第8話「空に消えるもの」
「まともな手入れがされておらず、すみません。しばらく使っていなかった場所ですが、まだ問題なく使えるはずです」
ラドセンス砦に辿り着いたフィーヤ達は、砦の持ち主であるビヴァリー・マッキャン伯爵の案内で、砦の一室へと案内された。
外から見た砦の大きさから考えて、比較的大きな部屋と思える一室。ビヴァリーが言う様に、手入れは完璧と言えるものではなく、まだほこりっぽさが残っており、そこに無理やり新しい机と、新しい椅子を押し込んだような部屋だった。
だいぶ急場で準備したものだろう。それでも、どうにか見せられるよう苦労したような場所だった。
「わざわざ用意していただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます。さ、お疲れでしょう。どうぞ座ってください」
ビヴァリーに促されると、フィーヤはそれに従い用意された椅子に腰かける。椅子に座り、足が休まると、今までの疲労を思い出したかのように、足が痛み始める。
「御辛かったでしょう……。ご無事でないよりです」
ボロボロになった服、砂埃で汚れた肌。それらで変わり果てた様なフィーヤの姿を見て、そこに何があったかを想像してかビヴァリーは悔しそうな表情を浮かべる。
ビヴァリーはフィーヤと親交のある数少ない貴族の一人だ。正確にはフィーヤではなく、フィーヤの母親と親交があった貴族で、母が亡くなった後も、何かとフィーヤを気にかけてくれた貴族だ。
古くから知っているが故に、交友や人となりを把握している。それ故に、少しの間匿ってくれるのではないか、そう思い彼を尋ねここまでやって来たのだった。
このような状況に置かれながら、誰かを頼ろうとする。そんな選択をした自分自身にフィーヤは小さな嫌悪感を抱く。
「騎士達が頑張ってくれましたから、彼らには感謝しないといけません」
「頼もしい方たちです。どこまでもあなたに尽くしてくれて。私も、王都に居れば、真っ先に駆けつけたのですが、いかんせん間が悪かったです」
「仕方ありません。あなたには、あなたの護るべき領地と領民があります。私に割いている時間など、それほどないでしょう。この場所を用意していただいただけでありがたく、それ以上のものを望む事なんてできません」
「そう言っていただけると、心が軽くなります。ですが、私に出来る事がありましたら、なんでも協力したいと思います。ぜひ、力が必要でしたら、申してください」
「ありがとうございます。感謝します」
フィーヤはビヴァリーの言葉に、深く感謝を述べる。
ほとんど身一つで放り出された状況。その中で、自分にこうやって手を伸ばしてくれる人がいる事に、フィーヤは少しだけ暖かさを覚えた。
* * *
ビヴァリーとの話を終えると、「お疲れでしょう」という事で、フィーヤは自由な時間が与えられた。
空いた時間で水浴びをし、砂埃で汚れた汚れを落とす。衣服は用意された衣服に着替え、王宮に居た時の様な煌びやかなものでは無いが、見られる様な姿になる。
休めと言われ、時間を与えられたが、まだ日が高く、眠る時間でもないため、自然と時間を持て余してしまう。
そのため暫く足を休めた後、場所の確認のため、フィーヤは砦の中を歩いて回り始めた。
古い砦。しばらく使われていなかっただけに、歩いて回り始めて直ぐに、痛み崩れている個所を発見する。砦として、防衛拠点として、その崩れた個所に不安を感じさせるものであったが、人が居らす、打ち捨てられたその場所は、歴史を感じさせられ、どこか神秘的にも見えた。
歩みを進める。
静かで、薄暗く、ほこりっぽい砦。その通路を進み、螺旋階段を上る。
階段を上りきるとひらけた場所に出る。ラドセンス砦の中で、一番高い場所。見張り塔の上にフィーヤは出た。そこから外を見渡せば、辺り一帯を一望できる。その景色を見て見たくなったのだ。
「あ……」
見張り塔の上には、すでに先客が居た。
外から差し込む日の光を透かし、キラキラと輝く銀の髪。その髪を時折流れる風に靡かせ、少女が一人、足元に小さな竜――幼竜を控えさせ、塔の淵に腰かけ座っていた。
神秘的にな場所に、美しく、絵になる光景。それらが相まって座る少女の姿は、まるで女神か天使の様に見えた。
「何?」
佇み、見惚れていると、それに少女――アルミメイアが気付き、視線をこちらへと向けてくる。
「あなたも此処からの景色を見に来ていたのですね」
向けられた視線に、フィーヤは少し戸惑い、そしてそう取り留めのない答えを返す。
「私もやる事が無いからな、ここで適当に過ごしてる。それだけだ」
「そうでしたか……」
間が開く。どう言葉を返し、どんな話につなげていけばよいか、その答えが直ぐに見つからなかった。
王都を逃げ出してからずっと、フィーヤとアルミメイアはまともな会話を交わしていなかった。そのような余裕がなかったというのもあったが、棘のある空気を醸し出すアルミメイアに、どの様な言葉をかければよいか、フィーヤには分からなかったのだ。
「仲直り」その言葉を実現するすべを、フィーヤは知らなかった。
謝罪の言葉は口にした。けれど、それだけでは、何かが足りないような気がしていた。
戸惑い、悩み、そして口を閉ざした。
「なあ、何で何も言わず、私達を遠ざけようとしたんだ?」
暫くの間、言葉を見つけられず、口を閉ざしていると、アルミメイアがフィーヤの方へと再び目を向け、尋ねてきた。
相変わらず棘のある空気に、鋭い瞳。それだけで、言葉を口にすることを躊躇わされてしまう。
「それは……あなたがたを、危険な目に遭わせたくなかったのです。だから、私との関係を立てば、巻き込まれずに済むと、そう思ったからです」
「それは、アーネストも、か? あいつは私と違って、騎士で、戦うための人間なんだろ。主の為に命をかける。そう言う役割の人間なんじゃないのか?」
「そうですね。確かに、彼は、そう言う役割を持った人間です。けれど、それは、守るべきものが、守るに値するものであった時、成される役割です」
「お前は、守るに値しない人間だと、そう思っているのか?」
「私自身は、そう、思っています……」
自分で、自分の考えを口にしながら、罪悪感が募っていく。
フィーヤは自分を、無力な人間だと思っている。そんな、何もできない人間の為に、多くの人が手を貸し、多くの人が危険にさらされていく。その者達への申し訳なさが募っていく。
「守る価値の無い人間だと、どうして思うんだ? お前は、王族なんだろ、それは人の国にとって大切な役割を持つ人間なんだろ? 違うのか?」
「そうですね。確かに、王族は、そう言った役割を持っています。けれど、それはすべての王族が価値あるもの。という訳ではなありません。私は……そんな、価値の薄い王族だと、思っています……」
「そうか」
フィーヤの言葉を聞くと、アルミメイア静かな返事を返すと、立ち上がる。そして、見張り塔の淵の上、高い位置からフィーヤを見下ろし来る。その瞳は、先ほどまでの鋭さは消え、どこか冷めた様な冷たい目をしていた。
「人の価値だとか、そう言ったものは、私にはまだ良く判らない。けど、あいつ――アーネストはお前を助ける事を選択した。そこには、あいつなりに、お前を助けるだけの意味を、見出したからだと思ってる。危険な目に遭うと分かっていても、それをするだけの意味が、あるんだと思ってる。だから、私もそうなんだと思ってる。
けど、お前はそれを否定する。お前は、あいつの想いを否定する。それが、少し許せない……やっぱり私は、お前が嫌いだ」
そんな、心を抉る様な言葉を残し、アルミメイアは一歩後ろへと下がると、その場に足場は無く、そのまま塔の淵から落ちていった。
フィーヤは慌てて彼女が、座っていた淵まで駆け寄り、そこから真下を見る。彼女の姿は見当たらない。アルミメイアの姿は、入り組んだ砦の暗い影の中に消えていた。
アルミメイアを追うように、彼女の足元で大人しくいていた幼竜が、塔の淵から飛び立ち、夕暮れに染まり始めた空に舞う。
「嫌われて……しまいましたね……」
王族は、人の願いや、想いを受けて立つ存在。そうだと理解している。けれど、それに応えられるだけの自信がなく、それ故にそれらの想いを裏切る自分。そんな、醜い自分の姿を見せつけられた気がして、深く心を抉られた。
黄金色に輝き始めた日の光を受け、空を飛ぶ幼竜の姿が目に入る。
鳥は自由の象徴だと言われる事がる。そんな鳥の様に、何にも縛られることなく、空を飛ぶ幼竜。そんな風に、自分も自由になりたい。そう、思えた。
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