第15話「告げるは賛美の声」
王宮の庭園にある闘技場で行われた御前試合は、何事もなく順調に進められ、予定通り終わりを告げた。
トーナメントが終盤に差し掛かるにつれ、観客の声援に熱が帯、それに合わせる様にしてさまざまなドラマが生まれていった。残念ながら、トーナメント中盤で負けてしまったアーネストは、その後起こったドラマに居合わせることは無く、大きく盛り上がりを見せる会場の観客席からそれを見ているだけとなった。
閉会式を終え、御前試合が終わると、それから少し間を開けてから、王宮の大ホールで国王主催の晩餐会が行われる。そこで、御前試合を勝ち抜いた竜騎士の表彰式が執り行われ、参加した竜騎士達と、観戦に来ていた貴族達の交流が行われる。
普段竜騎士達は駐屯地の砦等に居り、王都から離れた場所にいる事が多く、この機会などでしか交流を持てないため、竜騎士と交流を持ちたい多くの貴族達が参加していた。
そして、この晩餐会にはもう一つ大きく注目を集めるものが有った。それは、未来の竜騎士となる竜騎学舎の生徒達が、この晩餐会に参加するのだ。
竜騎学舎に入るものの殆どは十五歳前後であり、それは丁度適齢期に差し掛かる年齢である。一年の多くを竜騎学舎という環境の中ですごし、外部との交流を断つ環境下に居るため、この晩餐会は、竜騎学舎の生徒と交流する数少ない機会であった。
その中でも女子生徒は、将来竜騎士という特殊な地位に付く女性とあって、どうにかお近づきになりたい貴族達の多くが注目する場であった。
晩餐会の予定された時刻より少し前、会場である大ホールにはすでに多くの人が集まっており、それぞれが、それぞれ相手を見つけ挨拶を交わし、談笑を交わすなどしながら予定の時間まで時間を潰していた。
そんな中、竜騎士の装いから近衛騎士としての宮廷服に着替えたアーネストは一人、大ホールの端から、その光景を眺めていた。
フィーヤにアルミメイア、それからレリア達はフィーヤの着替えの手伝いのため、フィーヤに付いて行きこの場にはいない。傍に仕える近衛騎士とはいえ男性であるアーネストは、着替えなどの場に居合わせるわけにはいかず、必然的に一人になり、先に会場に来る形となった。
こういった人の多く集まる晩餐会などで、王女であるフィーヤの傍に、男性の騎士が常に傍に控えているのは、余りよろしくないとのことで、晩餐会の間も直接の警護から外されていた。
遠方の田舎貴族の生まれな上、王宮から離れた生活を続けてきたアーネストにこのような場で話す相手などいるわけもなく、一人会場の端で佇んでいた。
「オーウェル先生? いらっしゃったのですね」
一人ぼうっと、申し訳程度の警戒をしながら過ごしていると、唐突にそう声がかかった。
どこかで聞いた事のある声、その声に惹かれ、アーネストは声がした方へと目を向ける。
長い髪をなびかせ、肩を露出させた薄い青のドレスに身を包んだ女性が、アーネストの顔を覗き込むにして、立っていた。
薄い化粧に、煌びやかなアクセサリと着飾ったその姿を見て、アーネストは直ぐに、それが誰であるか判断が付かなかった。
返事を返さず、驚いたような表情を浮かべたまま固まるアーネストを見て、声をかけてきた女性は小さく笑う。
「この姿だと分かりませんか? 先生。私です。メルディナ・ファーディアンドです」
女性は一度自分のドレス姿を見せつけるように一回転し、名を告げる。名前を告げられ、ようやく相手が誰であるか認識する。
「ファーディナンドか、すまない。あまりに綺麗だったもので、直ぐには判らなかったよ」
「お世辞がお上手ですね。先生」
アーネストの返事に、メルディナはクスクスと笑う。
「それにしても、知り合いの殿方がいてくださってよかったです。色々な方に声をかけられて、相手にするのが大変でした」
一度アーネストの方を見て、溜め息を付いて見せる。メルディアは竜騎学舎の女子生徒であり、この晩餐会で注目される立場だろう。その事を考え少しだけ同情しておく。
「そうか、それは大変だろうね。他の生徒達もいるはずだけど、彼等とは一緒じゃないのか?」
「いえ、いますよ。ただ、やはり私達だけですと、人を追い払えず、逆に寄せ付けてしまうので……」
メルディナが、一度会場の奥の方に手を振ると、それに気付いたのか何人かの者達がこちらへと歩み寄ってくる。男女それぞれ着飾っているものの、皆竜騎学舎の授業の際に見た顔だった。その一団の最後には、少し前に別れたばかりのリディアの姿もあった。
一度、リディアと目が合う。リディアはそれに軽く会釈を返してくる。
「いや、助かりました。先生。知り合いの方とかいないもので、ちょっとどうしたものかと思っていました」
竜騎学舎の生徒達の一団がアーネストの傍までやってくると、その先頭に歩いていたクリフォードが、ため息交じりに告げる。
多くの場合、この晩餐会が竜騎学舎の生徒にとっと初めて参加する晩餐会になる。そのため、相手のあしらい方が分からず、困る事が多い。メルディナやクリフォードなどの三年次の生徒なら何度か経験があるかもしれないが、それでも機会が少ない事もあって、なかなか難しいようだった。
その証拠に、竜騎学舎の生徒達に声をかけようとしていた貴族達は、生徒達がアーネストと言葉を交わし始めると、一旦警戒するように距離を取り、何とか話に入れないかと、機会を伺う視線を向ける様になっていた。
「お前達。俺は風除けじゃないぞ」
「いいじゃないですか、大切な生徒を助けると思って」
「そうですよ。それに、若くて綺麗な花を傍に侍らせられるのです。役得ですよ」
アーネストに貴族のあしらいを任せる様に生徒達が近寄ってくる。それに、便乗し、少しからかう様な物言いと共にメルディナが軽く身を寄せてくる。さすがにそれにはアーネストも少し困ったような表情を浮かべた。
軽く生徒達と言葉を交わしながら、予定の時間まで時間を潰す。そして、時間が立ち予定の時間を迎える。
「国王陛下! ご入場!」
高らかに告げられた言葉と共に、会場の奥の豪奢な扉が開かれそこから、式典用の衣服に身を包んだマイクリクス王国国王スイラス・ストレンジアスがゆっくりと入場してくる。その傍には、一歩後を歩くようにしてフィーヤ達国王の子息達が続き、控える様にレリア達近衛騎士が続く。
国王であるスイラスは入場してきた扉から大ホールへと続く、これまた豪奢な階段の中段辺りまで来ると、立ち止まり、一度ホールの中を見渡すと、集まった皆への労いと感謝の言葉を告げる。
相変わらずの長々とした国王のお言葉の後、会は進行し御前試合の表彰式へと移る。
表彰される竜騎士たちが階段を上り、スイラスの前に跪く、それと同時に会場全体から拍手が送られる。各竜騎士団から代表として選ばれた者達によって行われ、一人の勝者を決める御前試合。それは、この国一番の竜騎士を決める試合であり、その勝者はそれだけの名誉が与えられ、賞賛、羨望を向けられる。
それは、当然、竜騎士を目指す竜騎学舎の生徒達にとっての強い羨望の的でも有った。
生徒達はそれぞれ拍手を送りながら、羨望の視線と、それからそれぞれ彼の姿から感じた何かを噛み締めているようだった。
「すごいですよね」
ぽつりとクリフォードが、国王の目の前に跪く竜騎士に目を向けながら感想を零す。
クリフォードもリディア同様、竜騎学舎の代表として選ばれた生徒の一人だった。それだけに、御前試合に参加した者達の力の高さを、身を持って知っており、勝者である者の凄さを深く理解しているのだろう。
「そうだな。けれど、彼は一つ一つ歩みを進め、長い努力の結果、あそこに立てたんだ。
君たちは正式な竜騎士――出発点にすら立っていない。
彼との差があって当然だ。けれどそれは、それと同じ時、同じだけの努力を重ねれば、彼と同じだけの力、もしかしたらそれを超えるだけの力を手に入れられるかもしれないという事を意味する。
まだ君達は未知数だ。ここで挫けず、まずは自分に自信を持って進むことが大事だと俺は思う」
悔しそうに告げたクリフォードの姿を見て、アーネストは思わずそう励ましの言葉を零す。かつて、クリフォードと同じように御前試合に参加し、そして負けた経験があるからだろう、思わずそう言葉を口にしてしまった。
クリフォードはアーネストの言葉を聞いて、小さく笑う。
「なんですか? それ。先生にそんな言葉を言われるのは、すごく違和感があります」
「あのな、竜騎士ではないが、俺だって騎士として上を目指してきた人間だ。そう意味で、俺は先輩だぞ」
「そう言えばそうですね。では、ありがたくその言葉、受け取っておきます」
「そうしてくれ。
それに、君なら十分以上にやっていける。それを証明できたと俺は思うぞ。経験に大きな差がある相手、負けて当然の試合でも、君は十分負けていなかったと俺は思う。だから、がんばれ」
アーネストはそう励ましの言葉を続ける。クリフォードはそれに、一度驚きの表情を浮かべ、それから照れくさそうな表情浮かべる。
「ありがとうございます。褒めていただき、ありがたいです。
けれど、僕ばっかりだとあれなので、他の方にもそう言ってあげてください。それに――」
褒められ、照れたクリフォードが話を逸らすかのように返事を返し、そして、生徒達の一番後ろに立っていたリディアへと目を向ける。
「御前試合で一番結果を出したのは、僕ではありません。彼女です。一番賞賛されるべきは、彼女だと思います」
クリフォードはリディアを示し、告げる。話を振られるとは思っていなかったのか、リディアは少し驚いた表情を浮かべる。
「リディア・アルフォード。君は、御前試合に置いて素晴らしい活躍を見せた。それは僕達では成しえなかった事だ。それを君は、その年でやってのけた。それは、賞賛にあたると僕は思う。君が、僕の後輩である事を誇りに思う。僕も、君に負けないように頑張りたいと思う。
君のさらなる成長を期待する」
クリフォードは、先ほど国王が御前試合の優勝者に送った言葉を真似するように言葉を告げ、大きくリディアへと拍手を送った。それに倣い、他の生徒達もリディアへと拍手を送り、それぞれ言葉を贈った。アーネストもそれに倣い、彼女へと拍手を送った。
それにリディアは、余り慣れていないかのように戸惑いの表情を浮かべ、頬を赤らめ、顔を伏せた。
「あ、ありがとうございます」
そして、本当に嬉しそうな笑顔を返し、笑ったのだった。
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