第13話「白と黒の竜騎士」
歓声と熱狂に包まれながら、御前試合のトーナメント戦は順調に消化していく。
飛び入りで参加したアーネストとアルミメイアは、最初こそ上手くいかなかったものの、二戦目はそれぞれがそれぞれの動きを把握し、上手く息を合わせる事ができ、勝ちあがる事ができた。
こうして勝ち上がり迎えた三戦目。その三戦目の相手意外な人物だった。
回を増すごとに強くなる歓声に包まれながら、白銀の飛竜に跨ったアーネストは、ゆっくりと闘技場の中へと入り、開始位置へと付く。
それと同時に、もう一度大きな歓声が沸き起こる。それも、アーネストへ向けられた歓声ようもなお強い歓声。
漆黒の鱗に覆われた黒竜――ヴィルーフが、その背中に栗毛色の髪をした少女――リディアを乗せ、闘技場の中へと入ってくる。
アーネストの第三戦相手は、リディアだった。
現役の竜騎士の中でも、とりわけ優秀な竜騎士が代表として選ばれる御前試合。そこに参加する竜騎学舎の代表は、優秀で素質があっても、まだまだ発展途上であり、完成された竜騎士達には基本的に勝てる事は無い。そのため、参加はできたものの、初戦で負けてしまうのが殆どだった。そんな中勝ち上がって来るとは思っていなかった為、対戦相手の名を聞かされた時は大きく驚かされた。
竜騎学舎の生徒で、女性竜騎士でありながら、その実力で結果を出す。その上、容姿も整っていることもあり、今日の活躍だけで、リディアは多くの人の心を掴んだようだった。彼女に向けられる声援は、他の参加者たち以上に大きなものだった。
観客席の上を、歓声を浴びながらリディアとヴィルーフはゆっくりと飛行していく。多くの歓声を浴びながら、それに一切答えることなく、いつも通りの澄ました顔を浮かべるリディア。緊張も戸惑いの色も見せないリディアにアーネストは少し感心してしまう。アーネストが初めて大きな試合に出た時は、緊張で殆ど何もできなかったことを思い出す。
リディアがアーネストと対峙するように、ゆっくりと開始位置へと付く。彼女の青い瞳がアーネストへと向けられる。鋭く、圧のある瞳。授業などで、リディアが対戦相手に向ける、いつもの眼だった。夏季休暇前の出来事の事もあり、リディアの調子などで少し心配していたが、その心配は無駄なものの様だった。
ほっと息を付き、アーネストはランスを掲げる。リディアもそれに倣い、ランスを掲げる。それと同時に、一度大きな声援を上げた後、観客たちが一斉に口を閉ざし、辺りが静かになる。
(さて、どうしようかな……)
これは授業ではない。そもそも、アーネストが受け持つ剣術に関するものでもない。けれど、相手はアーネストの一応の教え子である。ただ、何もせず勝敗を決めてしまうのは、少し味気ない気がしてしまう。
(まずは……様子を見ようか)
攻め方を決め、アーネストはランスを下ろす。リディアもランスを下ろす。
「行け」
『『グオオオオォォ!』』
二体の竜の咆哮が響くと共に、二騎の竜騎士が駆け出す。そして、すれ違いざまに、それぞれのランスが突き出される。
素早く正確に突き出されたアーネストのランスが、リディアの身体を捉える。リディアもランスを突きだしたが、途中で攻撃を諦め、アーネストの攻撃をしのぐために注力し、落ちないようバランスを取る。リディアのランスは、それによりアーネストの肩を掠る程度にとどまる。
交錯した二騎の竜騎士は再び距離を取り、入れ替わる形で開始位置へと戻る。
一回目の攻撃を終え、アーネストは少し驚く。先ほどの攻撃はそれほど悪い形ではなかった。それを的確に捌いて見せたリディアの動きと判断に驚きを隠せなかった。
開始位置に付き、リディアへと目を向ける。リディアは先ほどの攻撃を上手く通せなかったことが悔しかったのか、アーネストの方を鋭く見返してくる。
(相変わらず。感情的になると怖い目をするな)
今にも噛みついてきそうなリディアの目を見て、アーネストは小さく笑う。
(さて、次はどう出るかな)
次の攻撃をイメージしながらランスを掲げ、開始の合図を告げる。再び二騎の騎竜の咆哮が響き、二騎の竜騎士が駆け出す。
再び二騎の竜騎士が交錯する。
「くっ!」
今度の攻撃は、アーネストの攻撃より、リディアの攻撃の方が早かった。上手く伸び出してきたランスに、驚き、そのまま身体を捉えたランスによって、アーネストの体勢は崩される。
身体を支える物がなくなり、アーネストの身体を浮遊感が包み込む。手綱を強く握るが、このままでは竜の背から放り出されるという、想像が浮かぶ。
視界がぐるりと一転する。
アルミメイアがアーネストの体勢が崩れ、滑り落ちそうになったことを察したのか、翼を小さくたたみ、若干高度を落としながら、崩れ落ちようとしているアーネストに合わせ身体を横回転させる。そして、その勢いを利用してアーネストの身体を再び自分の背中へと戻させる。
ふっと沸いた浮遊感と、それからの流れに冷や汗をかく。
二回目の攻撃でも勝敗は付かず、そのまま二騎の竜騎士は距離を取り、開始位置へと戻る。
「悪い。助かった」
ほっと息を付きながら、アーネストはアルミメイアに感謝を告げる。アルミメイアが上手く対応してくれなければ、あの攻撃で終わっていたところだった。
アルミメイアはアーネストの言葉に、「確りしろ」と返す様に見返してくる。それにアーネストは小さく笑い、そっとアルミメイアの背を撫でる。
再び、リディアの方へと目を向ける。リディアは、先ほどの攻撃で仕留められなかったことに対し、少し悔しさを滲ませてはいるものの、先ほどとは異なり何か感覚を掴んだのか余裕のある表情を浮かべていた。
(これは……本気で行かないとまずそうだな)
アーネストはそれを見て、再び笑う。三年ぶりの騎竜に乗っての一騎打ち。最初はどうなるかと不安であったが、上手く立ち回れた上に、思っていた以上に手強い相手とぶつかり、久しく忘れていた高揚感に包まれる。
「アルミメイア。指示をしたら少し、早く飛んでくれ」
リディアを見据え、アーネストはアルミメイアにそう小さく指示を出す。
(アルフォード。君には悪いけど、この勝負は勝たせてもらう)
ランスを掲げ、開始を告げる。三度、二騎の竜騎士が駆け出す。
そして、二騎の竜騎士が交錯する直前、白銀の飛竜が大きく羽ばたき、加速する。その勢いに乗ったまま、素早くアーネストはランスを突きだす。
一瞬の加速、先ほどより素早く突き出されたランス。そのどちらもがリディアの予測を超えていたのか、リディアは殆ど対応しきれず、ランスの砕ける乾いた音と共に、彼女の身体が宙へと投げ出され、落下していった。
アーネストとリディアの一戦はアーネストの勝利で終わった。
* * *
今まで一番大きな歓声が沸き起こる。
色付きの血統と呼ばれる、目立つ色の騎竜を有する竜騎士同士の一戦。その勝負は、白銀の飛竜に跨る竜騎士の勝利に終わった。
その光景を多くの観客の中、観客席から少し離れた物陰から眺めている女性の姿が有った。
少し肌をさらす様な薄い服に身を包み、長く鮮やかな青い髪をした女性。その女性は多くの歓声を浴びながら飛ぶ、白銀の竜騎士の姿を見上げていた。
「この様な所におられましたか。迂闊に出歩かないでくださいと申したはずですよ」
静かに竜騎士を見上げる女性に、何処からか声がかかる。女性が声のした方へ目を向けると、そこには一人の少女が立っていた。
薄い黄金色の髪に、整った容姿の少女。この国でもっとも美しい言われるフィーヤに少し幼さを混ぜた様な容姿をしていた。
「この場では、私よりお前の方が、目立つと思うが?」
声をかけてきた少女に、女性は答える。
「まあ、そうですね」
女性の切り返しに少女は小さくため息を付く。
「それにしても、勝手に出歩くのは珍しいですね。何か良いものでもいつけましたか?」
少女の言葉に、女性はすっと空を指さす。少女はそれを辿り、白銀の竜騎士へと目を向ける。
「綺麗……」
日の光を浴び、輝く白銀の飛竜を見て、少女はそう感想を零す。
「嫌になる色だ。けど、とても楽しそうだ」
「あれが気に入りましたか?」
一通り飛竜を眺めた後、少女は女性へと目を向ける。
「飛竜ではない。その騎手だ。あんな風に飛竜を無警戒でいさせられる人間は、始めて見た」
「欲しくなりましたか?」
「さてね。だが興味が沸く」
「そうですか。でしたら少し手を打ってみましょうか?」
そう尋ねた少女に、女性は一度目を向ける。そして、直ぐ目を離すと、踵を返しその場から立ち去るように歩き出した。
「どこまで行っても、人間は嫌いだ。けど、話をしてみたくはある」
そう言って女性はその場から立ち去って行った。
「相変わらずですね。もっと素直になられればよいのに」
そんな女性の姿を見て、少女は小さく呆れた様に息を付いた。
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