第12話「白銀の竜騎士」

 日の光を浴び、白銀の鱗を輝かせた飛竜が、鳥の翼を思わせる一対の翼を広げ、王宮の庭園に設けられた闘技場へと飛んで行く。


「本当によかったのか?」


 白銀の飛竜、その背中に跨った竜騎士アーネストが、改めてそう聞き直す。


「私から申し出た事だ。それに、これは競技で、殺し合いをするわけじゃ無いんだろ? ならいいじゃないか」


 アーネストの言葉に白銀の飛竜――アルミメイアが答えを返す。


 アルミメイアは今、彼女が持つ変身能力チェンジ・シェイプで飛竜の姿を取って飛んでいた。アルミメイアの本来の姿は竜の姿であり、変身能力で人の姿を取っている事は知っていたが、その能力は人の姿だけでなく、このように飛竜なんかの姿も取る事ができるらしい。そう言う訳で、アルミメイアは飛竜の姿を取り、アーネストの騎竜として、アーネストと共に御前試合へと参加することとなった。


「そうか、ならもう何も言わない。ただ、かなり無理の有る指示を出すかもしれない。そこは、先に謝っておく」


「任せろ。この身体でなら人の身体より自由が聞く。よっぽどのものでなければ問題ない」


「よし、なら行くぞ」


 アルミメイアの言葉に返事を返しながら、アーネストは片手に抱えていた兜を被り、バイザーを降ろして顔を覆う。本来竜騎士は視界確保を優先するため、兜を装備しないが、無理やりな参加な上に、竜騎士を辞めると宣言したことも合わせ、出来れば顔を見られたくない想いから、アーネストは兜を装備した。



『それでは、次の一戦は、ヴィンセント・マシューズとエマニュエル・リーバーの一戦です』


 闘技場の方から、高らかにそう声が告げられる。


「行くぞ」


 その声に合わせ、アーネストはアルミメイアに指示を飛ばし、速度を上げさせ闘技場の中へと飛ばす。


 アーネストの参加は、アーネストの名ではなく『エマニュエル・リーバー』と言う偽名で登録されていた。本名を、過去の事から晒しての参加は避けたいと思っていたが、どうやらフィーヤがそれを察してくれたらしく、偽名で登録されていた。


 アルミメイアがゆっくりと高度を落とし、観客たちの頭上を越えて、闘技場の中へと入る。それと共に、大きな歓声と驚きの声が上がる。


(目立つよな……これは)


 今まで聞いた事のない程の歓声の声を聴き、アーネストは苦笑を浮かべる。


 曇りの無い綺麗な白銀の鱗に覆われ、どこか幻想的な姿のアルミメイア。その姿は他の参加者の騎竜と比較しても、群を抜いて美しく、目立つ姿をしていた。


 飛竜の容姿、外見が能力に直結するわけでは無い。けれど、飛竜の中でとりわけ優秀な個体は特徴的な姿をしていることが多くあった。


 色付きの血統カラー・ブラッド。そう呼ばれる個体が、飛竜の中に存在する。飛竜の鱗の色は、灰色や赤茶色など鈍い色をしているのが普通である。その中で、色付きの血統と呼ばれる個体は、シンシアやガリアの様に、白や赤、黒など彩度の高い鮮やかな色の鱗を持つ。こういった色を持つ個体は、他の鈍い色の個体と比べ総じて高い能力を持つことが多くあり、中にはガリアの様な特異な能力を持つため、特別視される。


 そのため、鮮やかな色の鱗を持ち美しい姿の飛竜は、それだけで他の飛竜より注目される。


 大きな歓声を浴びながら、アーネストとアルミメイアは闘技場の外縁を一周し、開始位置へと付く。アーネスト達が開始位置へ付くと共に、対戦相手の竜騎士も同じように開始位置へと付き、対峙する。


 闘技場には長い棒が等間隔に一直線で並べられ、それをロープが結び高い柵の様になっている。その柵の、竜騎士から見て右側にそれぞれが付く。そして、開始の合図と共にそれぞれ竜騎士は柵に沿って、柵を越えない様に騎竜を飛ばし、すれ違いざまにそれぞれの竜騎士が手にした木製のランスを突きだし、突き落させる。それで、どちらか一方が落ちれば、落とした方の勝利となる。落ちなければ、再び柵の端まで飛び、場所を入れ替えてもう一度行う。それを勝負が付くまで続ける。それが竜騎士同士の一騎討ちのルールだ。


 開始位置に付くと、アーネストは木製のランスを手にし、眼前に掲げる。


 対戦相手の竜騎士もそれに倣うように木製のランスを眼前に掲げる。


 一度目を閉じる。そうすると、強く心音が響く。


(緊張しているな。俺。……それも仕方ないな)


 強い緊張を感じながらアーネストはそっと落ち着けるように息を吐く。


 そして、両者はゆっくりと掲げたランスを降ろす。


「行け」


 掲げたランスを降ろす。それが、開始の合図だ。その合図を見ると共に、アーネストはアルミメイアにそう指示を飛ばす。


『『グオオオオオオ!』』


 開始の合図を見て取ると、アルミメイアと相手の騎竜が威嚇の咆哮を上げ、駆け出す。


 相手との距離は約100ftほど、その距離が一瞬にして縮まる。


「つっ!」


 慌ててアーネストはランスを突きだす。しかし、それは既に遅く、突き出したランスは空を切る。幸い相手も対応しきれなかったのか、相手のランスもアーネストの身体を捉える事は出来ず、空を切る。


 一瞬で縮まった距離が再び開く。


「悪い。早すぎる。もう少し抑えて飛んでくれ」


「こっちも悪い。思ったように制御できなかった。次は上手くやる」


 再び開始位置へと付きながら、アーネストとアルミメイアはそう言葉を交わす。


 先ほどのアルミメイアの動きを思いだし、アーネストは苦笑する。


 変身能力で飛竜の姿に成っていても、そのポテンシャルは殆ど竜のままなのだろう。先ほどのは明らかに飛竜の倍近い速度で飛行していた。


 開始位置に付き、再びランスを掲げ、さげる。そして、騎竜に合図を送り方向と共に二騎の竜騎士が駆け出し、交錯する。


 今度はアルミメイアが上手く速度を制御し、飛ぶ。それでも、通常の飛竜より遥かに速いが、対応できなくはない。相手との距離が縮まり、間合いへと入る。それと同時に、上手く相手の身体を捉え、アーネストはランスを突きだす。


 相手竜騎士のランスが伸びてくる。相手も、確りとこちらの動きに対応してきた。アーネストは軽く身体を捻り、ランスを避けようとする。ランスがアーネストの肩鎧を掠める。避けに専念したため、アーネストのランスはぶれ、正確に相手の胴を突くことができず、掠めるだけにとどまる。両者、若干の体勢を崩したものの、勝敗は付かず。すれ違い、再び距離が開く。


(難しいな)


 再び開始位置へと付きながら、アーネストはそうもどかしさを覚える。


 連携訓練を行っておらず、思ったように騎竜を操作できない。そもそも、アルミメイアは騎竜としての訓練を受けていない。手綱や鐙での操作ではその指示を明確に受け取る事ができない。そのため声で指示する事となる。ただでさえ慣れない騎竜な上に、慣れない指示方法とあって、難しい。


 再びランスを抱え、大きく深呼吸をする。そして、次の動きをイメージする。


 ランスを降ろし、騎竜の咆哮と共に駆け出す。


 こちらに合わせてもらうのが難しいのなら、相手に会わせればいい。そう思い、アーネストはアルミメイアに任せて飛ばす。


 アルミメイアの動きはアーネストがイメージした通りのものだった。


(さすがだ)


 アルミメイアは騎竜としての訓練を受けていない。その反面、酷く呑み込みが早い。先のどの二回のである程度要領を掴めたのか、アーネストが望む様な動きで飛んでくれた。まだ完璧ではなく、ズレが有る。そこはアーネストがアルミメイアに合わせて修正する。


(獲った!)


 狙いを定め、ランスを突きだす。


 乾いた音が弾け、アーネストが手にしたランスが砕ける。アーネストのランスに突かれた竜騎士は驚きの表情を浮かべると共に、騎竜から滑り落ち、落下していた。


 勝敗が決した。


 今まで静かに勝負の成り行きを見守っていた観客たちが一斉に声を上げ、辺りが歓声と熱狂で包まれる。


 落下し、負けた竜騎士の体は、落下対策用の魔導具が作動しゆっくりと速度を落とし落下してく。それを見届け、アーネストは辺りの歓声にこたえる様に、折れたランスを掲げた。

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