第3話「白雪竜騎士団」
白地に青の刺繍が施された騎士団服に、銀の鎧を着こんだ竜騎士と、同様に銀の鎧に包まれた騎竜が、列をなす。左右の最前列の竜騎士が旗を掲げており、片方は白地に、金糸と白糸で白竜が刺繍されたマイクリクス王国王家の旗『
雪と白竜を象った騎士団旗、『
『白雪竜騎士団』、王国にいくつかある竜騎士団の中でも最強と称される事のある竜騎士団の一つで、王国の国境防衛の一角を成す竜騎士団。国防の要の一つであり、有事の際は前線に立ち、その圧倒的な力でもって、王国の力を知らしめる役割を持つ。そのため、よっぽどの事が無い限り、駐屯地から動くことが無いとされる騎士団でもあった。
ただでさせ竜騎士が騎竜を引きつれ入る事の無い王宮の敷地内に、竜騎士団一つがそのまま立ち入るだけでも驚きであるのに、まず動くことが無い竜騎士団の一つがこの場にいる事に、大きく驚かされる。
足を止め、遠巻きに見ている貴族達に目を向ける。多くは、野次馬の様に嬉々とした表所を浮かべ、竜騎士団の姿を眺めているが、ちらほらと見られる顔に覚えのある有力貴族は、一様に厳しい顔をしており、事の重大さを重く受け止めているようだった。
「君も、この事態は気になるかい?」
驚きを見せながら、居並ぶ竜騎士団に目を向けていると、背後から声がかかった。振り向き、声の主を確認すると、そこには竜騎士フレデリック・セルウィンの姿があった。
「これは、セルウィン様、お久しぶりです」
フレデリックの姿を確認すると、リディアは慌てて背筋を伸ばし、佇まいを整えると礼をする。
「そんなに畏まらなくていい。名前で呼んでくれて構わないよ」
慌てて佇まいを整えたリディアを見て、それがおかしかったのか、フレデリックは小さく笑う。それにより、リディアは気恥ずかしくなり、顔を赤らめ目を伏せる。
「そうですか、すみません。
セル――フレデリック様はまだ此方に居られたのですね」
リディアの返事に、フレデリックは小さく苦笑いを浮かべる。
「君の父上の頼みでね。しばらく王宮にいる様にと言われていたんだ。後で君に挨拶に行くようにと言われていたけれど、幸運だったかな、おかげで手間が省けた」
フレデリックは、リディアから視線を外しながら、王宮の庭園に居並ぶ竜騎士達に目を向け、そう告げる。
一瞬、なぜ父が竜騎士であるフレデリックにそのようなお願いをと疑問が浮かんだが、フレデリックの視線の先、竜騎士団に目を向けると直ぐにかき消された。
「少しごたごたが続いたからね。何かしら動きがあるだろうとは思っていたが、まさか『白雪竜騎士団』が出て来るとはね……しかも、あんなものまで引っ張り出してくるとは、驚きだ」
フレデリックは、次に空へと目を向ける。リディアもそれに倣い、空に目を向ける。
大きな影が頭上を掠めた。一体の飛竜。それが影の正体だった。その飛竜は、王宮の空、リディアと竜騎士達の頭上を旋回し、列をなす竜騎士達の前に着地していった。
飛竜が竜騎士の列の前に着地すると、竜騎士達はそれぞれ手にしたランスを掲げ、対面する竜騎士とランスを交差させ打ち鳴らす。それは、何かの式典のであるかのように、寸分たがわぬ動きで行われ、一種の芸術を思わせる動きだった。
着地した飛竜の姿。それは記憶の奥底の、どこか懐かしさを思い出させる、雄々しく美しい白竜だった。それは、まさに白雪の名を冠すると言って良い程、白く美しい色の鱗をしていた。
「あの……飛竜は?」
その飛竜の姿に目を奪われ、思わずそう尋ねてしまう。
「リディア。君は、今この国で最強の竜騎士は誰だと思う?」
リディアに問いに、フレデリックはそんな問いを返してきた。その問いの意図が分からず、リディアは首を傾げ、フレデリックを見返す。
「当代最強と謳われる、貴方様では……無いのですか?」
リディアの答えに、フレデリックは小さく笑う。
「嬉しい事を言ってくれるね。確かに、皆はそう言うかもしれない。けれど、残念ながら僕自身はそうは思ってはいない。所詮僕は、一騎打ちの試合で勝ち続けているだけの、初陣すらはたしていない半人前の竜騎士だ。そんな僕では、所詮張りぼての最強にすぎないよ。
実戦と訓練は別物だからね」
目を細め、対抗心を剥き出しにするようにしてフレデリックはそう告げる。その言葉、リディアの心に深く刺さる。
いくら訓練で上手くやれていても、実際の戦場に立った時、何もできなかった自分、その出来事が思い出され、小さく拳を握りしめる。
「確かに、実戦と訓練は違うかもしれません。けれど、実戦を経験したからと言って、強いわけでも、強くなるわけでもありません。訓練でそれだけの結果を示せたのでしたら、それ相応の結果が出せるものと思います」
強くあり、その力で皆から賞賛され、輝きを放っていたフレデリック。そんな姿に憧れを抱いたリディアとしては、そんな弱音を吐く彼を見たくはない。そう思ったのだろう、気が付くとリディアは慰めの言葉を口にしていた。
放った言葉に驚き、リディアは慌て口元を抑え、再び目を伏せる。その姿を見て、フレデリックはまた小さく笑う。
「そうで有ってくれると嬉しいね。けれど、それでも、僕は今でも勝てないと思っている相手が居る。その一人が、彼だよ」
フレデリックは小さく笑うと、丁度今あの白竜の背から飛び降りた竜騎士を指さし、そう告げる。
「『
指示し、名を告げる。
「『氷雪の竜騎士』……20年以上前にあった戦争の英雄ですよね? 彼は既に引退したはずでは?」
名前を告げられ、記憶をたどると直ぐにその疑問い突き当たる。
「そのはずだね。だからこそ驚いているよ。彼が竜騎士として復帰したことにね。
何があったのかは分からないけど、それだけの事態が起きているという事だろうね……。君も気を付けた方が良いかもしれない」
白竜の背から飛び降りたエルバートの背を睨みつけるようにしながら、フレデリックはそう忠告を告げる。
そして、しばらくエルバートの姿を目で追った後、
「おっと、すまない。呼び止めてしまったね。君も何か用事があって王宮へ来たのだろ? 時間を取らせて悪かった」
列の先頭に立っていた竜騎士達の共に、エルバートが王宮の中へと消えると、我に戻ったのかフレデリックはそう謝罪を告げた。
「構いません。詳しい時間の指定はされていませんので、気にしないでください。それでは、私は用がありますので」
フレデリックの謝罪にリディアはそう返事を返し、一礼をする。
「そうか、ではまた、近い内に」
そしてフレデリックも返事返し、その場を立ち去って行った。
立ち去っていたフレデリックを見送ると、リディアは三度竜騎士達に目を向けた。
完全装備のまま居並ぶ飛竜達の姿。美しくありながら、戦争という不穏さを連想されるその光景に、どことなく非常時の緊張感を感じさせられる。そのせいだろうか、目の前に広がる王宮の内の空気が、同様に張りつめている様に思えてしまった。
* * *
白い鱗に覆われた飛竜――フェリーシアを着地させると、エルバートはフェリーシアの背中から飛び降り、地上へと降り立つ。
「おいおい、何だ? この歓迎は」
騎竜から降り立つと、自身の歓迎を見て、エルバートはそう驚きの声を上げる。
「お久しぶりです。竜騎士エルバート。いえ、今はエルバート伯爵とお呼びした方が良かったですか?」
エルバートが降り立つと、竜騎士の列の中から一際意匠の凝らされた鎧を身に纏った竜騎士が前に出て、跪く。
「やめてくれ、爵位はもう
畏まった態度を取る竜騎士に、嫌気がさしたような言葉で、エルバートはそう答える。
「そうでしたか。しかし、あなたがどのような立場であれ、我が騎士団団長エルバート・ミラードであった者であれば、それは我々にとっての
エルバートの態度を見ても、態度を改めることなく、竜騎士は告げる。そして、言い終えると表情を崩し、小さく笑う。
「ですので、諦めて歓迎を受けてください。
お久しぶりです。御変わりないようで」
竜騎士は立ち上がると握手を求め、右手を差し出してくる。それにエルバートも笑みを浮かべ握手を返す。
「ディオン、てめぇ、俺が嫌がるの分かっててやったな?」
「さて、どうでしょう」
「こいつ……まあいい。少しの間だけだがよろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
そんな軽い言葉を交わすと、エルバートは王宮の中へと足を向け、歩き出す。意匠を凝らした鎧を着た竜騎士――『白雪竜騎士団』団長ディオン・ハーディングもエルバートの隣に並び、歩き出す。
「それにしても、まさかあなたが出て来るとは思いませんでした。よろしかったのですか?」
「殿下からの直接召集だ。無下には出来んだろ。それに、俺の家にはもう、俺しか竜騎士が居ない。なら、俺が行くしかないだろ?
それからディオン。今の団長は俺じゃく、お前だ。だから敬語は使うな」
「それは分かってはいるのだが……団長相手ですとなかなか……」
エルバートを「団長」と読んだディオンを見逃さず、睨みつける。それにディオンは咳払いを一つして誤魔化す。
「それで、エルバート。今回の件、どう見る?」
「今回の件とは?」
「わざわざ俺達を呼び寄せた事だ。王宮ならびに王都の防衛力を強化する目的なら、俺達じゃなくてもよかったはずだ。なのにわざわざ呼び寄せた。そこが引っ掛かる」
「知るかよ、そんな事。どうせ貴族達の政争の一環だろ。くだらない」
ディオンの問いにエルバートは、苛立ちを隠そうとせず、吐き捨てる。
「いいかディオン。前にも言ったが、俺達が竜騎士だ。だから俺達は貴族であっても戦士だ。くだらない政など気にせず、己の使命を全うしろ。政の失敗は、すべてそれを指示した貴族達が取る。いちいち俺達が構う事じゃない」
「それは……そうだったな……変な事を聞いて悪かった」
エルバートに諭されると、ディオンは反省の色を浮かべ、謝罪を口にする。エルバートはそれに答えを返すことなく、一度鼻を鳴らし、王宮の謁見の間へと歩いて行った。
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