第2話「変わり始める世界」

 昼、リディアは王宮に居る父に会うために、準備を整え屋敷の外へ出た。屋敷の外には、すでに馬車が一台準備されていた。


 屋敷の玄関から出てくるリディアの姿を確認したのか、馬車の傍に控えていた使用人が、一礼すると客車の扉を開き、乗り易い様に整えてくれる。リディアはそれに、一度眉をひそめる。


 馬車はおそらく、屋敷から王宮へと移動するために準備されたものだろう。屋敷から王宮まではそれほど距離があるわけでは無い。歩いて向かう事もそう難しくはない距離だった。


 けれど馬車は用意されていた。もちろん、リディアは頼んでいない。


 安全のため、そしてアルフォード家がいかに格式高い家であるかを示すため、使用人たちがそういった家の考えをくみ取り、用意したものだろう。


 そんな家のためと、常に気負配りながらの緊張した空気に、早くも嫌気を覚える。けれど、そう感じたところで、彼ら使用人たちに強く指示を出せるほど、リディアの立場は強くはなく、リディアはそれを受け取るしかなかった。


 平静を取り繕い、リディアは馬車のタラップに足を駆ける。


 使用人が顔を上げ、開いた馬車の扉を閉めるため、扉に手を掛けとともに改めてリディアの姿を目にし、口を開いた。


「お嬢様。その格好で行かれるのですか?」


 リディアは今、普段竜騎学舎で使用している竜騎学舎の制服を着ていた。その事が、余り快く思わなかったのだろう、使用人は小さく顔を顰めた。


 王宮は、特別な場であり、貴族達が集まる場所であるため、そこへ赴く時はそれ相応の服装が求められる。男性は、意匠を凝らし、爵位や家系を示す刺繍が施された宮廷服、女性は着飾ったドレスなどの服装が求められる。


 一応、竜騎学舎の制服は、王宮に着て行って良い服とされているが、それは金の無い貴族の出の者が仕方なく制服を使うという事を許されているだけであり、あまり良く取られる事は少ない。


「何か問題がありますか? 私は竜騎学舎の人間です。ですから、私にはこの服装がふさわしいかと思いまが?」


 竜騎学舎の制服が王宮ではあまり良く見られない事がある事は理解している。けれど、アルフォードの人間としてみられなくないリディアは、自身からアルフォードとしての地位を除いた唯一の立場である、竜騎学舎の服装でいる事がさやかな抵抗だった。


「いえ、失礼しました」


 さすがの使用人も、リディアの服装の決定権などある訳もなく、追及をせずに口を閉ざした。


 使用人の追及が無い事を確認すると、リディアは馬車のタラップを上り、客室へと入る。リディアが客室に入るのを見届けると、使用人は外から扉を閉じると、馬車の外の座席に座り、御者に合図を出すと馬車は走り始めた。



 ガタガタと凹凸のある路面に揺らされながら、馬車は王都の街中を抜け、王宮へと目指す。


 馬車の客車に一人座るリディアは、特にすることがあるわけでもなく、客車の窓から流れる街の光景を眺めた。


 普段とそれほど変わらない王都の光景。先日、王都の衛兵が王都全域に展開する事件があったが、それによる大きな被害が無かったこともあり、その影響は殆ど見られなかった。


 けれど、それと同時にあった王都だけでなく、王国全土を揺るがす様な大きな事件――国王暗殺の知らせによる影響は色濃くあり、街を行き交う人々の表情には、どこか不安の色が見て取れ、中には神に祈りを捧げるものの姿さえ、目に映った。


 そんな街中の空気に当てられてか、リディアは少しだけ居心地の悪さを覚える。



 街中をしばらく行くと、王都の外縁を覆う巨大な城壁より少し背の低い城壁に囲われた区画が見えてくる。その城壁の向こうの区画が、城区――王宮とそれに関連する施設が立ち並ぶ区画だった。


 城区の入り口、城門の前には衛兵が立っており、中へと立ち入りる者は厳しくチェックされる。けれど、王国代表する大貴族の一つアルフォードの人間が相手となれば、簡単な確認のみで城門を通してもらえ、直ぐに中へと入る事ができた。


 城門を抜けると、先ほどまでの王都の光景とは大きく異なる光景が広がっている。


 広々とした空間に、庭園、闘技場に練兵場、それから馬屋など施設が並び、城門からまっすぐ伸びる道路の先には、古めかしく巨大な王宮が鎮座していた。


 見慣れた城区の光景。けれど、この日は普段とは違った趣があった。


 広さのわりに、人の姿のあまりない城区であったが、この日はちょっとした人だかりが出来ていた。


 王宮を囲う庭園の一角、練兵場の直ぐ傍の広い空間に、それは有った。普段の王宮ではめったに目にする事のない飛竜――それも、式典を思わせる完全装備の姿の騎竜が、およそ10騎ほどが、向かい合う様に二列に並び、並ぶ騎竜の真横には、竜上用のランスを天に掲げた竜騎士達が並んでいた。


 そして、そんな竜騎士達の姿を遠目に眺めるようにして、あちらこちらから貴族達が顔をのぞかせていた。


 何かの式典だろうか? 物々しさと、整然とした立ち姿の竜騎士達に、周りの貴族同様にリディアの視線も彼らに釘付けとなる。


「止めてくれますか?」


 竜騎士達の姿を目にすると、リディアは客車から御者へと言葉をかけるための小さな窓を開き、そう声をかける。御者はそれに従い、馬車を停止させる。


 馬車が停車すると、使用人がおり客車から降りやすいように扉を開けようとするが、それよりも早くリディアは、扉を開き客車から飛び降りる。


「ご苦労様です。後は、自分の足で王宮まで迎えます」


 御者と使用人に、労いの言葉をかけると直ぐに、リディアは足早に庭園の竜騎士が並ぶ場所へと向かった。

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