第13話「ざわめきの夜」
日が落ち始め、辺りは薄い闇に閉ざされ始める。
今日一日の授業とその他雑用の仕事を終え、疲れた身体と粘ついた汗を水で流したアーネストは、宿舎の一室に戻るとそのままベッドへと倒れこんだ。
もう今日はやる事もないし、このまま寝てしまおう。そう思い、アーネストは瞼を閉じた。
ちょうどそんなときだった。コンコンとアーネストが泊る宿舎の一室の扉が叩かる。
「アーネスト、居るか?」
扉の向こうからはヴェルノの声が響いた。
眠ろうとしていた所を邪魔され、少しだけ腹が立ったが、相手がヴェルノとあっては無下にするわけにもいかず、アーネストはベッドから身体を起こし部屋の扉を開けた。
「何か用ですか?」
部屋の扉を開けるとその向こうにはヴェルノと、それから見た事の無い男性が立っていた。
「悪いな、こんな時間に……寝るとこだったか?」
「いえ、大丈夫です。それよりどうかしたのですか?」
アーネストはヴェルノと一緒に居る男性へと目を向ける。胸部を覆う軽装の金属鎧に、腰には剣に手斧、背中には弓と矢と武装した姿だった。明らかに物騒ないでたちの男性にアーネストは眉をひそめる。
「すまないが、今から仕事を一つ頼みたい」
「仕事ですか? こんな時間に?」
「こんな時間だからだ。近隣で密猟者らしき一団の姿を見たという報告が、
密猟者。その言葉にアーネストは少しだけ身体を強張らせる。
アーネストが今いる場所はマイクリクスでも王国直轄の特別な土地。国境からも遠い土地であり、よほどの事が無ければ密猟者などは現れないような土地である。そして、マイクリクス国内でも数少ない飛竜の生息地の一つだ。つまり、その密猟者とは飛竜を狙った密猟者に他ならない。
ふと沸いた怒りで手を握りしめる。
「分かりました。協力します。いえ、協力させてください」
「よし、それじゃあ、あとは任せた」
アーネストの返事を聞くとヴェルノは軽く笑みを浮かべ、一緒に居た武装した男性――おそらく山岳警備隊の一人だろう――の肩を軽くたたいた。
「アーネスト。装備は武器庫に有るものを使って構わないとのことだ。それから、念のためこいつを持って行け」
そう言ってヴェルノがアーネストに手渡したのは、一丁の竜銃、それと竜銃用の魔弾用のカートリッジ。
「あいつらは飛竜を殺す武器を持つ、何かは分からないが備えておいた方が良い。使い方は覚えてるな」
アーネストはコクリと頷く。手にした竜銃から、ずっしりと重く冷たい感触が伝わる。
「ヴェルノさんは、どうするのですか?」
「俺はガリアを連れて、空から行く。夜間でも飛竜は夜目が効くからな。それじゃ、怪我はするなよ」
真剣な表情でヴェルノはそう告げ、アーネストの肩を叩くと、先に宿舎の出入り口へとつながる廊下を歩き出した。
「よろしくお願いします、
アーネストを任された山岳警備隊員に促され、アーネストは装備を整えるため武器庫へと歩き出した。
林間学習の宿舎の一角に設けられた武器庫で、アーネストはその中から必要な装備を取り出し、装備を整えていく。
剣、胸部鎧、ガントレット、ダガー、
「山岳警備隊はもう動いているのか?」
装備の確認をしつつ、空いた思考を使って現状確認のために、付いて来た山岳警備隊員の男性に問いかける。
「動ける者はもう動いていますね。けど、やはり範囲に対して人員が足りないですね」
「ここの山岳警備隊はどれくらいいるんだ?」
「10人そこらですよ。ここ数年、王国に人員の補充を頼んでいるんですけど、音沙汰なしです。密猟者が増えているのに……これじゃあ手の打ちようがありませんよ」
山岳警備隊員は困ったような表情で溜め息を付く。
「10人……」
山岳警備隊の話に、アーネストは小さな苛立ちを覚える。
この土地は山岳部が大部分を占める広大な土地だ。10人程度の山岳警備隊ではどうしたってカバーしきれない。
土地に対して人口が少なく、飛竜という強力な魔獣が住む土地で、ほとんどが人の立ち入る事のない場所であるため、平時はそれほど人手が必要というわけでは無かったのかもしれない。けれど、飛竜の密猟が頻発したとあっては、平時の人員では賄いきれないのは明らかだろう。王国の対応の遅さに、アーネストは怒りを覚える。
「近隣住民の力が借りられれば、やり易いんですけどね。この土地の
「やっぱり、協力は難しいのか?」
「協力以前に、何もしてこないことが有難いくらいです」
「それほど……なのか」
ヴェルノの話と先日実際に目にしたこの地に住む者達の態度を見て、王国と住人の間に大きな溝がある事は理解していたし、そうなってしまう事に少なからず理解は出来たつもりだった。けれど、こういう非常時でさえ協力できない程とは思えなかった。
(飛竜が密猟者を――人間を敵と見ていまったら、自分たちも敵と見られてしまうかもしれないとは考えないのだろうか……)
ガントレットを腕に嵌めこみ、最終確認として身体が確りと動くか、実際に動かして確認する。
(灰の竜が――守護者がいないから、飛竜達は人間すべてを敵と見てしまう。そうとでも考えているのだろうか……。
直ぐ傍に居ながら、飛竜の事が……判らないのだろうか?
いや、見ていないのかもしれない……)
かざした、ガントレットを嵌め込んだ手を強く握りしめる。
「準備できましたか?」
物思いに沈み始めたアーネストを、準備を整えるのを待っていた山岳警備隊員の男性が声をかけ、思考が現実へと引き戻される。
「終わりました」
「では、行きましょう」
山岳警備隊の男性に促され、アーネストは宿舎の外へと歩き出す。
「アーネスト?」
宿舎の門から外へと出ようとしたときだった。少し気の抜けた様な、眠たげな声がかかった。
声がした方へ目を向けると、小さく欠伸を噛み殺したアルミメイアがこちらへと歩いて来ていた。
「こんな時間にどうした?」
「それを聞きたいのは私だ。そんな物騒な格好で……何かあったのか?」
アルミメイアはアーネストの格好を見て、眉を顰める。
「――悪い。急ぎなんだ。すまない」
アーネストはアルミメイアの問いかけに、いつもの調子で詳細を答えそうになり、寸前のところで答えを濁した。そしてすぐさまアルミメイアから視線を外し、先を急ぐように歩き始める。
アルミメイアに今の状況を話せば、おそらく彼女はアーネストに付いて来ようとするだろう。それを避けたかった。
けれど、アルミメイアはアーネストの心中を察したのか、歩き出すアーネストの手を掴み、止めた。
「そういう隠し方をされるのは好きじゃないな。何があったんだ?」
鋭く責めるようにアルミメイアはアーネストを睨みつけ、アーネストの手を握る手が、絶対に逃がさないと言うかのように力がこもる。
それにアーネストは諦めの溜め息を付く。
「密猟者が出たいんだ。今からその捕縛に行くところだ」
「密猟者って飛竜のか?」
「飛竜のだ。だから――痛っ」
「飛竜の密猟者」そう答えた途端、アルミメイアの手にさらに力が加わり、アーネストの手を握りつぶそうとする。
痛がるアーネストを見てアルミメイアは「ごめん」と謝罪の言葉と共に手を放す。
「お前が怒るのも分かる。だから、今、その密猟者捉えに行くんだ。悪いけど、君は――」
「私も行く」
アルミメイアの予想通りの答えに、アーネストは小さなため息と共に困ったような表情を浮かべる。
「ダメだ。危険すぎる」
「自衛位は出来る。それに、人を捉えるくらい簡単に出来る」
アーネストの静止に対し、アルミメイアは強い怒りとも取れる視線と共に答えを返してきた。
確かに、竜であるアルミメイアがその気になれば人間などは相手にならないかもしれない、けれど――
「出来る、出来ない問題じゃない。人を、殺す事になるかもしれないんだ。そんな血なまぐさい事を、子供にさせたくはない」
アルミメイアの実際の年齢などは判らない。けれど、前にそれを尋ねた時、アルミメイアは「自分は成竜ではない」という事を少しはぐらしながら話していたのを覚えている。なら、そんな子供に人殺しなどという行為をさせたくはなかった。
同じ竜族である悪竜を殺させておいて、今更と思うかもしれない。けれど、止められるのなら同族殺し、人殺しなどの行為を子供にさせたくはなかった。
アーネストの返答に、アルミメイアは直ぐに答えを返せず口ごもる。
「騎士アーネスト。急いでください!」
先に宿舎の外へと出て行っていた山岳警備隊員の男性が、アーネストを急かすような声をかける。
「すみません。今行きます」
アーネストはその声に返事を返すと、口を開いたままのアルミメイアに目を向け「悪いけど、ここは俺が何とかする。君はおとなしくしていてくれ」と言い残し、山岳警備隊員の後を追い走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます