はまだ自分を王族であると思っています。であるなら、国民である彼らを守る義務を果たさねばなりません。その姿勢を示してください」


 鋭く返したフィーヤの返答に、ビヴァリーは小さく笑う。


「分かりました。では、そのように取り計らいます」


「すみません。あなたには苦労を掛ける事になると思います」


「いえ、これくらい大したことはありませんよ。私もこの国に生きる者として、同じ国民を見捨てるような真似は、やはりできなかったと思います。ですから、御気になさらず」


「そうですか、ありがとうございます」


 快く引きくけてくれたビヴァリーに、フィーヤは小さく頭を下げる。



 難民についての話が一段落すると、フィーヤは深く息をして、少し気持ちを落ち着ける。


 丁度その時だった。部屋の扉が控え目な形でノックされる。


「フィーヤ殿下。報告です」


 扉の向こうから、そう兵士の声が届いた。


「どうぞ、入ってください」


「失礼します」


 入室の許可を出すと、兵士は扉を開き、部屋の中へと入ってくる。


「それで、報告とはなんですか?」


「はい。使者を名乗るものが、城主――フィーヤ殿下にお会いしたいと、申しています」


「使者? 何処からの使者ですか?」


 兵士から届いた報告に、フィーヤは眉を顰める。


 フィーヤは現在、反逆者といわれる立場にある。そうであるなら、フィーヤを尋ねてやってくる使者などあるとは思えない。


 先の戦闘の結果を踏まえて、停戦の申し込みを申し出た使者なのだろうか? 状況的に少し変な気がした。


「それですが……彼等は、ドワーフ王――ハイディン・フロストアンヴィルの使者だと名乗っております」


「ドワーフ?」


 フィーヤはさらに顔を顰める。


 ハイディン・フロストアンヴィル。マイクリクス王国北方の竜骨山脈ドラゴンズ・ボーン・マウンテンズ、その地下に領土を持つドワーフ達の王だ。


 マイクリクス王国は丁度彼等の王国の上にあるため、古くから交流を持ち、マイクリクス王国にとって最も近しい王国の一つだ。それ故に、彼のドワーフ王の使者がやってくること自体は珍しくはない。


 しかし、ラドセンス砦があるのは、竜骨山脈から王都を挟んで丁度反対側と距離があり、その上、フィーヤは反逆者とされる立場。国王代行の居る王都ではなく、わざわざ遠く離れたこの地に尋ねて来る理由など思い当らなかった。


 その不自然さが、なんだか嫌な不安を掻き立てる。


 とはいっても友好国要人には変わりない。無下にするわけにはいかない。


「分かりました。通しあげてください。それから、彼らに用意できる中で、最も上等な酒をふるまってあげてください。私も直ぐ、向かいます」


「は! 分かりました。そのようにいたします」


 一例をして、兵士は退室していく。


「ドワーフ達ですか……一体なぜこの様な所に……」


 兵士が退室していくのを見届けると、部屋に残っていたビヴァリーがそう尋ねて来る。


「さあ? それは直接会って話してみない事には分かりません。ですが、どうしても嫌な予感がします。何もないと良いのですが……」


「そう……ですね……」


 微かな不安を抱えたまま、フィーヤは立ち上がり、尋ねてきたドワーフ達を持て成すため、部屋から退出していった。



   *   *   *



「ぷは~! ああ、染みわたるぜ~」


 ドワーフの一人が、ジョッキになみなみと注がれた蒸留酒を、一息に飲み干す。


 同じように、別のドワーフもジョッキに注がれた蒸留酒を、一息に飲み干し、空になったジョッキを静かに机に降ろす。


 部屋の扉がゆっくりと開かれる。


「満足いただけましたか?」


 嬉しそうに酒を煽ったドワーフ達を見て、入室してきたフィーヤはそう尋ねた。


「いや、まだ薄いな。こんなんじゃ、俺達は満足できない。だが、人間が造ったにしては悪くない酒だ。久しぶりに飲む酒にしては、十分だ」


「そうですか、それは良かったです」


 フィーヤはゆっくりとした足取りで、部屋の奥の席まで近寄り、腰を降ろすと、一礼をする。


「お待たせしました。私が城主のマイクリクス王国第二王女フィーヤ・ストレンジアスです」


「ご丁寧にどうも。俺はフロストアンヴィル第二兵団団長ダイン・グレンデール。こっちは、部下のディアス・ファラング。お会いできて、光栄です。フィーヤ殿下」


 フィーヤが一礼すると、ドワーフ達は手にしたジョッキを机に置くと、椅子から立ち上がり、背筋を伸ばすと、形の良い返礼を返した。


 第二兵団団長。そう名乗ったダインにフィーヤは小さく眉をひそめる。


 ドワーフの社会では、武を尊び、力のあるものが高い地位を得る。ドワーフの国にいくつかある兵団の団長ともなれば、人間の社会で言えば大貴族の一つに相当する存在だ。それだけ、力の有るものが、わざわざこんな僻地に来る必要があるだろうか? いや、そもそもなぜそれほどのものが、使者として現れるのだろうか?


 状況の読みにくさから、さらに警戒心が強くなる。


「それで、ドワーフ王からの使者と伺いましたが、どの様なご用件で参られたのでしょうか?」


 慎重に尋ねる。


「そうだな。回りくどい事は好きじゃない。単刀直入に行こう。要件はただ一つ。『竜殺しドラゴンスレイヤー』を貸してほしい」


「『竜殺し』……ですか……」


 ドワーフの申し出に、フィーヤは小さく驚く。


 ここ最近、巷で『竜殺し』の噂が広がり始めた事は知っている。しかし、それがドワーフの口から出されるとは思っていなかった。


 友好があるとは言っても、ドワーフ達は酷く排他的で、国から出る事は殆ど無い。この数日で広まり始めた噂など、知るはずないと思っていた。


 それ以前に、使者がそんな不確かな噂を頼りに、この地へ現れる事に驚きを覚えた。


「居るんだろ? ここに、竜を殺した者が」


 ギロリと威圧する様な目でダインが睨みつけ付けてくる。


 尋ねられ、フィーヤはダインを見返しながら思案する。


 『竜殺し』。それがどこから流れた噂なのかは分からない。少なくともフィーヤ達が流した噂ではない。


 戦場に居たものの誰かが、話しの種として広めたのかもしれない。『竜殺し』の話は、多くの英雄譚にある様に人気ある話の一つだ。それが現実として有ったのなら、その話は高く売れる。『竜殺し』は、それだけ分かりやすい英雄の称号の一つなのだ。


 けれど、それは他国の話であって、竜を神聖視するマイクリクス王国では少し状況が異なる。


 竜を殺した大罪人。『竜殺し』という名前は、この国において、そのような罪人の称号とされる。そう考えれば、この噂は、王国側からフィーヤが罪人である事を強調させるために流した噂という可能性もある。


 そして、マイクリクス王国と同じ場所に領土を持つフロストアンヴィルのドワーフ達もまた、竜を神聖視する者達の一つだった。そうであるなら、『竜殺し』の名は彼らにとっても、大罪人の名に他ならない。


「なぜ、『竜殺し』を求めるのですか?」


 慎重に言葉を選び、事を荒げないようにしながら、ドワーフ達の真意を探る。


「なぜ? そんなもの、決まっているだろ。竜を殺してほしい。ただそれだけだ」


 ドワーフの返した言葉に、フィーヤは大きく驚くと共に、言葉を詰まらせた。

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