第5話「失われた威光」

 マイクリクス王国王都、王宮――ハーティス宮殿。


 その古い王宮の一室――自身の為に設けられた執務室に、王国第三王子ラヴェリア・ストレンジアスは、静かに扉を開き、部屋の中へと入った。


 部屋に入ると、そのまま部屋の中央に設けられた、大きなソファーへと腰を降ろす。


「お疲れ様です。殿下」


 ラヴェリアがソファーに腰を降ろし、一息つくと、すでに部屋の中に居て、待機していた男が一人、そう労の言葉をかける。


「待たせてしまったね。すまない」


「いえ。大した時間ではありませんでしたので、御気になさらず。それで、事はうまく運べましたか? 殿下」


「ああ、問題なく予定通りに進んだよ。だか、予定通り過ぎて詰まらないな。少し煽っただけで、簡単に感情に流されるとは……我が兄ながら、情けない」


 先ほど行われた、兄――クレアスト・ストレンジアスとのやり取りを思いだし、呆れたように息を付く。


「それは何よりです」


「しかし……。本当に大丈夫なのか?」


「何かご不満ですか?」


「君の出してくれた案。あの戦力の中心は、なのだろう? それで十分戦えるのかい?」


「殿下の疑念は理解できます。戦闘経験のない新兵でまともに戦えるのか? そう言う事ですね」


「ああ、そうだ。君を疑っているわけでは無い。ただ、どうしても、今まで通り、各地の竜騎士団から竜騎士を募り、新たに騎士団を結成した方が、確実かと思ってしまう」


「確かに、そのようにすれば、確実でしょう。ですが、殿下。一つ、殿下の認識に間違いがあります」


「それは、どういう事だ?」


「確かに、竜騎学舎の生徒は、竜騎士としての経験は浅いでしょう。しかし、竜騎士として必要とされる知識と経験は、竜騎学舎ですでに学んでいます。ですの、彼らが知識と経験のない新兵という認識は間違いです。

 それに、正規の竜騎士といえど、この国で実戦経験のある竜騎士は殆どおりません。なら、知識と経験の差は、それほどないと思われます。

 現に、殿下もご覧になられたでしょう。御前試合で、竜騎学舎の生徒が、正規の竜騎士を打ち取る様を」


「なるほどな。そう言われれば、そうだな」


 反論を返され、納得しラヴェリアは小さく笑う。


「選定、伝令、召集、編成。今から各地の竜騎士団から竜騎士を募るのは、余りにも時間が掛かります。ですから、期間を前倒しして、竜騎学舎の生徒から竜騎士を募る方が、迅速であり、かつ確実に最大の戦力を確保できると思われます」


「さすがだ。やはり、君が味方であってくれてよかったよ。アレックス」


 そう言ってラヴェリアは、雄弁に答えた相手――アレックス・アルフォードに賞賛の言葉を返す。


「私はただ、この国の貴族として、必要とされる事を成しているにすぎませんよ」


「なるほど、君らしい答えだ」


 アレックスの返答にラヴェリアは小さく笑いを返す。そして、再び一息つくと、ソファーから立ち上がり、部屋の窓から、外に広がる王都の街並みを眺める。


「それにしても、この国の王というのは滑稽なものだね。とうの昔に、この国の王は竜に見捨てられているというの、未だのその竜の権威を振りかざす。見ていて思わず笑いそうになってしまうよ」


 先ほど見た兄の姿を思いだし、ラヴェリアは笑う。


 ある種不敬とも取れる言葉。それ聞くアレックスは、特に訂正を入れるでもなく、静かに聞き流す。


「それで、あのお方とは、いつ面会できるのかな? アレックス」


 振り返り、尋ねてくる。


「それは、私からはお答えできません。あの者の所在については、私が関知するところではありません。フェミル殿下に、直接訪ねた方が確実かと思います」


「そうか、そうだったな。そうさせてもらうよ」


 アレックスの返答を聞くと、ラヴェリアは再び笑みを浮かべる。


 これから起こるであろうこと、これから見られるであろうもの。それらを想像すると、期待が抑えられず、顔から感情があふれ出す。


ドラゴン……か……。本物の竜というものを、早くこの目で見てみたいものだな」


「じきに、御覧になられるかと思います」


「そうか。楽しみにさせてもらうよ」


「では、私はこれで失礼します」


 一礼をして、アレックスがゆっくりと退出していく。



   *   *   *



 ゆっくりとした動作で、アレックスは開いた扉を閉じる。


 人通りの少ない廊下はとても静かで、閉じた扉の音が思いのほか大きく響いた。


 扉の取っ手から手を離す。そして、そのままじっと閉じた扉を睨みつける。


「ラヴェリア殿下。この国は人の国であり、人の手によって統治されるべき国なのですよ。どうかその事をお忘れなきよう」


 閉じた扉越しでは届かないであろう、その言葉をつぶやき、それからアレックスはその場から立ち去って行った。

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