第11話「夜に消える想い」
ドカンと空になった木製のジョッキが机を叩く。
「で、もうだめかって思った時によ。あいつが、来たんだ。今まで散々やらかしてくれてたのによ。今更来てどうすんだ馬鹿野郎って思ったよ。けど、あいつは――」
大分酔いが回っているのか、若干呂律の回っていない声で、エルバートが語っていく。
勝利を記念した祝いの席。そして、戦争で命を落とした者達の弔いの席。そこで語られる事は、やはり戦争で活躍した盟友達の話だ。
エルバートにディオン、それから古参の竜騎士達から戦争を経験し生き抜いた竜騎士達――盟友達の武勇伝を語っていく。
時には笑い話を、そして、時には彼らの生き様を、語っていく。利き手であるリディア達はその話に、一喜一憂し聞き入っていく。
酒の席が進むと、次第に話す事が無くなり始め、同時に酔いも回り始めてか、話が次第に関係の無い話に流れ始める。
そんな中、戦争時団長を務め、唯一戦争を経験してきたエルバートは、経験の多さから、それでも語る事は無くならず、次第にエルバート一人の一人語りになっていく。それに合わせ、エルバートの酒を煽る頻度も早くなる。
「おい、エルバート。さすがにもう止めておけ、飲み過ぎだ」
顔を赤らめ、軽く身体を揺らしながら語り続けるエルバートを見かねて、ディオンが止めに入る。
「あん? 俺は大丈夫だ。問題ねえ。それに、今日くらいは良いだろ、特別な日なんだから」
「特別な日だろうと、限度がある。今日はこの辺にしておけ。ほら、お前達も、余り話をせがむな」
エルバートの語る盟友の話を求めて、集まり始めた若い竜騎達に散るようにとディオンが手を振る。
「おいおい、俺はまだ話してぇことがあるんだ、止めないでくれ」
「そうか、だがそれは次の機会で良いだろ。我慢しろ」
「ああ? 我慢しろだ? お前はいっつも小言ばかりだな! もう少し融通ってものを利かせて見せろよ。なあ、リディア。お前はこんな頭の固ぇ竜騎士に成るんじゃねぇぞ、こういう奴はな、いざって時に諦めて、大事な時に動けねえんだよ」
酔った勢いでエルバートが撒き散らす。いきなり話を振られたリディアは、それにどう反応を返して良いか分からず、苦笑を浮かべる。
それを見たディオンは手で顔を抑え、大きく呆れた様な溜め息を付く。
「おい、話を飛び火させるな。彼女が困っているだろ……て、聞いてないか……」
エルバートはディオンの言葉を無視し、リディアの方へと向き直る。
「リディア。お前は良い竜騎士に成れる。ヴィルーフも良い騎竜だ。道さえ間違わなければ、お前は俺を超える竜騎士に成れる。良いか、間違えるなよ」
前後不覚になり始めたのか、エルバートは唐突に熱を込め語り始める。
「悪いな、リディア。少ししたら、睡魔に負けて、眠るだろう。それまでこいつの話、適当に聞き流しながら付き合ってくれ」
一人語り始めたエルバートに呆れながらディオンはそう申し訳なさそうにして、リディアに謝罪する。リディアはそれに頷き、エルバートの話を聞き流しながら、自分のジョッキに口を付ける。
「おい、聞いてるか~? リディア。聞いているなら、返事してくれ~」
酔いが回りきり、眠気に負け始めたのか、声のトーンが落ち始める。終わりが見え始めたエルバートの絡みに、リディアは少しほっとし始める。そんな時だった。
「なあ、リディア。お前、俺の息子に――俺の家に嫁いでくれないか?」
唐突に呟きたエルバートの言葉に、リディアは大きく取り乱され、口に含んでいた飲み物を気管に詰まらせ、咳き込む。エルバートの方へ目を向けると、エルバートは眠そうな半開きの目をこちらへ向けていた。
「お前が、うちの家に来てくれたら、俺は、お前に色々な事を教えられる。そしたら、お前は、竜騎士として、もっと成長できる……いい話だとは思わねぇか? 俺は……お前みたいな奴が、大好きだ……だから……俺の娘に―――」
ほとんど意識は無いのだろう、けれど、それだけにエルバートの願望がこぼれ出た形で、どう反応していいか判らなくなる。
戸惑い、困り、あたふたとしながら答えを探すと、隣から寝息が聞こえ始める。再び隣へ目を向けると、エルバートは睡魔に負け、眠りに落ちてしまって居た。
「騒ぐだけ騒いで、これか……まったく」
眠りに落ちたエルバートを見て、ディオンが呆れながら立ち上がる。
「頃合いだ。今日はここま。さあ、全員、帰るぞ」
辺りを見て、もう殆どの者が騒ぎ疲れ、眠るか、残った酒を少しずつ煽るかしているのを見て、ディオンがそう告げる。
終わりの合図を聞くと、竜騎士団の面々は立ち上がり、眠っている者を叩き起こし、移動の準備を始める。
「団長。エルバートさんはどうします? 起きないんですけど……」
「まったく……。悪いが、そのまま担いで部屋まで運んでくれ、頼めるか?」
「分かりました」
騎士団の何人かでエルバートの身体を担ぎ、立ち上がる。そして、全員が席から立つのを確認すると騎士団の面々は、ゆっくりと歩き始める。
リディアはそれを見て立ち上がり、自分も部屋へと戻るために歩き始める。
「リディア。君は……俺が部屋まで送ろう」
騎士団の方達と分かれるため、挨拶を告げようと口を開きかえたところで、ディオンがそう切り出してきた。
「部屋は城内に用意されているので、そこまでして頂く必要はありませんよ」
「気にするな。少し、君と話したいこともある。送らせてくれ」
「そうですか、分かりました」
そう押し切られ、リディアはディオンに送られる形で、今日の酒の席は解散となった。
夜も更け、完全に日の光がなくなり、城内に灯された薄い魔法の燐光のみが照らし出す廊下を、リディアとディオンは歩く。
夜の城内はとても静かな場所だった。先ほどまでの食堂が騒がしかっただけに、その静けさがより強く実感させられた。
耳に響く自分の足音を感じ、強く感じる静けさに寂しさを覚えながら、耳に残った余韻を楽しみながら歩く。
「それで、話とは、何ですか?」
しばし余韻を楽しむと、隣を歩くディオンにそう尋ねる。
「ああ、悪かったな。エルバートが色々と困らせるような事を言ったみたいで、それを謝っておきたかったんだ」
「そうでしたか、別に、私は気にしていませんよ。むしろ、楽しませていただきました」
今日有ったことを思いだし、リディアは小さく笑う。
「そうか、それは良かった」
リディアの返事にディオンは、ほっと息を付く。そして、一度悩むように視線を彷徨わせてから、再度口を開く。
「もし、嫌でなかったのなら、このまましばらく、あいつ――エルバートの相手をしてくれないか?」
言葉を選ぶように、ゆっくりと、丁寧にディオンはそう告げてきた。
「時間が合えば、そうするつもりですけど……どうしてですか?」
ディオンがわざわざ尋ねてきたことに疑問を感じ、リディアは問い返す。それに、ディオンは少し困ったような表情を浮かべる。
「すまない、リディア。今から話す事は、エルバートの前では知らなかった事にしてくれ」
そして、最後には諦め、息を付くと、そう前置きをして語り始める。
「あいつ――エルバートは、おそらく君に自分の息子の事を重ねているんだと思う。エルバートが、君の事をあれこれと気にかけるのは、たぶんそのせいだろう。今日、あの場に連れてきたのも、自分が竜騎士として、息子に語りたかったことを、語りたかったんだと思う」
「そう、でしたか……」
リディアは、エルバートに気に入られているのは理解していた。エルバートがリディアの事を気にかけるのは、そのせいかと思っていた。けれど、それは少し違っていたようだ。
言われてみれば、エルバートとの距離は、少し近すぎる様に思えた。
「息子さんは、どうかしたのですか?」
ディオンの話を聞くと、どうしても気になってしまう。聞いてはまずいであろう事と分かっていても、尋ねたくなるほどに、気になってしまった。
「あいつの息子も、竜騎士だったんだよ」
「だった……ですか、何が、あったのですか?」
「簡単な話だ。竜騎士で、任務中にミスを犯して、それで自信を失い、竜騎士である事をやめた。
エルバートは、自分の息子が竜騎士に成る事をすごく喜んでいたからな。『俺が鍛え上げ、最高の――俺を超える竜騎士にしてやる』って、舞い上がっていろいろ語ってくれたよ。それだけに、息子が竜騎士を辞めると知った時、しばらく荒れたらしい」
「そう、だったんですか……」
「あいつは強い。他の竜騎士で、あいつに真っ向から挑む奴は、そう居ない。だからだろうな、君があいつの勝負を受けた時――勝とうと挑んできた時、君と息子を重ねてしまったのかもしれない。
あいつの息子も、あいつと切り合うだけの気の強さや、技量を持っていたらしい」
話す事を話すと、ディオンは足を止め、リディアに頭を下げた。
「あいつは今、本当に楽しそうにしている。だから、もし、この話を聞いて、あいつの事を嫌いにならないでくれたら、しばらくの間、仲良くしてやってほしい」
頭を下げられ、リディアは少し戸惑う。
「私は、今を嫌だとは思っていませんから、そこにどのような想いが有ろうと、それで大きく見方が変わるとも思えません。ですから、顔を上げてください」
言葉を選び答えを返す。
「そうか、ありがとう。じゃあ、しばらくあいつが迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」
リディアの返事を聞くと、ディオンは顔を上げると、笑って軽くリディアの肩を叩いた。
「もう、この辺でいいか?」
そして、城内のリディアの部屋の傍である事を確認すると、そう告げる。
「はい、ありがとうございます」
「気にしなくて良い。こちらが申し出た事だ。では、良い夜を、お休み」
「そちらこそ、良い夜を、お休みなさい」
最後に別れを告げ、リディアとディオンは別れた。
「息子さん……か……」
部屋の扉の前に立ち、一人になると、その言葉が零れ落ちる。
リディアは、エルバートから向けられる想いを、嫌だと感じてはいなかった。けれど、その想いの先が、自分ではなく他の誰かであると知った時、少しだけ寂しさを覚え。同時に、その誰かに嫉妬する想いを感じた。
取っ手を握り、扉を開く。
沸いた嫉妬心と寂しさを吐きだし、ぶつけた所で何も変わらない。その事が容易に想像でき、虚しさを覚えると想いを忘れる様に大きく息を吐き、自分の部屋へと入って行った。
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