第5話「わたしの居場所」
「『白雪竜騎士団』団長ディオン・ハーディンク。ならびに、竜騎士エルバート・ミラード。召集に応じ、参上いたしました」
広々とした謁見の間に、ディオンの高らかな声が響き渡る。
豪奢な彫刻にタペストリーと絨毯で飾られた謁見の間。その部屋の最奥、壇上の上に置かれた玉座の前に、エルバートとディオンは跪き、玉座に座る主――第一王子クレアスト・ストレンジアスに頭を垂れる。
謁見の間にはクレアストに、エルバートとディオン、それから数人の近衛騎士と大臣だけで、他には誰も居ない。広々とした部屋に対し、ここにいる人の数は少なく、豪奢に飾られてはいるものの、酷く寂しく思える景色だった。
「おお、あなたが先の戦争の英雄『氷雪の竜騎士』エルバート殿か、会えてうれしく思う。面を上げろ」
ディオンが謁見の挨拶を告げると、クレアストは玉座から立ち上がり、エルバートとディオンの元へ近付く。
「お初にお目にかかります、クレアスト殿下」
「そう畏まらなくて良い。あなたの武勇伝は父から良く聞いている。ぜひ会いたいと思っていた」
クレアストはエルバートの傍まで歩み寄ると、右手を差し出し握手を求めてくる。それにエルバートは立ち上がり、握手を返す。
「それは光栄であります、殿下」
「ふむ。あなたの活躍、期待している。ぜひその力でもって、未だ混乱の影響がみられる王都に安定をもたらしてくれ」
握手を返すとクレストは、その言葉と共に手を強く握り返し、軽く肩を叩いてくれる。
「竜騎士ディオン・ハーディング。あなたにも、我が国で名だたる竜騎士団の一つ『白雪竜騎士団』をまとめ上げるものとしての活躍、期待するぞ」
「は! ありがたきお言葉、感謝します」
ディオンは深く頭を下げる。
「お前達が来てくれれば、王都には直ぐに平穏が訪れてくれるだろう。お前達のその力が、噂だけでない事を示してくれたまえ」
「「は! 神聖竜と我らが王に捧げし騎士の誓いに従い、我らが力、示してみせましょう」」
クレアストの鼓舞する言葉に答える様にして、エルバートとディオンは定型通りの誓いの言葉を口にした。
* * *
謁見の間で、国王代理の王子と着任の挨拶を終え、部屋を後にするとエルバートは大きく息を付いた。
部屋を出て扉を閉じると共に緊張か解かれると、どっと疲労感が感じられた。
「相変わらず、ああいった場は慣れないか? エルバート」
大きく疲れを露わにすると、共に部屋を後にしていたディオンがそう声をかけてくる。
「俺はお前達みたいに、生まれも育ちもよくは無いんだよ。こういった事はもう無いと思ってたしな」
「相変わらずか」
形式という縛りに縛られた場から解放され、溜まった憂さを晴らす様に喚くエルバートを見て、ディオンは小さく笑う。
「だが、もう安心しろ、今後の殿下とのやり取りは、俺がやる。お前は出なくて良いぞ」
「王宮に居るだけで息が詰まりそうだってのに、あってたまるかよ。直接呼び付けられたって行かないからな。もしあったら、適当な理由付けて断ってくれ」
「分かった、そうするよ」
一通り喚き散らすと、それで憂さが晴れたのか、エルバートは少し落ち着き息を付く。
「それで、これからどうするんだ? エルバート。しばらく動くことは無いと思うが」
エルバートが落ち着くのを見ると、ディオンが今後の話を切り出す。
エルバートとディオン達は、殿下の命で王都防衛のために呼ばれた。それには少しおかしな点があった。それはおそらく、呼び寄せた国王代理のクレアストの殿下の立場が関係しているのだろう。
聞いた話では、クレアスト殿下は国王スイラスから直接、次期王と指名されていた訳では無い。順当に行けば、国王になる立場にはいるが、直接後継者と示されていないとあって、国王の急死による困難の中、「クレアストがはたして王として相応しいのかどうか?」という話が、一部から出ているとのこと。そのため、そんな貴族達の考えを否定するために、王を絶対的な王たらしめている力の一つである竜騎士、それもとりわけ強力な竜騎士団であるディオン達と、かつての戦争の英雄であるエルバートを呼び寄せ、その力を見せつけたのだろう。
そして、それ故にエルバートたちが王都に来た時点で、クレアストの目的は達成されており、かといって直ぐに駐屯地へ戻すわけにもいかず、他の衛兵達の様な簡単な警護などの任を任せるわけにいかない状況となっている。そんな中では、エルバートたちにまともな仕事は回ってくることは恐らくなく、しばらくはただ王宮に居るだけで、することが無い状態となっていた。
「そうだな、しばらくはする事なんてないしな……なら、丁度いい。少し俺に付き合ってくれ。俺もフェリーシアも、しばらくまともに身体を動かしてなかったから、錆を取っておきたい。どうだ、受けてくれる?」
腰に刺した剣を見せつけ、エルバートはディオンに視線を投げかける。それを見て、ディオンは小さく笑う。
「あなたもフェリーシアも、子供の相手をしていたと聞いているが?」
「喋ったのはアメリアか、まあいい。それだって三年以上前の話だ。今は相手してくれる奴なんていないんだよ。付き合え」
からかう様に返したディオンの言葉に、エルバートは舌打ちを返し、ディオンの腕を掴むと強引に連れ出していった。
* * *
扉を閉じる。部屋から退出し、息苦しかった空間を隔てたのに関わらず、胸を縛る様な息苦しから解放される事が無かった。
視線を感じる。見知った誰かからの視線ではない。見知らぬ誰かからの視線。
リディアが顔を上げ視線を前へと向けると、ドレスで着飾った二人組の女性が目の前を通り過ぎていく。
丁度目の前を通り過ぎる際、その女性達を目が合う。見知らぬ相手、普段なら気にも留めない視線で合ったが、目にした瞳からは蔑みの色が見て取れ、それから逸らす事は出来なかった。「分不相応な者は、ここから立ち去れ」口にこそ出してはいないものの、その瞳からはそんな言葉見て取れた。
力や金のない貴族が無理に着飾って王宮へとやって来た姿。今のリディアの姿は、一部の者からはそうと取られる姿をしている事は理解している。けれど、王宮に居る間、ずっとそう言った目を向けられ続けるとは思っていなかった。
ここは王宮。ここでは常に立ち居振る舞いが見られ、評価され、そして、他者を蹴落とすための材料とされる。話では聞いていたその実態を今、強く感じだ。
ここで向けられる視線と、ここを支配する空気は、リディアの嫌いな家の空気とよく似ていた。
そして、ここにある景色は、もし自分が今ある場所に踏み入らなかったのなら、自分が居たであろう場所でもあった。
息苦しさから逃げる様に、リディアは目の前の景色から目を逸らし、足早に立ち去って行く。
歩みを進め、城内を歩いていく。城内を歩き移動し、どの場所に行こうとも、そこでは必ず、あの誰かに見られているような視線を感じさせられた。
誰も居ないはずの場所でさせ、視線を感じさせられた。ひどく不快な気持ちにさせられる。
向けられる視線。その視線を気にしない様な精神があったのなら、どれほど楽に過ごす事ができるだろうかと、くだらない疑問さえ浮かんだ。
そして、気が付くとリディアは王宮内のある場所へと足を向けていた。
宮殿を囲う広々とした庭園。その一角、優美さを漂わせる庭園とは不釣り合いな場所。
「あ……」
そこは王宮を警護する衛兵や近衛騎士達が使う練兵場だった。
貴族達が支配する王宮内に置いて、兵や騎士達に許された数少ない自由な場所の一つだった。
リディアが今立つ場所。そう思える場所だった。そして、その場所からはあの視線は感じられず、締め付けられる様な息苦しさを感じる事は無かった。
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