第27話「騎士と魔法使い」

『おい』



 ズキリと痛みが走る。頬に唇、肩に腹、身体の彼方此方から痛みを感じ、それが現実であると認識させているかのように、意識が覚醒していく。


『おい!』


 再び、声が響く。アルミメイアの声だ。耳元で発せられたような、頭に響く声。その声を少し煩わしく思いながらアーネストは目を開く。


 目の前には、見た事ない薄暗く狭い空間が広がっていた。正面には鉄格子で隔たれており、外には見慣れた衛兵の後姿。手には確りと武器が握られ、油断なく辺りを警戒しているようだった。


 地下牢。始めて見る場所であったが、アーネストは自分が今いる場所がどこであるか直ぐに判断が付いた。


『起きたか?』


 また、アルミメイアの声が響く。


「ああ、少し、気を失っていたみたいだ」


 未だに痛み続ける身体に顔を歪めながら、アーネストは答えを返し、身体を起こす。そして、当たりを見回し、アルミメイアの姿を探すが、彼女の姿を見つける事は出来なかった。


「お前――」


『喋るな。テレパシーだ。頭に伝えたいことを思い浮かべれば、それで伝わる』


(なるほど……どおりで……)


 先ほどから違和感を強く感じるほど、頭に響く不思議な声と、アルミメイアの姿が無い事に納得し、アーネストは息を付く。


 先ほど不自然な発言をしてしまったせいか、衛兵が横目にこちらの姿を確認していた。それを見て、口をつぐみ思考だけを飛ばす。


(そっちは……大丈夫だったか? 何かされたりとかは……)


 今置かれている状況と、少し前の出来事を思い出しアーネストは心配の念を飛ばす。


 アーネストは先ほどまで、軽い尋問を受けていた。フィーヤの居場所や、目的などについて尋ねられ、「知らない」と答えるたびに殴られる。それを、軽く一時間ほど繰り返された。


 一応騎士で貴族という立場であり、それなりに立場が保障される人間であるアーネストに対して、これだけの事をして、アーネストと同様にフィーヤの傍に居ながら、アーネスト以上に立場の弱いアルミメイアに対し何もないという可能性は低そうだった。見た目通り子供であるアルミメイアに対し、何かするとは思いたくはないが、状況的に見て何もないとも考えにくかった。


『大丈夫だ。捕らえられた時に、一、二回軽く殴られただけで、他はなにもされていない。それに……まあいいや』


(そっか……それは、よかった……)


 ひとまずアルミメイアの無事を確認すると、アーネストは安堵の息を付く。


『それで、何が起こっているんだ? まったく意味が分からないぞ、何で捕まらなきゃならないんだ?』


 軽く落ち着くと、アルミメイアが当然と言える問いを投げかけてくる。


(俺にも詳しい事は判らない。けど、大よその予想はたてられたかな)


『聞かせろ』


 アルミメイアの返事にアーネストは一度息を付き、それから説明を始める。


 尋問の際に尋ねられた事、フェミルから聞いた話、それからフィーヤから聞かされた情報、それらを統合し、そこから導き出した答えを告げる。



 フィーヤは今、国王暗殺の罪を着せられている。そして、その協力者とみられアーネストとアルミメイアは捕らえられた。


 けれど、フェミルの話を信じるならば、事実はフィーヤが国王暗殺を仕向けたわけでは無く、フェミル達が仕向けた事だろう。しかし、フェミル達は同時にフィーヤも邪魔だと言った。故に、フィーヤも同時に消そうとした。だが、それは失敗に終わりフィーヤは生き残ってしまった。


 依然、障害になるかもしれないフィーヤ。それを排除するために、今度は彼女の微妙な立ち位置を利用したのだろう。


 フィーヤは王族であり王位継承権が高いと言っても、立場が強いとは言えない。女性であり有力貴族との繋がりも薄い。そんな彼女が辿る未来は、王家の地位を強化するための政略結婚などに使われるくらいだろう。それを、彼女自身がどう思っているかは分からない。けれど、状況的に見てそれを良く思っていないと取られても不思議ではない。


 そんな彼女が、その未来を回避するために、外国勢力と手を結び、国王を暗殺し、その混乱に乗じて国を乗っ取る、ないし高い地位を確保すると考えられなくもない。


 現に、フィーヤの周りには、国外出身の人間が多くいる。そんな疑惑をもたれてもおかしくはない。


 そんな不確定なストーリーを吹き込まれ、疑いをかけられ、利用されたのだろう。


 そんな仮定を立て、アーネストはそれをアルミメイアに伝える。


 アルミメイアはその話を聞くと暫く黙り、そして、別の質問を尋ねてくる。


『それで、私達はこれからどうなるんだ?』


 淡々とした口調で問いかけてくる。


(しばらく拘束され、無実が証明されて解放されるか、そのまま、無実の罪を着せられ処刑されるか……だろうな)


『フィーヤ達はどうなる?』


(逃げ切れれば……どうなるかは分からない。捕まれば、長期間の軟禁か……処刑だろうな)


 想像を巡らせ、答えを返す。それにまた、アルミメイアは沈黙する。


『……お前はどうするんだ?』


 そして、しばらく間を開けて、また問いかけてくる。


 その問いにアーネストは目を閉じ、思考する。


 何もせずに居れば、無実の罪で処刑される可能性がある。けれど、アーネストにも騎士としての立場と、それから家と他貴族との繋がりがある。それ故に、状況が不十分なまま処刑されるという事は少なく思える。


 そして、ここで変に動けば、着せられている罪を認めていると取られ、反逆者とされてしまうかもしれない。


『あなたには、あなたのやるべき仕事があったはずです』


 一度、無実の罪を着せられ、追われているであろうフィーヤの事が頭に掠め、それから彼女に言われた言葉が浮かぶ。


 交わした約束と託された願い、それから自身が望む事。そこからとるべき最善策。それを考える。


『その、悪かったな……』


 口を閉ざし、思考に沈んでいると、アルミメイアがそんな謝罪の言葉を告げる。


(どうした、急に?)


『これは、私が招いた結果、だろ……。だから、謝っておきたい。私が、お前に、無理なお願いをしたから、お前はここへ来て、こうなった……。私が、お前に、無理を言わなければ、お前はこんな危険な事には巻き込まれることは無かった……。すべて、私の責任だ。だから……もう、無理はしなくて良い……』


 直接声を聴くわけでは無く、直接頭に響く声であったけれど、だからこそか、アルミメイアの声は酷く弱々しく聞こえた。


 アーネストはそれに、小さく笑う。


(言ったはずだ。これは、俺が望んだことでもある。だから、お前のせいじゃない。俺が望んだ事を叶えるために、俺はここへ来たんだ。お前のせいじゃない)


 弱気なアルミメイアに、アーネストはそう意志を飛ばす。そして、手錠をはめられた手を強く握りしめる。


(アルミメイア。ここを、出るぞ)


 方針を定め、アーネストはそう告げる。


『安定した世界、それを素早く変えるには、やはり大きな混乱を起こす必要があります』


 フェミルの告げた言葉。彼女達が何を考え、どういう行動を取ろうとしているかはまだわからない。けれど、この国を変えるため何か大きなことをしていることは分かる。その時、自分か此処で、こうして捕らえられていて良いのだろうか?


 交わした約束と託された願い、それから自身が望む事。それを成すために、ここで足を止めていてよいのだろうか?


 答えは決まっている。



 ガシャンと唐突に音を立て、鉄格子の外で見張りをしていた衛兵が倒れる。


 倒れた衛兵の影からアルミメイアが姿を現す。


「試すようなことを言って、悪かったな。お前なら、きっとそう言うだろう思ってた」


 アルミメイアは、アーネストの姿を見て、小さく笑った。そして、それに呼応する様に、アルミメイアの肩の辺りから、一匹の幼竜が顔を出し、小さく鳴き声を上げる。


「お前――」


 アルミメイアが鉄格子に付けられた、格子状の扉に手を翳すと、小さく弾けるような音が響き、鍵が砕ける。


「こんな仕掛けで、私を閉じ込めておくなんて事、できるわけないだろ」


「無茶苦茶だな。けど助かった」


 子供が悪戯を成功させたときの様な笑みを浮かべ、鉄格子の扉を開くアルミメイアに、アーネストも同じような笑みを返す。


 アーネストが外へと出ると、鉄格子の扉にした様に、アーネストの手錠に手を翳し、破壊する。


「それで、どうするんだ?」


 アルミメイアが尋ねてくる。


「まずは、フィーヤ様と合流したい」


 アーネストは答えを返す。それにアルミメイアはニヤリと笑う。


「なら、任せろ」


「場所、分かるのか?」


「分からない。けど、そんなに難しい事じゃない」


 アルミメイアは一度、目を閉じる。何かに集中し始める。アーネストはそれを見て、直ぐ傍で、気絶しているのか、眠っているのか動かなくなっている衛兵の傍に跪き、使えそうな装備を拝借する。


「お前、『竜は絶対に怒らせてはいけない』という話を知ってるか? それはなぜか、分かる?」


「悪い。俺はそこまで昔話とかは詳しくないんだ」


「それはな、竜には物を見つける特殊な力があるからだ。それを使えば、盗み出されたもの、逃げ出したものを、簡単に、どこまで離れていようと見つけ出す事ができる。

 この国の外に居ようと、人間一人二人見つけ出す事は、私達にとっては簡単な事だ」


 ゆっくりと目を開く。


「見つけた」


 そして、そう告げる。


「その話は……ちょっと怖いな」


「あいつには、言っておきたい事がある。そんなに変わらないよ」


 少し怒ったような表情で、アルミメイアは答えを返してくる。


「よし、行くぞ」


 衛兵から拝借できるだけ装備を拝借すると、立ち上がる。


「これ、使え。そのままだと、直ぐ見つかるぞ」


 地下牢から外へと続く通路へと歩き出したアーネストを、アルミメイアは呼び止め、何処からか取り出したのか、白地のローブを投げつける。そして、アーネストがそれを受け取るのを目にすると、もう一着ローブを取り出し、纏う。


「助かる」


 アルミメイアに倣い、アーネストもローブを纏い、フードを被る。それを見たアルミメイアがクスクスと笑う。


「どうした?」


「昔、母様が聞かせてくれた人間の物語に、姫を助ける騎士の話があったのを思い出してな。状況は少し違うけど、今の状況はそれに似ていないか?」


「フィーヤ様がプリンセスで、俺が騎士ナイトって事か?」


「そして、私がそれを助ける魔法使いウィザードってところだな」


 アルミメイアが続け、そして笑う。


「そう言う事か。けど、残念だ。今の俺は騎士ではなく反逆者レネゲードだ」


「変わらないさ。姫を助ける英雄ヒーロー。それが、物語の騎士なのだから」

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