第9話「白に刺す黒の色」

「フェミルです」


 コンコンと執務室の扉が叩かれると、扉の向こうからそう名乗る声が響いた。


「入れ」


 入室の許可を求めるフェミルの声に、アレックスは、部屋の奥の大きなガラス窓に目を向けたまま、そう答えを返す。


 返答が来ると直ぐに、扉が開きフェミルが入室してくる。


「この様な所に、わざわざ、どの様なご用件ですかな? フェミル殿下」


 一度、軽く視線だけフェミルの方へと向け、彼女の入室を確認すると、アレックスはそう声をかける。


「随分なご挨拶ですね。他の貴族の方なら、私が尋ねてきたというだけで、もっと派手な歓迎をしてくださるのに……」


「あなたは、私にそのような歓迎をお望みと?」


「冗談ですよ。今更あなたにそのような歓迎をされたら、逆にぞっとします」


 そう答え、フェミルは小さく笑う。


 そんな意味のないやり取りに辟易し、アレックスは小さく眉をひそめる。


「それで、何の御用ですか?」


「御姉様の居場所が分かりました」


「マッキャン伯爵領ですか?」


「知っていたのですか?」


 少しもったいぶる様な口ぶりで告げてきたフェミルの言葉に、落ち着き払った声でアレックスが答えを返すと、フェミルは大きく驚きの反応を返す。


「確証があったわけでは無い。ただ、可能性はあると思っていただけだ。フィーヤ殿下は交友関係が狭いですから、こういう時の逃げ込む先は分かりやすい」


「分かり切っていたのでしたら、わざわざ私に頼まなくてもよかったではないですか」


 フェミルが呆れた様に息を付く。


「確証があったわけでは無いと言ったではないか……。大きく動いて、外れでしたでは済まされない」


「そう言う事ですか……ですが残念です。この情報は私達だけでなく、お兄様たちにも伝わってしまって居ますよ」


「そうか……」


「驚かないのですね」


 反応の薄いアレックスにフェミルは、詰まらなそうに、また息を付く。


「驚き、焦ったところで意味はあるまい。もともと我々が対処する事ではなかった事だ。それによって予定通り事が運ぶようになったのなら、それでいい」


「なら、私達が動いた意味はなかった訳ですか……」


「そうでもない。あなたの力を把握することができた。それだけでも収穫です」


「どこからどこまでも、人を試す人間なのですね」


「味方の能力を正確に把握しておきたかっただけですよ」


「そうですか……なら、そう言う事にしておきます」


 これ以上の反応を期待できないと判断すると、フェミルはアレックスへの興味を失い。執務室に中央に備え付けられたソファーへと腰を降ろす。



「何を見ているのですか?」


 伝えるべき事を伝え、話す事もなくなると、フェミルはソファーに腰を降ろすと、そのまましばらく無言の時を過ごした。そうすると、その間ずっと窓の外を眺めつづけるアレックスの姿が気になり始め、尋ねる。


「つまらん余興だよ。外を見れば分かる」


 小さく答えたアレックスに釣られ、フェミルはソファーから立ち上がると、アレックスが立つ窓の傍まで近付き、そこから外を眺める。


 窓の外には、複数の竜騎士が騎竜に跨り、飛んでいる姿が映っていた。


 銀色に輝く鎧に着込んだ竜騎士と騎竜。全体を通して白を思わせる色で統一された竜騎士達。『白雪竜騎士団』。彼らが、騎竜を使った訓練を行っている姿だった。


 全体的に白で彩られた竜騎士達。その中で、異質さを放つような竜騎士と騎竜が一騎混じっていた。


 装備は『白雪竜騎士団』の者達が使っている物とそれほど大差はない。けれど、その騎竜の鱗は光を吸う様な黒い鱗で、白で彩られた中では強く目立つ色をしていた。


「あの黒竜は……よろしいのですか?」


 目立つ黒竜の姿を見つけると、フェミルは直ぐにその事をアレックスに尋ねる。


「構わないさ。竜騎士として、有事に備え、己を磨くことは当然の責務だ」


「そうですが……彼等との繋がりは私達にはありませんよ。それはよろしいのですか?」


「問題ない。あれも、自分が何をするべきか、理解しているはずだ。それ以上の事柄へ踏み込むことなど、しないであろう。それ以上に、これであ今まで以上に、強い力を示してくれるようになるのなら、むしろ歓迎すべき事柄だよ」


「だと、良いですけれど……」


 相変わらず大きな反応を見せないアレックスから視線を逸らし、空へと消えていく黒竜を見送る。


 白く彩られた竜騎士達。その中で目立つ黒い竜騎士。そんな、居心地のあるい配色を見せる竜騎士達の編隊を眺めながら、フェミルはそれになぜだか小さな不安を過ぎらせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る