第2話「戦いの後」
固い石造りの床を叩く足音がゆっくりと近付いてくる。
その足音に気付くと、エルバートはゆっくりと目を開いた。
薄暗い、石造りの地下牢。そこに、エルバートは捕らえられていた。竜騎士としての装備はすべて没収され、手錠を付けられた状態で、その薄暗い小さな牢に入れられていた。
足音が直ぐ傍まで近寄ると、エルバートは顔を上げる。
鉄格子を挟んだ向こう側に、衛兵を二人ほど従えた女性騎士が一人立っていた。
赤茶色の髪を肩の辺りで切りそろえ、腰に剣を一振り携え武装した姿で、女性騎士は鋭く青色の瞳向けてくる。少しだけ敵意を混ぜた戦士の目だ。
目を向けられると、エルバートは軽く自嘲気味に笑う。
女性騎士は目で、衛兵に合図を送る。合図を受けると、衛兵の一人が前に出て、牢の扉の鍵を外すとともに、扉を開く。
「竜騎士エルバート・オーウェル。フィーヤ殿下がお呼びです。ついてきなさい」
扉が開かれると、女性騎士にそう告げられた。
エルバートはゆっくりと腰を上げ、その女性騎士に従うよう様に、牢の小さな扉をくぐった。
カツカツと音を立て、石造りの古い砦の中を抜けていく。
両手を手錠で繋がれ、目の前を歩く衛兵と女性騎士を追って歩いていると、自分は戦いに負けたのだと強く実感する。
今まで戦場で負けを経験した事は無かった。それだけに、この先どうなるのか判断が付かず、微かな不安を抱く。これから、どうなるのだろうか?
「止まれ」
静止を読みかけられ、足を止める。
目の前には、両開きの少し大き目な扉があった。
衛兵がその両開きの扉の左右に立つと、ゆっくりと開く。
「入れ」
扉が開かれていくと、女性騎士にそう促される。エルバートはそれに従い、ゆっくりとした足取りで扉をくぐった。
エルバートが通された部屋は、少し大き目な部屋だった。相変わらず古臭く、少し埃っぽい部屋だ。
その部屋の中には、王の謁見の間を思わせる様に、少数の騎士と貴族が並び、部屋の最奥には木製の辛うじて豪華さのある椅子が置かれており、一人の女性が座っていた。
黄金色の長い髪に、整った顔立ちの女性。絶世の美女と噂に聞く、フィーヤ・ストレンジアス。その人だろう。
国王暗殺を企てた人物であり、反逆の首謀者。その事を思うと、自然と目付きが鋭くなり、フィーヤを睨みつける。
フィーヤはエルバートの視線を受けると、柔らかく、そしてどこか物悲しい笑みを浮かべた。
エルバートをこの部屋へと連れてきた女性騎士が歩みを進め、フィーヤのすぐ後ろに控える。フィーヤはそれを見届けると、小さく相槌を打つ。
「竜騎士エルバート・オーウェル。御加減はどうですか?」
「俺はもう竜騎士じゃない」
ささやかな反抗か、エルバートの口からはそんな言葉が零れた。
「そうでしたか、ではオーウェル伯爵とお呼びした方がよろしいですか?」
「それももう倅に譲ってある」
「そうですか。では、エルバートと呼ばせて頂きます。よろしいですか?」
「好きにしろ」
「では、エルバートと呼ばせて頂きます」
返答を得ると、フィーヤは小さく笑みを浮かべた。
「エルバート。ご存知かと思いますが、あなたの身柄は私達が預からせてもらいます。今後は捕虜としての扱いを受ける事になりますが、異論はありますか?」
「特にない」
「分かりました。では」
フィーヤが軽く指示を飛ばす。指示を受けると、部屋の片隅に控えていた衛兵の一人が、エルバートの傍まで近寄り、エルバートの手に付けられていた手錠を外した。
「今後、ここラドセンス砦内に置いては、あなたの自由と安全を保障します。ですが、こちらの安全のため、監視は付けさせていただきます。よろしいですね」
「ああ、構わない」
定型通りのやり取り。農奴の生まれで、一介の兵士だったためか、敗北イコール死だと思っていた。それだけに、その言葉を聞き、手錠を外されると、強く安堵の気持ちが沸いてくる。
だか、戦士として敗北し、役目を果たす事ができなかったという事実が、生き残った事を素直に喜ばせてはくれなかった。
「それで、今後の話をしたいですがよろしいですか?」
エルバートが手錠を外され、自由に成るのを見届けると、フィーヤがそう尋ねてきた。
「待った」
「なんでしょう?」
「さっきも言ったが俺はもう竜騎士じゃない。だから、もう『白雪竜騎士団』の団長でもない。ごちゃごちゃと込み入った話は、後任のディオンに任せてある。あとは、あいつとやってくれ」
「そうでしたか。では、そうさせていただきます。下がってください」
エルバートの言葉を聞くと、フィーヤはそう告げる。エルバートはそれに従い、一度踵を返すと直ぐに止める。
「悪い。いくつか聞かせてくれないか?」
「答えられる範囲であれば、構いません」
「助かる」
フィーヤの返答を聞くと、エルバートは一度感謝の言葉を返す。
そして、尋ねたいことを、尋ねようとする。しかし、尋ねるための言葉は直ぐに口からです事は無かった。現実と向き合う事に、酷く躊躇いを覚えた。
一度、大きく息をして、覚悟を決める。
「『白雪竜騎士団』は、どれだけ残った?」
言葉を詰まらされそうになりながら、どうにか尋ねる。その問いを聞くと、フィーヤは酷く悲しそうな表情を返した。
「竜騎士は五名、騎竜は四体残りました。
生き残った者達は、こちらで出来る限りの治療は施しています。今のところは皆無事の様です。
あなたのフェリーシアも、命に別条はないと聞いています」
「そうか……」
竜騎士団の半数以上を死なせてしまった。その事に、強い後悔と、悔しさを覚える。
「あと、もう一つ聞かせてくれ」
「どうぞ」
「あいつ――アーネストは何処にいる? できれば話をさせてもらいたい」
「彼なら砦の外に居ます。案内してください」
フィーヤが指示を出すと、控えていた衛兵一人がエルバートの傍まで歩み寄り、案内を開始する。エルバートはそれに従い、ゆっくりとその部屋を後にした。
* * *
エルバートの後姿が遠ざかり、扉が音をゆっくりと閉じられる。
遠のいていくエルバートの背中に、フィーヤは思わす手を伸ばし、口から声が出かかるが、それを抑え、伸ばした手を降ろす。
「どうかなさいましたか?」
一連のフィーヤの動きを見ていたのだろ、そばに控えていたレリアが尋ねて来る。
「いえ。大したことはありません。ただ、自分の罪意識が許せないだけです。
彼らは戦士として役目を全うしただけで、それに対する謝罪など、彼らにかけるべき言葉ではないというのに……そんな自己満足のために動いてしまう自分が、少し許せないだけです」
「心中、お察しします」
フィーヤの言葉に、レリアは優しく言葉を返す。
「それで、アーネストは、まだあの事を一人でやられているのですか?」
「はい。だいぶ強情なようで、休めと言っても聞き入れてもらえなかったようです」
「そう、ですか……。こちらから人手を回せればよかったのですが……」
「勝ちえたと言っても、こちらにもそれなりの被害が出ましたから、そちらの葬儀に人手が獲られ、どうしても後回しになってしまいます。彼が固執するのも、分かります」
「そうですね。けれど、結局ほとんど、彼にまかせっきりというのは、なんだかもどかしいものですね」
「そうですね……」
フィーヤの言葉に小さく頷くと、何もできないもどかしさからレリアは強く手を握り締めた。
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