第6話「戦士の瞳」

 一撃、二撃と剣と剣のぶつけ合う剣戟音が響き、交錯した二人の影が、再び距離を取る。


 剣を構え直し、相手との間合いを測りながらエルバートは笑みを浮かべる。


「なかなか出来るじゃないか、ディオン」


「団長となった今、あなたに負けるわけにはいかないからな。鍛錬を怠った事は無いぞ」


「確かに、団長で、引退したジジイに負けるわけにはいかないわな。だが、表情が少し辛そうだぜ。まだまだ鍛え方が足りないんじゃないか?」


 エルバートに指摘させると、ディオンは無理やり笑いを浮かべた様な笑みを浮かべる。それを見て、エルバートはさらに笑う。


「まあ、無理はするなよ。さあ、次行くぜ!」


 その言葉と共にエルバートは再度駆け出し、上段から力強い一撃を振り下す。それをディオンは剣を振るい打ち払う。弾かれた衝撃でエルバートは体勢を崩す。ディオンも同様に体勢を崩したものの、あらかじめ分かっていただけに直ぐに持ち直す。そして、開いたエルバートの懐に飛びこみ、一刀を繰り出す。


 だが、その攻撃は届かなかった。


 踏み込んできたディオンに、エルバートは蹴りを見舞ったのだ。その事を一切警戒していなかったのか、ディオンはそれをもろに受け、大きく体勢を崩す。その隙にエルバートは剣を構え直すと共に一刀。ディオンの首筋に刃を添える。


「勝負ありだな、ディオン。まだまだ脇が甘いぞ、攻撃は剣からだけじゃねえって、前も言ったと思うが?」


 剣の刃を首筋に当てられると、ディオンは負けを認め、力を抜き身体を地面へと降ろすと、溜め息を付く。


「俺の負けだ。失念していたよ」


 悔しそうな声音でディオンは答える。


「ま、竜騎士なんて、普段剣を握らねえ奴ばかりだからな、そいつらを相手にしてたら、確かに失念するわな。だからこそ、次からは気を付けろ」


 倒れたディオンに手を差し出し、エルバートはディオンを立たせる。


「ご教授、感謝します」


 エルバートに手を引かれ立ち上がるとディオンは身体に付いた砂を軽く叩いて払う。そんな二人のやり取りを見てか、見学していたギャラリー――竜騎士団の面々が拍手を送ってくる。


「さすが、剣豪と呼ばれた竜騎士殿です」


 エルバートとディオンの試合が終わるのを計らい何人かの竜騎士達が近寄ってくると共に、そう声をかけ、握手を求めてくる。見た事のない顔の竜騎士達だった。見た限り、かなり若い竜騎士達。おそらくエルバートが抜けてから竜騎士団に入った者達だろう。


「良くその名を知ってるな。それで、お前達は」


 差し出された手に握手を返しながら返事を返す。


「私はキンバリー」「シアです。まだ竜騎士に成ったばかりの若輩ですが、あなたの伝説は団長から聞いています」


 それぞれ握手を返すと、キラキラとした視線を返してくる。それにエルバートは苦笑する。


「おいディオン。一体どんな話を吹き込んだんだ?」


「特別な事は何も、事実を伝えただけです」


 悪戯を成功させた時の様な笑みを浮かべながらディオンは答える。


「マジかよ……」


「今の竜騎士は戦争を知らないからな。誰かを守る、国の為にって事より、英雄なんかに憧れる奴の方が多いみたいでな。本物の英雄を目にすれば、こうもなるだろ」


「勘弁してくれ……」


 エルバートは深くため息を付く。そして、再度寄ってきた新米竜騎士達に目を向けると、何か話を聞きたそうな目を返してくる。


 その視線は別に嫌という訳では無い。けれど、彼等の求める話をすれば、自然と戦争の時の話になるだろう。その話をしたくはなく、直ぐに視線を逸らす。


「まあ、いい。ディオン、もう一本付き合え。ようやく身体が温まってきた」


 嫌な事を振り払う様に、軽く剣を振り、ディオンにそう投げかける。


「悪い。俺は限界みたいだ。少し休ませてくれ」


 けれど、エルバートの思惑は直ぐに打ち砕かれてしまった。


「おいおい、それはマジで鍛錬が足りてないんじゃないか?」


「全員が全員、あんたみたいな化け物じゃないんだよ。悪いが別の奴に相手を頼んでくれ」


 そう断りを入れると、ディオンは身体を引きずるようにして、その場を離れていく。


「たく、仕方ねえな……。おい、お前達、少し俺の相手をしてくれないか?」


 仕方なくエルバートは傍に居る新米竜騎士達に相手を頼むことにする。


「え……」「それは、ありがたい事ですが……私達では役不足ですよ……」


 けれど、頼んでみたものの返事の歯切れが悪く、あまりよろしくない答えだった。


(完全に腰が引けてるな……こんなのを相手にしても準備運動にすらならないな)


 小さく舌打ちをする。


 けれど、それは仕方がないのかもしれない。竜騎士には剣の修練を課されはするが本業ではない。エルバートの様な特殊な経歴を持つものや、ディオンの様なよっぽどの物好きでなければ、たいした腕は持たない。そんな彼らが、エルバートやディオンの様な本物の剣士同士の打ち合いを見てしまえば、戦う前から戦意を打ち砕かれるのも当然と言えた。


 他に相手が出来そうな者がいないか、辺りを見回す。遠目に眺めている他の騎士団員。彼等も見たところ、やはり相手にならないだろう考えているのか、少しも覇気が感じられなかった。


 そして、一回りさせた、一人の人物へと目が止める。


 見慣れない竜騎学舎の制服を着た、長い栗毛色の髪を後ろで結わえた少女。先ほどの打ち合を見ていたであろうに、目を合わせると怖気づくことは無く、軽く会釈を返してきた。


(随分と肝が据わったやつじゃないか)


 そんな少女を見て、エルバートは小さく笑う。


「おい、そこの嬢ちゃん。ちょっといいか?」


 心が決まると直ぐに声をかける。相手は、声をかけられるとは思ってなかったのか、少し驚いた顔をして、一度辺りを見回してからエルバートの傍まで歩み寄ってくる。


「悪いな嬢ちゃん。突然声をかけちまって。で、ついでで悪いんだけど、少し時間はあるか? あるなら、俺の相手をしてくれると助かる」


 手にした剣を見せつけエルバートは少女に尋ねる。少女はその提案を受け、再び驚きを見せる。


「私が相手でよろしいのですか?」


 再確認のための言葉を告げてくる。けれど、その眼には相変わらず恐れの色は見えなかった。


「ああ、頼めるか? 竜騎学舎の生徒なら剣術の指南は受けているだろ?」


「分かりました。少しだけ、相手になります」


 迷いなく答えを返し、少女は一礼をする。それに、エルバートは笑う。


「なら、頼む。装備はそこにあるものから、使えそうなものを見繕って使ってくれ」


 近くにある武器庫を指示し、指示を出すとエルバートは一度その場を離れ、一旦端へと移動する。


 指示された少女は、指示通りに武器庫まで行き、そこから自分に合いそうな武器防具を見繕っていく。


「おい、さすがに相手が竜騎学舎の生徒では、相手にならないんじゃないか?」


 黙々と準備を進めていく少女を眺めていると、ディオンが傍へと寄ってきて、そう声をかけてくる。


「かもしれないな。けど、そうじゃ無いかもしれない」


 浮かんでしまった笑みを浮かべたまま、答えを返す。


「どういう事だ?」


「あいつ、俺とお前の打ち合いを見ていたにもかかわらず、俺に対し恐れを抱いていなかった。なかなか出来る相手かもそれないぜ」


「だが、竜騎学舎の生徒だぞ。単純に力量が測れてないだけかもしれない」


「かもな、けど、身のこなしは悪くない」


 装備を見繕い、軽い準備運動を始めた少女を眺め、答えを返す。


「どちらにしろ、腕がなくとも、勝気がない奴を相手にするよりかはましだ」


「そうか、だが、怪我だけはさせるなよ」


「分かっているよ。そんなへまはしないさ」


 少女が準備運動を終えるのを見ると、エルバートは再び元の位置へと戻る。


 そして、少女を対峙する様にして立つと、剣を構える。それに、少女も剣を構えて返す。


「まずは挨拶だな。俺はエルバート、見てくれは悪いかもしれないが竜騎士だ。嬢ちゃん、名は?」


 構え、鋭く睨みつけながら尋ねる。


「リディアです」


 少女はエルバートの問いかけに、ただ一言答えを返すと共に、鋭く闘気の籠った視線を返してくる。絶対に遅れは取らない。そんな強い意志を感じる視線だった。


(随分とギラギラした目を返してくるじゃないか)


 その視線を目にし、エルバートはまた笑う。


「リディアか、覚えておこう。さあ、始めようか」


 言葉と共にエルバートは一気に踏み込み、対峙する少女――リディアとの距離を詰めていった。

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