第三章「騎士と姫と魔法使い」
第1話「夜明けの姫君」
マイクリクス王国王宮ハーティス宮殿。その古く美しい宮殿の奥の一角、限られた人のみが立ち入る事の許される王族専用の居住区の一室、王国第二王女フィーヤ・ストレンジアスの寝室で、部屋の主であるフィーヤは、本と本棚で埋め尽くされた部屋に唯一設けられた椅子に腰かけ、手にした紙束の資料を読みふけっていた。
フィーヤは欠伸を一つ噛み殺し、目に浮かんだ涙を手で拭う。一度部屋の窓から外を眺めると、すでに日は空に昇っており、朝日が眩しく差し込ん来ていた。
気付かぬうちに朝を迎えてしまっているようだった。
コン、コンと部屋の扉が叩かれ「レリアです」と扉の向こうから声が届く。
「どうぞ、入ってください」
扉の向こうからの声にフィーヤはそう答えを返し、手にしていた紙束を、積み上げられた本の山の上に置く。
部屋の主から入室の許可をもらうと「失礼します」という声と共に、一人の女性が扉を開き、フィーヤの部屋へと入ってきた。
赤茶色の短い髪に、腰に一振り剣を刺した長身の女性。フィーヤの近衛騎士レリア・クリュヴェイエの姿だった。
レリアはフィーヤの寝室に踏み込むと、異様な様相を見せるフィーヤの部屋を見回し、一切皺の無いベッドのシーツと、床一面を埋め尽くす本の山を目にし、部屋の主が徹夜をした事を悟ったのか、咎めるような視線を寄越した。
「頼んでいたものはまとめられましたか?」
咎めるような視線を向けてくるレリアに、フィーヤは全く反省の色を見せることなく、そう尋ねた。そんなフィーヤにレリアは呆れた様にため息を一つ付く。
「はい。これです」
レリアは手にしていた紙束をフィーヤへと差し出す。フィーヤはそれを受け取ると、ぱらぱらとそれを捲り、軽く一度中身に目を通す。そして、中身を確認すると満足したようにうなずき「ご苦労様です」と労いの言葉を返し、紙束の一番最初へと目を戻すと、ゆっくりと内容を読み進めた。
「外の様子はどうでしたか?」
紙束に描かれた文字を目で追いながら、フィーヤはレリアに尋ねる。
「昨日あたりから、竜騎士の方たちが入城するようになってきたので、人も集まるようになり大分ざわついてきています」
「例年通りですか……」
レリアの答えに、フィーヤは呆れた様な声を返す。
「お嫌ですか?」
「竜騎士は見世物でなければ、政争の道具でもないのですよ」
「相変わらずですね」
フィーヤの答えにレリアは、軽い返事を返す。事あるごとに同じようなことを口にしていたためか、半ば面倒になっての答えの様だった。
最強の兵種の一つと言われる竜騎士。その兵力を自由に動かせるようになりたいと考えるのは当然の事であり、そのためにどうにかして抱え込もうとする貴族たちの考えは自然と言えるものだった。けれど、それは竜を愛するフィーヤにとっては不快なものに他ならなかった。
「竜骨山脈での事後処理は随分あっさりと、進んだのですね」
軽いレリアの返答をフィーヤは咎める事は無く、読み進めていた紙束の内容をすべて読み終えると、そう口にして紙束を手近な本の山の上に置いた。
「王国に敵対的な態度をとっていた竜骨山脈の住人達ですが、どう言う訳か、比較的協力的な態度を示してくれたようです。妨害等は一切なかったとのことで、そのため当初考えられていたより早く、事後処理を進めることができたみたいです。人員もかなり節約できたとか」
「一体どのような心境の変化があれば、こうも変わるのでしょうかね」
レリアの答えに、フィーヤは呟く。
「灰の竜の存在が、それほどまでに大きかった言う事でしょうか?」
「さて……どうなのでしょうね。
それより、灰の竜はあの一件以来、姿を見せていないのですか?」
「はい。そのようですね。何か問題でも?」
「何もしてこないのなら、それはありがたい事なのですが……姿を見せず、動きを見せないとなると、彼の竜が何を考えているのか分かりませんから、対応の取りようがないではないですか。それはそれで困るのですよ」
本の山の上に置いた紙束に目を向けながら、フィーヤ難しそうな表情を浮かべ答える。そして、何かを思い出したように顔を上げる。
「そう言えば、神聖竜の竜騎士に関する調査はどうなっていますか?」
フィーヤが尋ねると、レリアは渋い顔を浮かべる。
「ほとんど何もわかっていません。『
「そう……ですか……。他の貴族たちもそのような感じですか?」
「はい。いくつかの貴族たちも探しているようですが、こちらと同じくほとんど情報を得られていない様です」
「そうですか……それだけが、今のところ救いと言えるかもしれませんね」
少し困ったような表情を浮かべ、フィーヤは考える様に目を閉じる。
国の象徴ともいえる神聖竜。彼の竜と繋がりのある人物となれば、マイクリクス王国においては国王と並ぶ権威を持つ存在になりえる。それだけに、王国と貴族たちは、その竜騎士を探し回っていた。
下手な貴族の手に渡れば、大きな混乱を招くことに成りかねない。その事はできれば避けたいことだった。
「アーネスト・オーウェル……」
フィーヤは頭に浮かんだ、一つの名前を口にする。
その名前を聞くとレリアは少し表情を歪める。
「誰ですか? その方は」
そして、少し不機嫌そうな口調で尋ねてくる。フィーヤはそんなレリアの態度に小さく笑みを浮かべる。
「私のお気に入りの竜騎士の方です」
フィーヤの言葉に、レリアはさらに表情を険しくする。
「その方がどうかなさいましたか?」
嫉妬による怒りを抑えきれなくなった様な声で、レリアが返してくる。それにまた、フィーヤは小さく笑う。
「いえ、少し気になりまして。
二ヶ月ほど前に有った神聖竜出現の後、彼はその時の事で軽い懲罰を受けているのです。非常時の際に、持ち場を離れたという理由で。何か、関係があるとは思いませんか?」
「その方が不真面目だったと言うだけでは?」
どうしてもフィーヤの言葉を受け入れたくないかのようにレリアが切り捨てる。
「そうかもしれませんね。けれど、今は竜騎学舎の人間です。調べておいて損は無いと思います」
「その方を、調べろと?」
フィーヤの言葉に、レリアは不機嫌そうな声で問い返す。
「できれば。で構いません。まだ確証などが得られていませんから」
「……分かりました」
小さくため息を付き、レリアは答えを返す。
「それでは、私はこれで」
そして、必要なやり取りを終えると、レリアは小さく礼をして、フィーヤの寝室から立ち去って行った。
ゆっくりと音を立てないようにして立ち去って行くレリアを見届けると、フィーヤは小さく息を付き、そして欠伸を一つ噛み殺した。
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