第16話「揺れる心と円舞曲」

「お疲れ様」


 アーネストはようやく解放されたリディアにそう労いの言葉をかける。


 クリフォードの賞賛の言葉をきっかけに、リディアは他の生徒達からも賞賛の言葉をもらった。それにより生徒達に囲われる事となりしばらく解放されず今さっきようやく解放されたところだった。


「見ていたのでしたら、助けてくれても良かったのではないですか?」


 アーネストの労いの言葉に、リディアは恨みがましそうに見返してきた。


「そうしてもよかったんだけど……なんだか楽しそうだったから、やめておいた方が良いかと思ったんだ」


「それは、気遣いどうもありがとうございます」


 アーネストの言葉にリディアは、皮肉の混じったような声で答えを返す。


 先ほどまでリディアを囲っていた生徒達は、リディアを褒め称える事に満足したのか、リディアの傍を離れ、それぞれ相手を見つけ談笑に興じていた。リディアを切っ掛けに軽く騒いだことで、緊張が解かれたのか生徒達のぎこちなさが無くなっていた。


「アルフォード。君にはちゃんと友人が居たんだな」


 先ほどの生徒達に囲われ楽しそうにしていたリディアを思いだし、アーネストはポツリと尋ねる。


 リディアはその言葉に、心底呆れた様な表情を返す。


「悪い。気に障ったのなら謝る。ただ、君は少し態度にきつい所がある様に見えるから、友人なんかが少なそうに見えたんだ。それで少し心配していた。竜騎学舎では一人でいる事が殆どだったようにだし」


「そうですね。人と話す事はそれほど得意ではないんですね。友人、と呼べるような人もほとんどいません。

 けれど、これでも最近は先輩方に良くしてもらっているのもあって、人と話す気はいも多いのですよ?」


「そうか。それはよかった」


 アーネストはほっと息を付く。


「わざわざ、そのようなことまで気にしていたのですか?」


「一応、講師で教育者だからな。生徒の生活面での問題も気にしていたりするんだよ」


「そう言えば、そのようなこと言っていましたね……どうもありがとうございます」


 リディアは答え、小さく笑う。ちょうどその時、ホールに弦楽器の音が響き、それに合わせ他の弦楽器や管楽器の音が続き、一つの旋律が紡がれる。


 晩餐会は、舞踏会へと移行し、ダンスための曲が奏でられ始めたようだった。


 その曲が始まると、ホールの中央には一組の男女が歩み出る。二入は、目立つ位置に立つと曲に合わせダンスを踊り始める。ダンスを始めたのは、先ほど国王から表彰を受けていた竜騎士と、相手は何処かで見た事のある貴族の令嬢だった。


「先生。私達も踊りませんか?」


「え?」


 穏やかに流れ始めた音楽に浸り、音色に耳を傾けようとした時、隣に立っていたリディアからそう言う声と共に、手を差し伸べられた。


 この舞踏会で踊ることなど考えていなかったため、少し上ずったような驚きの声を上げてしまう。


「そう言うのは、男性が誘うものじゃないのか?」


「基本はそうですけど、私の場合はそう言う訳にはいかないみたいで、こちらから誘わないといけないみたいです」


「なるほど」


 舞踏会のダンスには幾つかルールが有る。その一つは、最初の曲で、最も地位の高いものと主催者、もしくはその娘が最初に踊るというのがあり、それに続き地位の高いものから相手を選び踊り出す。今回の舞踏会は国王主催で、王族は踊らない事もあるため、その場合は最も地位の高い者が好きな相手を選び踊り出す事となる。竜騎士による御前試合の後の舞踏会では、表彰された竜騎士が最も地位の高い者として扱われ、その者から踊り出す。


 そして、それに続いて地位の高い者が踊り出していくのだが、リディアは竜騎学舎の生徒という立場があるが、同時に大貴族である侯爵家の長女という立場であるため、王族を除けばもっとも地位の高い人物の一人だった。


 本来、男性が女性を誘うのが基本ではあるが、リディアは本人の地位の高さから、ほとんど声をかけられない様だった。


「俺なんかで良いのか?」


「下手に期待持たせるのは嫌ですし、あしらうのも面倒ですから。

 先生なら、その心配の必要はなさそうですから。それに、あなたとはまだ話したいことが、有りますので」


 舞踏会は、ある意味で御見合いを兼ねており、ダンスの相手として選ばれた異性からは好意が有るものと取られ、皆好意が有る相手をダンスの相手として選ぶ。そのため、適当に選んだりすると、後々問題になる事が有ると聞く。


 今は誰にも好意が無く、それを知っていて相手してくれる異性として、アーネストはリディアに選ばれたようだ。


「分かったよ」


 アーネストは差し出されたリディアの手を取る。


「先に言っておく。ダンスは得意じゃない。足を踏むかもしれない」


「問題ありません。あなたに踏まれるほど、不器用ではありませんから」


「そうかい」


 リディアの答えに、アーネストは小さく笑い、リディアもそれに笑みを返す。


 リディアの手を取り、ゆっくりと歩みながらホールの中央へと向かう。そして、二人は曲に合わせ踊り始めた。



 ステップを踏み、息を合わせ、二人は踊る。景色は流れ、視界に定まって浮かぶのは向き合った相手だけとなる。そうすると、自然と意識が、この場に二人しかいないのではないかと思い始める。


「その、すみません。少しだけ、あなたの事を調べさせてもらいました」


 しばらく、曲に合わせステップを踏む事に意識を向け、踊りを楽しんでいると、リディアが口を開いた。


「竜騎士だったこの事、その時何が有ったか、何人かの竜騎士の方から聞かせてもらいました」


 目を伏せ、少し言いにくそうにしながらリディアは言葉を紡ぐ。


「何も知らず、あのような事を言ってしまって、すみません」


「何か失言を言われた事、有ったか?」


 アーネストはとぼけた様に答えを返す。


「あなたは、騎竜を、飛竜を酷く大切に思っている事は、見ていてすぐわかりました。ですから、それだけ大切に思っていた騎竜を失い、部下を死なせてしまった時の悲しみと辛さは、私には想像もできません。

 触れられたくない過去だと思うのに、知らなかったとは言え、それを掘り返す様な事を、私は口にしてしまいました。その事を、謝っておきたかったのです」


「ああ、良いよ。別に気にしてないから。それに、謝るのなら、俺もあの時、君にきつい事を言った。お互い様だ」


「そう、ですね」


 顔を上げ、リディアは小さく笑う。


 普段と異なり着飾った姿。薄く化粧が施され、大人っぽく見える容姿。ものもと整った容姿に、少し濡れた瞳が相まっていつも以上に魅力的に見えるその容姿で、間近かから見上げるようにして向けられる笑顔に、アーネストは思わずドキリとしてしまう。


 そして、そんな不意を打たれるような笑顔につられ、アーネストはステップを踏みは違え、体勢を崩す。リディアはそれに慌てることなく、上手くアーネストの身体を引き、踊りに合わせ綺麗にアーネストの体勢を立て直させる。華麗に捌いて見せたその動きに、リディアは得意げな顔を浮かべる。それにアーネストは少し悔しそうな表情を返しておく。


 間近で見るリディアの綺麗な姿、そして肩や胸元を露出させたドレス。目のやり場に困る姿に、アーネストは改めて戸惑う。そして、そんな綺麗な芸術の様な姿を見ると、それを汚す様なある一点に目が向いてしまう。


 リディアの露出白い肌を覆う白い包帯。その包帯の隙間からは薄っすらと青痣が見てとれた。ちょうど、アーネストとリディアの一戦で、アーネストのランスが直撃したあたりだった。


 一騎打ちでは、身体を守るためのプレートメイルを装備して行われ、ランスの衝撃を抑えるため砕けやすい木製のランスが使われる。それでも、直撃となればそれなりの衝撃となり、生傷は避けられない。痣程度で済んだのは幸いであるが、今のリディアを目にすると、それでも申し訳ない想いにかられてしまう。


「その傷……大丈夫か?」


「え? ああ、たいした事はありませんよ。跡に成る事は無さそうですから。

 それに、私は竜騎士を目指しているのですよ。傷の一つや二つ、気にしていては始まりません」


「それは、そうかもしれないが……」


「この傷に非が有るとすれば、それは私自身です。この傷は、私の未熟さが招いた結果です。ですから、あなたが気に病む必要はありません。もし、この傷を気に病み手を抜くようでしたら、それは逆に怒ります」


 ギロリと見返してくる。


「次は、負けません。覚えておいてください」


 鋭い視線を向けたまま、そう告げる。


 ふと、女性らしい表情を見せたかと思うと、直ぐに戦士として表情に切り替わる。見慣れたその表情にどこか安心感を覚えてしまう。


 リディアの言葉にアーネストは一度小さく笑う。


「そうか。けど、悪いがそれは出来ない約束だ。次も、俺が勝つ。だから、その約束は果たされない」


 軽く見返す様にして、アーネストは答える。それにリディアは笑みを返す。


「その言葉を口にした事、後悔させてあげます」


「出来るのなら、やってみろ」


 再び二人は笑いあう。


 それと同時に、曲は終わりを告げ、ダンスは終わりを告げる。



   *   *   *



 穏やかな曲が流れはじめ、人々が躍り出す。


 御前試合の優勝者の表彰式などが終わると、ある程度時間が出来る。一応主であるフィーヤの傍に控えていなければいけないが、控えているだけで特別何かしなければいけないという事は無い。そうなると、どうしても暇になってしまう。


 貴族達が集まる晩餐会。そんな中にアルミメイアの知り合い、ましては話し相手などほとんどいるわけもなく、することが無くなってしまう。そうすると、どうしても視線を彷徨わせ、ある者を探してしまう。


 それはアルミメイアにとって唯一親しい人間で、この場に居るはずの数少ない知人の一人だ。


 彷徨わせた視線は、直ぐにアーネストに姿を見つけることができた。


 ホールの中央。曲に合わせ誰かと踊っているのが目に入る。


 それは、アルミメイアが立つ位置からは遠く、踊り易い様に開けた場所で、備え付けられた光源の光が集まる場所だった。それは、同じ空間に有るにもかかわらず、その場所は何処か遠くの別の空間の様に思えた。


 手の届かない、別の場所。そんな風に思えてしまった。そのせいだろうか? その光景にアルミメイアは酷く寂しさを覚えた。


「目を付けた男性が、私ではない別の女性と踊っているところを見てしまうと、どうしても遣る瀬無い想いになりませんか?」


 いつの間にかにアルミメイアの傍に立っていたフィーヤが、そう声をかけてくる。


「何の話だ?」


 フィーヤの言葉に、アルミメイアはぶっきら棒な声で答えを返す。


 相変わらずの、敬意の欠片もない言葉。敬語を知らないアルミメイアの言葉使いに、フィーヤは一度注意をしたものの、そう言うものと受け入れてくれた。そのためあって、アルミメイアはフィーヤに対しても、今まで通り普段通りの言葉使いを使っていた。


「自分の大切な人を、他の誰かに取られないか、心配になりませんか? という事です。

 私は、酷く妬けてしまいますね」


 ホールの中央辺りで踊るアーネストに目を向け、フィーヤは告げる。


「私とあいつは、そんな関係じゃない」


「あら、そうでしたか? 随分と仲が良さそうでしたが」


「ただ親しい人間が少ないからそう見えるだけだ。私とあいつの間にそう言った特別な関係も、感情も無いよ」


 楽しそうに踊るアーネストの姿を眺め、アルミメイアは綴る。



「あいつは人で私は――……」


 アルミメイアの小さな言葉は、虚しく響き、ホールに響く穏やかな旋律に掻き消され、消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る