第26話「逃れえぬ流」

「振られて、しまいましたね……」



 誰も居なくなり静かになった、小さな庭園の東屋ガゼボの下に設けられた長椅子に腰かけたフェミルは、自傷気味にそう呟く。


 風が流れ、庭園の草花が揺れる。フェミルの言葉に、答える者は誰も居ない。


「状況的に、信用ならない。と言う事でしょうか?」


 誰かに向け、フェミルは呟き、問いかける。けれど、その言葉に答えは返ってこない。


「聞いているのに、返事をくれないなんて、寂しいですね」


 そしてまた、フェミルは空へと問いかける。けれど、やはり答えは返ってこない。


 フェミルはそれに、小さくため息を付く。すると、フェミルの背後、東屋の支柱の影が揺れ、そこから一人の女性が姿を現す。


「お前の感情など、私の知るところではない」


 肌をさらす薄着に、鮮やかな青い髪をした女性。その女性が、フェミルの背後に立ち、で、彼女の背を見下ろす。


「ほら、やっぱり居るじゃないですか、聞いていながら返事をくれないなんて、冷たい人ですね」


 鋭く睨みつける女性とは対照的に、柔らかく笑うような声でフェミルは答えを返す。それに女性は、さらに目を細める。


「けど、珍しいですね。いつもは呼べば直ぐに出てきて下さるに、今日は焦らすようなことをして……気になる異性の前では、あなたも緊張してしまうのですか?」


 からかう様にフェミルは告げる。


「意味が分からないな」


「彼、すごく気にかけていたじゃないですか? だから引き込もうとしたのですけど……迷惑でしたか?」


「それは、お前の勝手な決めつけだ」


「否定はしないのですね」


「もうあの人間には興味はない」


「ほら、やっぱり興味があったんじゃないですか」


「それ以上口を挟むと、二度と喋れなくするぞ」


 クスクスと笑う様にして話すフェミルに、女性は怒気の孕んだ声で口を閉ざされる。


「それより、あいつは何者だ?」


「アーネスト・オーウェル……先日名前をお伝えしませんでしたっけ?」


「そっちじゃない。小娘の方だ。あいつ、見えないはずの私を見た」


 立ち去り、居なくなったアーネストと少女の向かった方角に目を向け、女性は鋭く睨みつける。


「さあ? 私は知りません。気のせいではないですか?

 けれど、御姉様がわざわざ傍に置いたくらいですから、何かあるのかもしれませんね。気になりますか?」


「所詮人間だ。どうでも良い」


 鼻で笑い、目をそむける。


「そうですか、それは残念」


 興味を失せた様に視線を逸らした女性を横目に、フェミルは少し詰まらなそうな表情を浮かべる。


「それにしても、御姉様は罪な人ですよね」


 女性が目を向けていた、庭園から宮殿の奥へと続く回廊へと目を向け、フェミルが呟く。


 その言葉に女性は耳を傾け、フェミルの方へ視線だけ向ける。女性の視線を感じ、フェミルは小さく笑う。


「無関係な人間を巻き込みたくないと思いながら、結局は巻き込んでしまっている。それも最悪な形で……彼はもう、動き出した流れに取り込まれてしまっているというのに、それを放り出すなんて……。

 統治者の庇護から外れたものは、等しく死に絶える。それが、世界の理ですよ。御姉様」


 ここには居ない人物の名を告げ、フェミルは空へと告げる。


「違うな。人の理だ」


 そして、フェミルの言葉に女性が、そう言葉を返した。



   *   *   *



 衣服を着替え、脱ぎ去った近衛騎士用の宮廷服を丁寧に畳、机の上に置く。


 一度息を付き、アーネストは室内を見返す。


 アーネストは今、近衛騎士用の控室に戻ってきていた。ここに預けていた私物を取りに、それから近衛騎士として貸し出されていた物を戻しに来ていたのだ。


 フィーヤに拒絶され、フェミルの申し出を断ったアーネストに、王宮内での今所はない。だから、居座り問題になる前に、竜騎学舎へと帰る事にしたのだ。


 ふと、視線が部屋に備えられた姿見を見つけ、止まる。


 改めて見る、狭く、それでいて意匠の凝らされた家具が並んだ室内。過ごした期間が短く、育ちの悪さも相まって、未だに姿見を通してみる姿は、ここでは少し浮いた様に見える。けれど、唐突な別れの所為か、今の見るこの部屋の室内に対しては、どこか寂しさを感じた。


 近衛騎士用の宮廷服から、着なれた古い宮廷服に着替え、王家の刻印の施された剣から、簡素な作りの剣を腰に差した姿へと戻る。姿見に映ったその姿を見ると、改めてこの場所を離れるのだと強く感じる。


 一瞬、唐突に別れを告げられたフィーヤの事が頭に掠める。


 頭を振り、浮かんだ考えを振り払う。アーネストとフィーヤの関係は断たれた。もう、関わる事の出来ない遠くの存在。その存在に対し、アーネストができる事は限りなく少ない。そう、言い聞かせる。


 再び息を付く。そして、気持ちを切り替える。


 準備は終えた。後は、この場を離れ、竜騎学舎へと戻るだけ。



 コンコンと控室の扉が叩かれる。誰かが尋ねてきたようだ。


「はい」


 叩かれたノックに返事を返し、アーネストは扉を開く。扉の先には――完全武装の衛兵が五人立っていた。


「えっと、何かありましたか?」


 プレートメイルに長剣を腰に刺した、緊張感のある佇まい。そんな、ピリッとした空気に戸惑いアーネストは聞き返す。


「中へ入らせてもらう」


 衛兵の一人が、そう断りを告げると、アーネストの答えを聞くよりも早く、二人の衛兵が控室の中へと踏み込む。


 息を飲む様な緊張感を漂わせる衛兵達。それに感化され、アーネストとも自然と身体を強張らせる。


 二人の衛兵が入った後、先ほど断りを入れた衛兵が室内へと入る。そして、アーネストの目の前に立つと――



「捉えろ」



 と静かに告げた。


 それと同時に、先に入った衛兵二人がアーネストの左右に立ち、左右からアーネストの両腕を抑え、そのまま床へと組み伏せた。


 顎を床に叩き付けられ、胸を床に押し付けられ、息が詰まる。とっさの事で対応ができなかった。


「ど、どういう事ですか……」


 咳き込み、息を整えると、聞き返す。状況が理解できない。


 目の前に立つ衛兵が、鋭い瞳でアーネストを見下ろしてくる。その眼から、何かの悪戯という様な色は見えない。


「キキー!」


 廊下の方から幼竜特有の高い鳴き声が響いてくる。


「やめろ! 離せ!」


 アルミメイアの声。その直ぐ後に、人を殴りつけるような重たい音。


「痛い思いをしたくなかったら大人しくしていろ」


 威圧するような衛兵の声が響く。


 しばらくして、背後で両腕を組まされ拘束された姿で歩かされているアルミメイアの姿が見えた。


 その姿に微かに怒りを覚え、アーネストは目の前に立つ衛兵を睨みつける。


「アーネスト・オーウェル。――の協力者として、拘束させてもらう」

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