第17話「不協和音」

「え?」


「ちょ、ばか、止まんな!」


「ガアアアアア!」



 生徒たちの困惑の声と騎竜の咆哮が響いたかと思うと、大きな衝撃音が辺りに響いた。



 その出来事が起こったのは、林間学習での騎竜を使った授業の一コマでの事だった。


 入り組んだ岩場の決められたルートを、低空飛行しながら駆け抜けていくと言う、慣れてしまえばそれほど難しくはない授業。慣れない一年次の生徒などが、時折騎竜を岩場にぶつけたりするが、それでも事故の多い一年次の生徒はそれほど速度を出す事が無いため大きな事故につながる事は少なく、それ故、滅多に大きな事故が起こる事の無い授業。その授業で大きな事故が起こった。


 それも、この授業を一番多くこなしているはずの三年次の生徒たちによる編隊での飛行で、それは起こった。先頭を飛行していた生徒の騎竜が唐突に失速、それによって随伴の他の騎竜と衝突、そのまま地面に激突したのだ。


 自分の受け持つ授業の時間外で暇を持て余していたアーネストは、その授業の様子を遠くから見学していた。


 目の前で生徒と騎竜達がもつれ合い、勢いに乗ったまま固い岩肌へと激突、砕けた岩と舞い上がった砂埃が視界を閉ざす。


 一歩間違えれば死亡か大怪我。そうと思えるほど強い衝撃だった。基本的に竜騎学舎の生徒を含む竜騎士は騎竜に乗って飛行する場合、落下した際に衝撃を軽減するための装備を付けているが、それは自由落下の速度を抑えるだけのもので、勢いに乗って地面に叩きつけられる様なものには意味がない。それだけに、目の前の光景は衝撃的なものだった。


 アーネスト以外の講師や、自分の飛行の番を待つ生徒などがその事故を目にし、驚きと困惑、そして悲鳴を上げた。


 アーネストは即座に立ちあがり、事故が起こった現場へと駆け出す。固い鱗と骨格を持つ飛竜達はそう簡単に大怪我を追う事は無いだろうが、巻き込まれた生徒たちは無事ではないはずだ。


 アーネストの頭上をいくつかの影が掠め飛ぶ。授業を受ける生徒達を騎竜に乗って見守っていた講師の先生たちだろう。急ぎ事故現場へと飛んで行く。それに、他の騎竜に騎乗した生徒達が続きアーネストの頭上を掠め飛んで行く。


 岩場の上に飛竜達が重なり合う様に倒れている。それらに挟まれるようにして生徒たちの姿が見える。2000lbポンドを優に超える飛竜の体重、それに押しつぶされてしまっては、事故による衝撃を耐え抜いたとしてもひとたまりもない。


 アーネストは出来る限り走る速度を速め、事故があった場所へと急行する。


 生徒たちのうめき声が聞こえてくる。数は確認できないが、大事に至らなかった生徒達が居たようだった。少しだけ胸を撫で下ろす。


 視界の端に何かが掠めた。人の姿だ。岩場の影に隠れる様にして、人の姿が見えた。講師の先生や竜騎士、生徒、それらとは違う服装の人影。それは山岳部に住む人々特有の厚手の服を着込んだ人の姿だった。


 アーネストは即座に足を止め、人影が見えた辺りに目を向ける。見えた人影はしばらくこちらの様子を見た後、怯える様に後ずさり逃げ出した。


 不審に思える。見えた人影は、おそらくこの辺りに住む住民のものだろう。けれど、竜騎学舎の宿舎や訓練場と、彼らの住む村とは距離があり、その上周辺住民は基本的に宿舎や訓練場に近付いてくることは無い。そのため、訓練場近くで周辺住民を見る事などめったになかった。


 にもかかわらず、このタイミングで、それも罪悪感に苛まれる様に逃げ出したその姿は、どうしても嫌な想像を膨らませてしまう。


 目を凝らす。どうしてあの人影があったのかを、そこに何があったのかを探るために。


 不自然に伸びたロープが目に入った。それも訓練場に架かるように伸ばされたロープで、頑丈に何本かを固めた様なロープ。もちろん、その辺りに訓練や演習のためロープを設置するという構造は無く、報告もくけていない。そして、ロープは強い力で引きちぎられたようにして、垂れ下がっていた。


 とっさにアーネストは墜落した騎竜達の方へと目を向ける。予想した通り、騎竜達の身体には何本かの千切れたロープが、絡まるように散らばっていた。


 想像が肯定されていく。先ほど目の前で起きた事故は、おそらく逃げ出した住民か、その仲間たちによって仕掛けられた罠が原因でこいたものだろう。


 なぜそのような事をしたのか、正確な理由は判らない。けれど、先日近くの村で目にした住民の態度を考えれば、なんとなく判ってしまう。


 抑えきれなくなった不安が、怒りなり、排斥の動きとなり、こちらに実害をもたらしたのだろう。


「あの野郎……」


 小さな舌打ちと、怒りの籠った小さな声が耳に届く。アーネストと同じように、岩陰から逃げていく住民の姿を見て、同じ様な結論を出した者が居たのだろう。騎竜に跨った生徒達の数人が、住民が逃げて行った方を睨み、手綱を引き騎竜をそちらへと向けさせた。


 報復に出る。生徒たちの動きから、また嫌な想像が浮かぶ。もしこのまま生徒達が報復に出れば、住民たちは抵抗するだろう。相手には大した武装は無く、こちらには飛竜と言う圧倒的な力がある。そのため、そうなったとしても生徒たちは大した怪我を負う事は無いだろう。けれどそれは、生徒達が周辺住民を虐殺する可能性を意味していた。そのような事、させられるはずなどはなかった。アーネストは生徒達を止めるため、口を開く。



『馬鹿野郎! 今は人命救助が最優先だ! それ以外は後にしろ!』



 アーネストが言葉を口にするよりも早く、ヴェルノの重く大きな怒声が響いた。それによって、逃げて行った住民を追おうとした生徒達の動きが止まる。


「で、ですけど……」


 引き留められた生徒達は不満の声を上げる。


「『ですけど』じゃねえ。今目の前で、仲間が死ぬか生きるかって時なんだぞ! おめぇはそいつらの前で同じ言葉をかけて見捨てられんのか!?」


 有無を言わさぬ強烈な言葉。それによって生徒達は押し黙り、騎竜達を反転させ、事故があった場所へと向けさせる。


 どうやら生徒達の暴発は起きずに済んだようだった。アーネストはそっと息を付き、事故のあった場所へと足を向ける。


 今は大事に成らなかった。そう安心したけれど、それで何かが解決された訳では無い。周辺住民の不安が解消された訳では無く、密猟者がいなくなったわけでは無い。


 昨夜聞いた竜の言葉が思い出される。不安や怒りを抱えているのは人間だけではない。


 もう一度足を止め、アーネストは辺りを見回す。あちこちから刺すような視線を、微かに感じた。アルミメイアがこの地へ来た時に口にした「辺りから敵意を感じる」という言葉が思い出される。この地では、アーネストを含む竜騎学舎や王国関係者すべてに敵意が向けられているのだ。その事を、今はっきりと感じ、強い居心地の悪さと不安を感じさせられた。


 このまま何事もなく終わってくれ。そう願いアーネストは三度、事故が起こった場所へと歩みを進めたのだった。



 幸いなことに、この事故によって負傷者は出たものの死者が出る事は無かった。

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