第10話「捧げるは戦士の祈り」

「ヴィルーフ!」


 リディアは自身の騎竜に警告を発すると共に、手綱を強く引き、ヴィルーフに緊急回避の命を出す。ヴィルーフはそれに従い、軽く横転させるかのように身体を捻り、軌道をずらす。


『グオオオオォォ!』


 咆哮が響く。先ほどまでヴィルーフが飛んでいた軌道の直ぐ傍を掠める様に、真っ白な飛竜が飛んで行く。


 ヴィルーフより一回り以上大きな身体を持つ飛竜。そうであるのに、素早く機敏に動いて見せ、ヴィルーフより正確な軌道で攻撃を仕掛けてくる。


 大きな体格と相まって、その力は絶大だろう。訓練とはいえその攻撃を直接受ければひとたまりもないだろう。その事を想像してしまい、少しぞっとする。


 先ほど攻撃を仕掛けてきた白竜は大きく翼を広げ、背を向けながら距離を取っていく。まるで誘っていうかのようだ。


『リディア。踏み込み過ぎだ。周りをよく見ろ、陣形から突出すると直ぐに噛み殺されるぞ!』


 耳に付けた通信用の魔導具から、ディオンの怒声が響く。


「は、はい。了解しました!」


 慌てて辺りを確認し、味方との距離を再確認する。気付かないうちに大分距離を離してしまったようだ。


 辺りを警戒しながら、ヴィルーフを一旦引かせる。


『なんだ、ディオン。その定石通りの詰まらない戦い方は?』


 通信用の魔導具から、今度はエルバートの声が届く。


『訓練中は敵味方での会話は禁止だと言ったはずだぞ、エルバート。それに、勝つための訓練をしているんだ。詰まる、詰まらないの話ではない』


『言いたい事は分かるが、それじゃあ面白くねえだろ』


『全員が全員。あなたの様に戦えるわけでは無いんだ! 変はことを教え込まないでくれ。

 それから、安心しろ、お前の相手は俺がしてやる!』


『へえ、おもしれぇ……来いよ』


 相手との距離を取り始めると、直ぐに味方の竜騎士達が合流してくれ、リディアとヴィルーフは元の陣形の位置へと戻る。そして、それと同時にディオンが陣形から飛び出していく。


『俺がエルバートを抑える。残りは、指示通り残りを他の相手を落とせ! 数ではこっちが有利だ。勝てないはずはない! いいな!』


 魔導具からの声と、空気を伝い直に響く大きな声で、ディオンがそう告げ、そのまま一気に加速し、エルバートへと踏み込んでいった。



 広々とした、王宮を囲う庭園にヴィルーフを着地させると、リディアがヴィルーフの背中から飛び降りる。疲労からか、身体が上手く動かず、着地した衝撃を上手く殺し切れずよろめくが、直ぐに踏みとどまる。


「ご苦労さん」


 踏みとどまり、どうにか着地を終えたリディアに、エルバートが声をかけてくる。


「どうだ、感想は?」


「さすがです」


「そっちじゃねえよ。今日動いてみて、どうだったかを聞いてるんだ」


「ああ、そうでしたか、すみません。思っていた以上にきついですね。いろいろ、至らないところを思い知らされます」


 リディアは今日の戦績を思い出して、悔しさから唇をかみしめる。エルバートはそれに小さく笑みを浮かべる。


 リディアはエルバートの提案を受け、エルバートの指導の元、今日は『白雪竜騎士団』全体演習に参加していた。


 竜騎士団を二つに割っての実戦演習。片方が現騎士団長のディオンの指揮の元、もう片方は前騎士団長エルバートの指揮の元動いて戦う。最初、リディアはエルバート側に付く形で編成される予定だったが、エルバートのハチャメチャな指揮では、指揮のもとで動く訓練にはならないというディオンの案で、ディオン側に編成される事になった。


 そうして騎士団は二つに分かれ、訓練は開始された。


 結果はディオン側の敗北。適確に全体を見通し、指示を飛ばすディオン。そのおかげで、序盤はディオン側が優勢であったものの、積極的に踏み込んでくるエルバート単騎に陣形を崩され、そのまま敗北してしまった。


 エルバート側の、エルバート単騎による撹乱から、崩れた陣形の弱い所を切りくずいていく戦術。それに敗れ去っていまった。


 途中、ディオンがエルバートの動きを抑えるため、一騎打ちを挑んでいったものの、それを軽くあしらわれ、そのまま切り崩された。


 英雄。そう呼ばれる男の力を見せつけられ、それにねじ伏せられたような結果だった。


 その間リディアは、下されて指示をこなすだけで手一杯で、上手く動けていたかは分からない。単騎による戦いならばだしも、他と連携しながらの動きは、未だに慣れていないなという事を実感させられた。


 経験。ここ数日で感じさせられる足りないものに、少し焦りを覚える。


「ま、そんな焦る事はねえよ。お前はまだ、すべてを備えた竜騎士ってわけじゃ無いんだ。その過程に居る身だ。少しずつ身に付けていけばいい」


 リディアの焦りを見抜いたのか、エルバートはそう言うと、ガシガシと乱暴にリディアの頭を撫でた。


「やめてくれませんか?」


「悪いな。丁度いい位置に頭があったもんでつい」


 リディアに咎められると、エルバートは直ぐに手を離す。


 相変わらず乱暴な仕草。他の相手なら、思い切り腕を振って振り払いたくなるものだったが、それに対してそれほど嫌な思いは感じなかった。むしろ、頭から離れていった体温に少し寂しさを覚える程だった。


(そう言えば……こんな風に頭を撫でられたのは、初めてかもしれない)


 乱れた髪を整えるため、自分の頭に手を伸ばすと、ふとそんなことを思い出す。そして、浮かんだ寂しさを、軽く顔を振って振り払う。


「さて、少し早いが、今日はここまでだ。改めて、お疲れさん」


 空を見上げ、時刻を確認すると確認すると、エルバートはそう告げる。


 リディアも空を見上げ、改めて時刻を確認する。日が傾き始め、橙色に染まり始めた空。夜まではまだ少し時間がある。普段なら、まだもう少し身体を動かしている時間帯だった。


「本日もありがとうございました!」


 終了の言葉聞くと、リディアは誠意をこめ感謝の言葉を返し、礼をする。それにエルバートは満足そうにうなずく。


 そして、普段なら直ぐにその場を離れていくエルバートだったが、今日は何かを迷う様に視線を彷徨わせていた。


「どうかしましたか?」


「あ、いや。今日の教練はこれで終わりだ。だから、ここからは無理に従う必要はない。それで……なんだが、今夜は時間があるか? まあ、何だ……飯でもどうだ?」


 問い返すとエルバートは歯切れの悪い声で、そんなことを告げてきた。


「会食ですか?」


 リディアの返答に、エルバートは苦笑を浮かべる。


「そんな固苦しいもんじゃねえが、そんな感じだ」


「そうですか。分かりました。お供します」


「よし、決まりだな。ならついて来い」



 騎竜を竜舎へと戻し、訓練のため着ていた鎧姿から、王宮で生活するための制服姿に戻ると、リディアはエルバートに連れられある場所に向かった。


 そこは、王宮の兵舎に併設された食堂だった。石造りで、それほど綺麗とはいえないものの、広々とした食堂だった。


 夕食時にはまだ早いためか、食堂の中には、まだそれほど人が集まっておらず、多くが空席だった。そんな食堂の一角、端の席を占有した一団に目が留まる。


 白を基調とした騎士団服を纏った『白雪竜騎士団』の姿だった。彼らの姿が目に留まると、エルバートは直ぐに足を向け、近寄っていく。リディアもそれに続き、彼らの傍へと向かう。


「遅いぞ、エルバート。何をやっていたんだ!」


 竜騎士団の面々が座る席へと近付くと、直ぐに向こうがこちらに気付き、ディオンがそう声を上げる。


「悪いな。ちょっと人を待ってたんだよ。待たせてすまねぇ」


「リディア、君も……なるほど」


 エルバートの返事を聞き、その後リディアへと目を向けたディオンは、その理由を理解したのか、それ以上の追及は無く、小さく笑みを返した。


「じゃあ、そろそろはじめよう。リディア、君も好きな席に座ってくれ」


 ディオンに促されると、エルバートはどしっと竜騎士団が集まれるテーブルの空いた席に腰を降ろす。リディアはそれに、少し迷ってからエルバートのすぐ隣に座る。


「えっと、これは……なんですか?」


 席に座ると、普段とどことなく違う雰囲気を醸し出す竜騎士団の面々を見て、リディアはそっとエルバートに尋ねる。


「む? ああ、リディア。今日が何の日か分かるか?」


「今日……? 何かありましたっけ?」


 問われると、直ぐに回答が見つからず、聞き返す。


「俺達が勝利を勝ち取った日だ」


「勝利……祝いの日ですか?」


 言われて気付く。そう言えば今日は、二十四年前にあった隣国との戦争の終戦の日――勝利した日だ。特別な祭日になどは成っていないが、それを祝う日とするも達が居ると聞いたことがある。戦勝の立役者たち。その者達が居る『白雪竜騎士団』なら、祝いの日としていてもおかしくはない。


 けれど、思い浮かんだその答えは直ぐに否定された。祝いを祝う活気がどこにも感じられなかった。席に着いたもの者達は皆、口を閉ざし、静かだった。


 団員の若い者が、それぞれ席に着いたもの達のジョッキに飲み物を注ぎ、淡々と配っていく。配られてもなお、団員は誰もその飲み物に口を付けようとしなかった。


「エルバート。頼む」


「俺がやるのか? 団長はおまえだろ?」


「そうだが、この役目は俺よりお前の方がふさわしい」


「分かったよ……」


 静か空間。そこにディオンとエルバートの会話が響く。そして、話を終えるとエルバートが立ち上がる。


 一同席に着いた面々全員の顔を見渡し、それから口を開いた。



「今日、かつてこの日に俺達は我らが国王に勝利をもたらした。

 血を流し、痛みに耐え、そうして掴んだ勝利だ。だが、祝うべきこの勝利であっても、忘れてはならない事がる。この勝利のために倒れていったもの達の事を……勝利のために命を捧げたもの達の事を……。俺達は決して忘れない。彼らの姿を、彼らの雄姿を、彼らが刻んだ生き様を……。そして、示すのだ。ここに彼らが居た事を……ここが彼等の居場所であった事を……。

 時が流れ、ここには彼らを知らぬものもいるだろう。だから俺達は今日、この日、彼らの事を語ろう。彼らの事を……彼らの事を知らぬものは、耳を傾け聞いてほしい、そして、刻んでほしい、彼らの記憶を……そして、繋いでほしい、彼らと、これから進む俺達の記憶を……。そして、覚えてほしい、いずれ君たちが戦い、命を落とす事があろうと、俺達は忘れない、君が生きた記憶を……この場所は君たちを覚えている。君の雄姿、君の生き様は此処に伝説となる。歴史に名を残す事が無くとも、俺達の心の中には永遠に刻まれるのだ、君の姿が。

 祝おう、勝利を、そして、祈りを捧げよう、命を賭したもの達に……そして示すのだ、俺達の、彼らの、君たちの居場所がまだここにある事を! 黙祷!」


 静まり返った席に、エルバートの声が響く。重く、深く、そして静かに響く。それを聞く者は、その言葉を噛み締め、そして、今は亡き英雄たちに祈りと感謝を捧げる。


 竜騎士は最強の兵科と言われる。それ故に、死亡率が低い。けれど、それでも零ではない。


 歴上で多くの戦果をあげながら、その裏で何人もの竜騎士達が死んでいる。そんな彼らの、働きがあったからこそ、多くの者が勝利を手にしたのだ。


 そっと、目を閉じる。そして、名も知らぬ英霊に、祈りを捧げた。



「さあ、湿気た時間は終わりだ。こっからは祝いの席だ。あいつらが居る場所まで届くほど、騒いで、飲んで、楽しむぞ。下手な口上なんていらねえ、乾杯だ!」


 エルバートのその宣言と共に黙祷が終わると、皆が配られたジョッキを手に立ち上がり、打ち鳴らす。


 そして、先ほどまでの湿った空気はど声やら、その空気を吹き飛ばす様に騒ぎ始めた。

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