第3話「戦場に立つ墓標」
カラッと乾いた空気が風になって砂埃を巻き上げていく。
数日前まで血の臭いで満たされていた戦場は、今はもうその臭いは薄らぎ、静かな平野となっていた。
戦場に横たわっていた亡骸の多くは、仮設の火葬場へと運ばれ、もうすでに無くなっていた。
それでも一部の者達の亡骸は、手が付けられず未だに戦場の片隅で放置されていた。
それは、この地に残ったアーネストやマッキャン伯爵の私兵達、その者達の敵だった者達――王国の竜騎士達の亡骸だ。
敵だった者達といっても、王国の竜騎士は、同国の者達であり、手厚く扱われるべきもの達の亡骸だ。そのため、放置するという事は無いようだ。
遺灰が混ざらぬよう、先に自軍の者達を火葬し、その後火葬すると聞いている。
けれど、それでも、手を付けようのない亡骸があった。そう、竜騎士の騎竜だった飛竜の亡骸だ。
巨体で、重たいため持ち運びが困難で、それでいて特殊な肉質から通常の火葬処理では焼く事の出来ない身体のため、どうしても処理できないのだ。
人に尽くし戦った彼らの亡骸は、そんな理由からまだ戦場に横たわったまま、あてなく放置されていた。
固い地面にスコップを突き立て、地面を掘り起こす。そして、せめてもの弔いとばかりに、掘り起こした土を、横たわる飛竜の亡骸へと振りかけていく。
巨大な飛竜の亡骸。そのすべてを覆い尽くすには、まだ遠い。
それでも、アーネストは手を止める事無く、黙々と作業を繰り返した。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つと飛竜の亡骸が並んでいる。それらが目に入るたび、それが己の成した事の結果の一部であると思い知らされ、居た堪れない想いにかられる。
「いつまでそれを続けるつもりだ。そんなんでは、時間がいくらあっても終わらないぞ」
声が響いた。低く、少し耳障りな声。気が付くと、直ぐ傍に岩肌の様な灰色の鱗に覆われた竜――ハルヴァラストが立っていた。
「いつまでって、最後までだよ」
「聞こえなかったのか? そんなんでは、到底終わりなど来ないぞ」
「だからといって、やめるわけにはいかない。これが、俺にできる、せめてもの弔いだから……」
「弔いか……くだらない。その行動に何の意味がある? 土を被せたところで、何になる? 理解不能だな。そんなもの、ただの自己満足でしかない」
「……」
痛い所を突かれ、手が止まる。
この行為に何の意味があるのだろうか?
仕来りだから行うべきなのだろうか? これで、死者に安らぎが与えられるのだろうか?
そんなことは恐らくない。飛竜達に死者を埋葬するという習慣はないし、アルミメイアの言葉によれば、竜に他者を弔う習慣は無いときく。こんなことを行った所で、彼等に何らかの意味を見出される事は無い。
意味があるとすれば、それはただの自己満足。ただ自分が彼等を弔ったという思いが、アーネスト自身に安らぎをくれるものでしかない。
けれど、そうだと理解しても、アーネストはこの行為をやめる気にはなれなかった。
自己満足だったとしても、彼らに何もしないでいるという事ができなかった。
再び手を動かし、スコップを地面に突き立て、掘り起こす。
止める事無く作業を再開したアーネストを見て、ハルヴァラストは大きく鼻を鳴らす。
「どけ。邪魔だ」
ハルヴァラストがそう言って、大きな手でアーネストの身体を払いのける。
体格差から逆らうことなどできずアーネストはよろめきながら、ハルヴァラストに場所を譲る。
ハルヴァラストがアーネストの立っていた位置――飛竜の亡骸の前に立つと、手を大きく振り上げ、振り下した。
強く振り下されたハルヴァラストの爪が地面を深く抉る。そして、そのまま地面を掘り返し、土を飛竜の亡骸の上にかぶせる。
「手を止めていては、なおの事を終わりなど来ないぞ。人間」
突然土を掘り起こし、飛竜の亡骸を埋葬し始めたハルヴァラストを見て呆然とするアーネスト。それを見てハルヴァラストがそう告げる。その言葉でアーネストは我に返り、再び作業に取りかかかる。
土を掘り返し、飛竜の亡骸へと被せる。
ハルヴァラストの協力があり、その作業は思いのほか早く終わりを告げた。
飛竜の亡骸の上に土を被せ、軽く均して作られた小さな山。その上に出来合いの簡素な墓標を突き立てる。
バラバラに突き立てられた六つの墓標。それを目にすると、改めて自分の行いの罪深さを実感し、それと同時に心が少し軽くなる。
そっと手を合わせ、目を閉じる。
ここからの祈りは、彼等飛竜達を守護する神に届くだろうか? それは分からない。けれどそれでも、届いてほしいと祈りを捧げる。
「ありがとう。ハルヴァラスト」
祈りを終えると、今度はハルヴァラストに感謝を遂げる。
「何のことだ?」
「手伝ってくれたことにだ。ありがとう」
アーネストの感謝の言葉にハルヴァラストは鼻を鳴らして答えを返す。
「あれは、俺が勝手にやったことだ。感謝などいらない。
それに、こいつらを殺したのは俺自身だ。感謝されるようなものじゃない」
「それでも、だよ」
ハルヴァラストの返事に、アーネストは小さく笑った。
日が傾き始め、突き立てた墓標の影は長く伸び始める。
一通り作業を終わらせ、今はもうこの場に居る理由は無くなった。それでも、アーネストはその場から動けずにいた。
無理を通して行った行動からの疲労の為か、それとこの場に眠る者達を見続けていたかったのか、目の前に並ぶ墓標から目を離せず歩きだす事ができなかった。
「いつまでそこに居るつもりだ? 戻らないのか?」
見かねたハルヴァラストが尋ねて来る。
「そう、なんだけど……。悪い。もう少しここに居させてくれ」
答えを返すと、ハルヴァラストは呆れたように鼻で笑った。
足音が聞えた。誰かがこちらへと近付いてくる。その足音には、どこか怯えの色がある様に思えた。
足音に釣られ、視線を動かす。
男が一人立っていた。
見覚えのある顔。記憶にあるその顔よりよ、少しやつれた様な顔をしていた。
「よう。アーネスト。久しぶりだな」
およそ三年ぶりに見た、父親の姿がそこに有った。
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