第29話「騎士の願い」

 剣戟の音が響く。相手の剣を打ち上げ、開いた正面から、上手く相手の鎧と鎧の間に、引き戻した剣を叩きこむ。


「うああああ!」


 相手の叫び声が響く。それに構うことなくレリアは、痛みに悶える衛兵の身体に蹴りを入れ、吹き飛ばす。


 そして、すぐさま剣を構え直し、残りの衛兵達をと対峙する。


 さすがに、剣を抜き、衛兵を切り伏せた事で、衛兵達はこちらを完全に敵と認識したのか、槍と剣を向け、殺気を際立てる。


 息が上がり、少しずつ苦しくなってくる。


 一人、二人とどうにか数を減らしているが、それと同時に援軍が駆け付けたのか、一人、二人と衛兵の数が増えていく。


 少しずつ、自分の体力の限界が見えてくる。それにより、あとどれ位戦えて、どの辺りで力尽き、そしてどうなるのかが、頭を掠めてくる。状況として、助かる見込みはない。それでも、レリアの表情には、自然と笑みが浮かぶ。


 相手にする衛兵はまだまだ多い。けれど、それは同時に、分かれたフィーヤに向けられる人員が少なくなっている事を示す。目的の場所までは距離がある。けれど、これだけの数の衛兵を引きつけることができれば、そう簡単に見つける事は出来ないだろう。フィーヤが助かる可能性は十分ある様に思えた。


(さて、もう少し付き合ってもらおうか)


 手ごたえを感じ、剣を握り直すと共に気持ちを入れ直す。そして、剣を中段に構え、衛兵の一人に目標を定めると、駆け出す。


 一気に衛兵との距離を詰め、一閃。素早く踏み込んできたレリアに対応しきれなかったのか、衛兵は成すすべなく切られる。


 剣を伝い、肉を切る鈍い感触を感じる。そして、傷口から噴き出した、生ぬるい鮮血がレリアの身体を濡らす。


 相手の生死は判らない。おそらく死亡しただろう。その事を知れば、フィーヤはきっと、嘆き悲しむだろう。フィーヤは、そういう人間だと理解してはいるが手加減は出来ない。


 これは彼女を生かすための道なのだ。それで、どれだけ彼女に嫌われようとかまわない、それにより彼女が生きながらえてくれるのなら……。


 振り抜いた剣を構え直し、次の目標を定める。踏み込み、一撃を入れる。今度は上手く防がれ、剣が弾かれる。


 横合いから槍が突き出される。身体を捻り、避けようとする。肩を、浅く裂く。バックステップを踏み、一度距離を取る。


 剣を構え直し、対峙する。


 疲労からか身体の反応が重い。そのせいで、避けられる攻撃が避けられなくなりつつある。


 軽く、肩の傷口を手で触れる。流れ出た流血がレリアの手を濡らす。ほんの僅かに掠った程度の傷。本来なら大したダメージにもならない攻撃。けれど、今は戦闘用の鎧を身に付けていない状態。ほんの僅かな攻撃でさえ、ダメージになりえる状態。その事を思いだし、少し焦りを覚え、少しだけ目算に修正を加える。


 剣を握り直す。そして、駆け出す。


 一刀、二刀と剣を振り、衛兵を切り裂く。駈けずり周り、できるだけ撹乱し、隙を見て攻撃を加える。加えられる反撃を、弾き、流し、捌く。頬を切り、腕、肩、脇腹が裂かれる。


 終わりが見える。足がもつれ、動きが止まる。攻勢から守勢へと移っていく。腕の握力が落ち、握っていた剣が弾かれる。武器を失えば、もうできる事は殆ど無くなる。


 壁際に追い詰められ、包囲される。


「勝敗は決した。投降しろ」


 殺気立ってはいるものの、形式通りの言葉を告げてくる。それにレリアは小さく笑う。


 もう十分時間は稼いだだろう。これだけの時間を稼げれば、フィーヤはきっと逃げ出せただろう。なら、あと残されたレリアの役目は、相手に情報を渡さず死ぬ事だけだ。


 一度、目を閉じ大きく呼吸する。そして、目を開き、正面を見据え、覚悟を決める。


 そして、手を握り締め構えを取る。


「往生際の悪い奴だ」


 最後の抵抗とばかりに、レリアは駆けだす。



(姫様。ごめんなさい)



 手近な衛兵めがけ、拳を突きだす。疲労し、力の籠らない拳では、さして意味はなく、固い鎧によって弾かれる。そして、その腕を掴まれ地面へと組み伏せられる。


「ええい。手間をかけさせる。やれ!」


 組み伏せた衛兵が、怒りに任せそう告げる。


「い、良いのか?」


「こいつは何人も仲間を殺したんだ! かまわねぇ! やれ!」


 怒りに任せた言葉をうけ、衛兵の一人が武器を振り上げる。そして――



(姫様。どうか御無事で……)



 レリアは目を閉じ、振り下される武器の衝撃を待った。


 これで、フィーヤは無事、逃げ切る事ができる……。



 剣戟の音が弾け、響き渡る。


 そして、重い打撃音が響くと、レリアを押さえつけていた圧力が消える。


「貴様! 何者だ!」


 ざわつく声。


「貴様! そいつを庇う事がどう言う事か、分かっているのか!?」


 衛兵の怒鳴り声が響く。けれど、その声に答える声は無かった。


 ゆっくりと目を開く。視界の端に、青白い布がはためく。レリアの目の前に、青白いローブを身に纏った人物が立っていた。


 ローブの人物は剣を抜き、衛兵達と対峙する。見慣れぬ服装の、見た事のない後姿。見知らぬ人物にレリアは困惑する。


「お前は――」


「立てるか?」


 レリアが名を尋ねるよりも早く、ローブの人物は視線だけをこちらに向け、尋ねて来る。


 。その声に、再び驚く。その声に従い、レリアは身体を立たせる。


「お前……なぜ」


「走れるか?」


 有無を言わさぬ言葉を返してくる。レリアそれに、小さく頷く。


「なら、道を開く。付いて来い」


 レリアの返事を確認すると、ローブの人物は、衛兵達に向かって駆け出す。


 風だ。レリアが見た光景は、そう表現するしかなかった。素早く駆け出してローブの人物は、衛兵とすれ違いざまに、銀閃を走らせ、切り裂く。一刀、一挙手一投足そのすべてが、レリアの反応速度を超えており、目で追う事ができなかった。それ故に、まるで青白い風が流れた様に、ローブの人物は衛兵の間をすり抜け、一歩遅れて衛兵達が血を流し倒れていく。それは、明らかに並みの人間の動きを超えていた。いや、それはもう人の動きとは思えなかった。魔法によって強化した身体能力が成せる業。そうとしか考えられなかった。


 ローブの人物が駆け抜けると、通った後の衛兵達が倒れ、道ができる。


「来い!」


 衛兵達の間を抜けると、ローブの人物は振り返り、レリアを呼ぶ。レリアはその声に従い、残った最後の力を振り絞り、駆け出す。


 もう体力は殆ど無い。これでは、早晩追いつかれる。けれど、どうせ縋るものが無いのならと考える事をやめ、走り出す。


 唐突に現れた人物に気を取られたのか、レリアは衛兵達の包囲から抜けだす事が出来た。けれど、もつれ倒れそうになる足では、やはり逃げ切れない。追いかけ始めた衛兵達に、直ぐ距離が詰められ始める。


 ローブの人物が衛兵とレリアの間に割って入る。そして、ローブの人物は衛兵達の前に出ると、、衛兵達に向けた。


「振り向くな。前だけを見ていろ」


 撃鉄が弾ける音。そして、閃光。背後から発せられた光が、きつく辺りを照らす。危うく目を潰されそうになるが、辛うじてのがれ、そのまま走り抜ける。


 背後から聞こえるうめき声が響き、その声が徐々に遠ざかっていく。

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