第4話「父と子と」
「リディアです」
コンコンと扉をノックし、部屋の中へと届く様に、少し声を張り上げ名前を告げる。
「入れ」
名前を告げると、直ぐに返事が返ってきた。入室の許可をもらうと、リディアは扉に手をかけ、中へと入る。
本棚に書物と資料が詰まった執務室。その部屋の最奥の執務机に、部屋の主である父――アレックス・アルフォードが、何かの書面に目を走らせ、時折ペンを走らせていた。
「これが終わるまで、少しの間待っていてくれ。席にかけてくれても構わない」
リディアが部屋に入ると、アレックスはこちらに目を返すことなく、そう告げる。
「では失礼します」
リディアは断りを入れると、部屋の中央に設けられた、ソファーへと腰かける。
顔を上げると、机を挟んで反対側に座る人物と目が合う。
対岸に座っていたのは、黄金色の長い髪をした少女――第四王女フェミル・ストレンジアスだった。フェミルはリディアと目が合うと、小さく手を振ってくれた。
「お久しぶりです。フェミル殿下」
「お久しぶりです。リディア」
静かに挨拶を交わす。そして、会話はそこで途切れる。父であり、この部屋の主であるアレックスは無駄話を嫌う。リディアもフェミルもその事を理解しているのか、挨拶の後、続く言葉を口にせず、会話はそこで途切れたのだ。
コツコツとペンが、羊皮紙越しに机を叩く音が響く。室内にはそれ以外の音はしない。それ以外の音は許されない、そんな空気が支配していた。
しばらくして、ペンがペン立てに建てられる音が響き、深く息が吐かれる音が響く。
「すまない、待たせた」
そして、一仕事を終えたのか、アレックスは執務机から立ち上がり、リディアたちが座るソファーへと移動し、腰をかける。
「いえ、大丈夫です。それで、話とはなんでしょうか?」
アレックスがソファーに座ると、リディアはそちらに目を向け、すぐさま本題を尋ねる。一瞬、目を向ける事への恐怖心が沸くが、どうにかそれを振り払う。
「リディア、君はここ数日の出来事は認識しているな」
「王と、その暗殺者に付いてですか?」
「そうだ」
「それでしたら、表面的な部分は聞いています」
「そうか、なら話は早い」
リディアの返答を聞くと、アレックスは一度息を付く。その、ほんのわずかな仕草でさえ、リディアは恐怖にかられてしまう。今回は、何のミスはしていない、そうと分かっているはずなのに、知らないところで何かをしでかしたのではないかと思えてしまい、父の動作すべてがそれを叱るための前動作なのではないのかと思えてしまう。
「現状、王都は静かだが、まだ何があるか分からん。故に、お前もその事に注意してしい」
「暗殺者やその関係者は王都から排除されたのではなかったですか?」
リディアの認識している情報と、父の口ぶりからの感じられる認識の齟齬から、リディアは思わず聞き返してしまう。それに、アレックスは目を細める。
「す、すみません」
父の表情の変化を見て、リディアは直ぐに謝罪を口にしてしまう。
「構わない。出回っている情報では、襲撃者は既に排除されたことに成っているからな。だが、襲撃者やその関係者がそれだけとは限らない。まだ王都に、彼らの仲間が潜んでいるかもしれない。気を付けろ」
「心得ました」
父の言葉に反省を浮かべる。自分の認識の甘さを悔やむ。
「それで、その続きだが。暫くの間、お前には王宮に居てもらう。部屋は既に用意してある。そこを使ってくれ。着替えなどは、運んでもらうよう手配している」
「それは、どういう事ですか? わざわざ王宮に居る必要性が分かりません。王都の別邸からもそれほど距離があるわけでは無いと思われますが」
「念のためだ。現状王宮内で、誰が敵で、誰が味方か分からない状況だ。信用できるものを置いておきたい。これは、理解できるな?」
「はい、分かりました」
父の確認、リディアすぐさま了承を返す。いや、返すしかなかった。父は、常に相手の理解を求め、確認するようなことを口にする。けれど、それに父の望む答え以外の返答は許されない。もし、父が望む答え以外を返答したのなら、それ以降父からの信用は失い、父から与えられていたすべての地位を失う事に成るからだ。そんな言外から漂う圧が、リディアの心を恐怖として蝕んでいく。
「故に、暫くの間、お前には王宮で過ごしてもらう。場合によっては来月からの竜騎学舎も休んでもらう事に成る。良いな」
「竜騎学舎も……ですか?」
「間違えるな。お前は竜騎士を目指しているが、アルフォードの人間だ。であるなら、まず第一に、アルフォードの人間として、どう動くかを考えろ。
ここまでで、聞きたいことはあるか?」
「ありません……」
「そうか、では、話は以上だ。外してくれて構わない」
「はい」
相変わらずの父の言葉に、リディアは返事を返すと、立ち上がり、そのまま父と同席していたフェミルに一例をして、執務室から立ち去って行った。
* * *
静かな部屋に、扉の閉まる音が大きく響く。
リディアが退出していくのを見届けると、アレックスは小さく息を付く。
「およそ親子の会話とは思えないものですね」
息を付くと、それを見計らい、会話を聞いていたフェミルがそう言葉をかけてくる。
「親子の有り方など、家によって変わるであろう。殿下も、父上とはそれほど仲がよろしくなかったと聞いていますが?」
「そうですね。けれど、お父様は、私達に対しては父であろうとしていました。ですから、このような危険な状況に巻き込む様な事はしないと思います」
「なるほど、だが、彼女はもう十六。子供と呼べる年齢ではない。早い者ではもう嫁ぎ先を決め、家を出ている年齢だ。であるなら、自らの責任を果たすべきだ。
そうでなくとも、現状我々の戦力は乏しい。竜騎士という強力な駒が傍に有るのに、遊ばせておくわけにはいくまい?」
「駒……ですか」
「人とはいえ、数が大きくなれば、それは数字でしかなくなる。我々が抱えている人の数は、一つ二つではない。その一つ一つの数字に迷って居ては、下さなければいけない判断を誤ってしまうぞ。良き統治者であろうとするなら、人と数、その違いを理解しておくべきだ」
「ご忠告感謝します。けれど、あなたのそれは少し行き過ぎている様に思います」
「かもしれないな。だが、私はこれが最善だと思っている。それだけだ」
「そうですか……」
表情を崩さないアレックスを見て、フェミルは諦めに似た息を付く。そして、テーブルに置かれた紅茶の入ったティーカップをそっと持ち上げ、口を付けた。
「それで、取り逃がした御姉様の件は、どうなさるおつもりですか?」
紅茶の甘い香りが鼻孔を満たす。その香りに額ながら、フェミルはそうここへ来た本題を切り出したのだった。
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