第14話「密猟者」
宿舎から離れ、アーネストと山岳警備隊員の男性は、夜闇に閉ざされた飛竜が生息する山岳部へと踏み込んでいく。
手にした松明の明かりを頼りに、ごつごつと入り組んだ足場の悪い山道を、ゆっくりと辺りを警戒しながら奥へと歩いていく。
動ける山岳警備隊はすでにこの地へ赴き、入り込んだ密猟者を探し始めているとの事で、それを示すかのように見上げた斜面と、見下ろした斜面の彼方此方で、転々と松明の明かりらしきものが目に入った。
「発見した場合の連絡手段なんかは決まっているのか?」
範囲の広さ、他の山岳警備隊との距離を改めて確認し、声による連絡手段が難しそうであると思い、山岳警備隊員の男性へ尋ねる。
「鳴り矢が数本あります。それから笛も。これで連絡を取ります」
山岳警備隊員の男性は首に下げた笛を見やすい高さまで持ち上げ示す。
「気を付けてください。最近は、飛竜達の警戒心はかなり強いです。不用意に近づけば問答無用で襲って来ます」
山岳警備隊員の男性は真剣な表情で、そう強く忠告を告る。
アーネストは一度闇に閉ざされた景色に目を向け、息を飲む。ごつごつと凹凸の多い岩場で足場が悪く、移動困難な地形、その上視界も悪い。このような環境の中で、圧倒的な力と飛行能力を有する飛竜に襲われたらひとたまりもないだろう。その状況を想像し、少しだけ身震いをする。
そして、出来うる限りの神経を研ぎ澄ませ、この地に住まう飛竜と潜り込んだ密猟者の姿を探し、歩き始める。
暗く足場の悪い、道と呼べない山道を転ばないようにしながら、ゆっくりと進む。
そうしてしばらく歩みを進めていると、アーネストと随伴の山岳警備隊員の足音とは別の、もう一つの小さな足音がアーネスト達の足音に合わせてついて来ている事に気付く。
(誰だ……?)
明かりを持たず、こちらを襲う事も無く、ゆっくりと足音は付いてくる。それに気付くとアーネストは腰に下げた手斧に手をかけ、一度小さく息を吸い
「誰だ!!」
振り返り、警告を発する。随伴の山岳警備隊員も、後ろからついて来ていた足音に気付いていたのか、アーネストの声に合わせて臨戦態勢を取る。
警告を発せられた足音の主は、直ぐに大きな反応――驚きを示す事は無く、ゆっくりとした動作で、山岳警備隊員が持つ松明の明かりの中に姿を現した。
小柄な体に、長く綺麗な銀の髪を流した少女――アルミメイアだった。釘を刺しておいたはずなのに、ついて来てしまったようだった。
アルミメイアの姿を認めると、アーネストは大きくため息を付き、手斧から手を放した。
「なんで付いて来たんだ」
そして、少し怒りの籠った低い声で、アルミメイアに告げた。
「飛竜を、密猟者という人間が、どういう人間なのか……知りたいんだ」
アルミメイアはそれに怯むことなく、見返してきた。
「危険だと言ったと思うけど」
「身を守ることくらいできる」
頑なに答えを変えようとする気配を見せないアルミメイアに、アーネストは小さく息を付く。
「どうします……?」
危険極まりない状況に、防備も何もなく踏み込んできた少女の姿を見て、山岳警備隊員の男性は困り果てた表情を浮かべ、尋ねてくる。
普通に考えれば安全な場所まで連れ戻すところだが、それではここへ戻ってくるまでだけでだいぶ時間がとられてしまう。かといって、一人で帰らせるのは危険極まりない。
そもそもアルミメイアは竜なのだから、たとえ飛竜に襲われたとしても怪我をする事すらないように思える。それだけに、安全な場所まで連れ戻してた所で、一人で密猟者を探しに出る可能性もあり、一人で帰らせても同じ結果になる可能性の方が高かった。それならば、目の届くところに置いておいて、下手な行動を起こさせない方が良いのではないか? そう思えた。
「分かった。付いてくるのは認める。けど、勝手な行動はするなよ!」
「良いんですか!?」
アーネストの返答に、随伴の山岳警備隊員は大きな戸惑いを見せる。竜であるアルミメイアの能力を知らない人間としては当然の反応だろう。
「何か問題が有ったら、俺のせいにして構わない。だから、この事は黙認してほしい」
「騎士アーネスト、本気ですか……」
アーネストの願いに、山岳警備隊員は心底呆れた様な表情を浮かべる。
「分かりました……私は何も見なかった。これで良いですか?」
「助かる」
半ば投げやりな返事に、アーネストは感謝を述べた。
ちょっとした問題はあったものの、場を収めアーネスト達は密猟者捕縛へと再度動き出す。
さすがにこれ以上の我儘を通すつもりが無いのか、アルミメイアは素直について来てくれていた。
そして、何も問題は起きないでほしいと祈りながら散策を続けると、できれば出会いたくない相手――密猟者の姿を見つけた。
距離があるとはいえ、ある程度見通しの良い場所から山岳警備隊の松明を見たためか警戒し、見つからないようにと岩場に身を隠しながら、ゆっくりと移動する人影を発見した。
密猟者は夜目が効くのか明かりを持たず、闇の中を移動していた。
いち早く密猟者の姿を発見した随伴の山岳警備隊員は、密猟者の姿を認めると、足を止め、口元に人差し指を当てながら、視線で後を歩くアーネストとアルミメイアに止まるように合図をよこす。そして、静かに密猟者を指さし、居場所を知らせる。
一番近くの松明が動きを止めた事で、警戒を強くしたのか夜闇にまぎれる密猟者は動きを止める。
「いましたね。おそらくあれが密猟者です」
山岳警備隊員は静かにそう告げる。
「一人か?」
「見たところ、そのようですね」
「報告に有ったという密猟者の一団の人数は判っているのか?」
「正確には判っていません。けど、3人ほどいる事は確認されています」
「なら、単独行動か……」
「少し距離を置いて隠れているかもしれませんね」
「捉えるか?」
「なんにしても、見逃すわけにはいきません」
アーネストの提案に、随伴の山岳警備隊員はうなずいて答えを返す。
「合図の鳴り矢を飛ばします。そしたら、相手の足を止めるように攻撃を仕掛けてください。できますか?」
矢筒から鳴り矢を取り出し、弓につがえながら山岳警備隊員は告げる。アーネストはそれに頷いて返事を返し、腰に下げたホルスタから竜銃を引き抜く。そして、竜銃のソケットに魔弾のカートリッジを差し込む。
一度背後のアルミメイアへ目を向け「君はここを動かないでくれ」と小さく告げる。アルミメイアはそれに小さく頷く。
「よし、やってくれ」
アーネストは準備ができたという合図を飛ばす。随伴の山岳警備隊員は、それを了承すると、鳴り矢をつがえた弓を命一杯引き、夜空へと放った。
放たれた鳴り矢は一直線に空へと飛び、『ピピー!』と甲高い音を鳴らす。それに合わせ、アーネストは密猟者が立つ場所へと一気に駆け出す。
凸凹とした岩場を正確に見極め、ステップを踏むようして飛び跳ねながら、密猟者へと接敵する。
こちらの動きに気付いた密猟者は、すぐさま逃げるように走り出す。
もちろん、そのまま逃がすわけはない。アーネストは手にした竜銃を構え、密猟者へ向けて一発と、夜空に向かって一発、計二発の魔弾を放つ。
夜闇の中、それも足場の悪い場所を走りながらの射撃では、正確に目標を捉える事が出来るわけもなく、アーネストが放った魔弾は密猟者の身体をそれて飛んで行く。けれど、それでよかった。
アーネストは竜銃を持った手とは別の手を、光を遮るかのようにかざす。
閃光。アーネストの放った二つの魔弾が、眩い光を放ち発光する。竜銃から放ったのは『
発光した魔弾が辺りを照らしだし、視界を確保する。そして、至近距離で炸裂した閃光によって、一瞬だけ密猟者は目をくらませ足を止めさせる。その隙にアーネストは一気に距離を詰め、竜銃をホルスタに収め、剣を引き抜き、振り下す。
密猟者は、さすがというべきか危険な地域での仕事を生業としているだけあって、アーネストの攻撃にすぐさま対応して見せる。懐からナイフを引き抜き、アーネストの剣戟を受け止める。しかし、完全に受け止める事は出来ず、受け止めたナイフから重い衝撃が密猟者の身体に伝い、少しだけ体勢を崩す。そして、そのままアーネストの剣戟を受け流す。
アーネストの攻撃をいなすと、密猟者はすぐさま反撃に移り、至近距離まで接敵していたアーネスに向かって、蹴りを見舞う。
軽装とはいえ鎧を着こむアーネストに対しては、大した脅威とならない一撃。けれど、足場の悪いこの場所では、ちょっとした一撃による、少しの体勢の崩れが、大きな体勢の崩れにつながり命となる。それを狙っての攻撃だろう。
しかし、その攻撃を始めから読んでいたようにアーネストはバックステップを踏み、避ける。そして、傾斜のある岩場に片足を付けると、体勢が崩れるよりも早く、前へと飛び、その動きと共に振り下した剣を、綺麗に振り上げる。
流れるような一連の動きに、密猟者は対応しきれず、浅くアーネスト斬撃を受ける。そして、それによって生れた隙をアーネストは逃す事は無く、前に飛んだ勢いのまま、空いた左腕で相手の肩を掴み、自分の身体ごと相手の身体を地面へと叩き付けるようにして、打倒す。
「ぐはっ」
倒れた密猟者は強く背中を打ち付け、悶える。その間にアーネストは相手の手からナイフを弾き、馬乗りになるようにして密猟者を捕縛する。
止めていた息を一気に吐き、深呼吸。
一瞬にしてアーネストは密猟者を捕縛して見せたのだった。
* * *
「さすがです。騎士アーネスト。助かりました」
ロープで手足を拘束し密猟者が動けなくなったことを確認すると、随伴の山岳警備隊員はそう感謝の言葉を告げる。
密猟者は多少暴れ、抵抗して見せたものの呆気なく拘束される形となった。
「密猟者はまだいるんだろ? お礼は終わってからでいい。気を抜くなよ」
密猟者は他にまだ残っている。全員を捕まえるまで終わりではない。それに、今捉えているからといって、逃げ出されないとも限らない。他の密猟者が助けに来る可能性も大いにある。油断は出来ない状況だ。
軽く窘めアーネストは、辺りの暗闇へと目を向け、他の密猟者が隠れていないか探す。
「もう、終わったのか?」
ロープで縛られた密猟者をみてアルミメイアが尋ねる。
「まだ一人だけだけどな」
「そうか」
アーネストの答えに、アルミメイアは少し安心したような声を返し、密猟者を鋭く睨みつけた。
「なんだよ嬢ちゃん。俺に惚れたか?」
睨みつけられた密猟者は、アルミメイアを見返し嫌味な笑みを浮かべながら、からかう様にそう告げる。アルミメイアはそれに、さらに鋭い視線でもって答える。
「最近の山岳警備隊は、任務に子供を連れてくるのか? 随分と微笑ましい職場だなぁ。それともこんな子供の手が必要になるほど、人手が足りてねえのか?」
少し煩わしく思えるような笑い声を上げながら、密猟者は何か楽しそうにそう問いかけてきた。まるで自分に注意を向けさせ、周りへの警戒心を落とそうとしているかのような不自然な喋り方だった。それをアーネストと随伴の山岳警備隊員は無視する。それを見て密猟者は舌打ちを一つする。
「随分楽しそうだな」
密猟者の問いかけに答えを返したのはアルミメイアだった。
「そりゃね。人生何事も楽しくってのが、俺のモットーだからな」
返事が返ってきたことに密猟者は嬉しそうな声でもって答えを返す。
「飛竜を殺す事も、楽しかったか?」
明るい声で答えた密猟者に、アルミメイアは冷たく鋭い声で返答を返す。アルミメイアの問いを聞くと密猟者は一度口を閉ざすと、静かに笑いだし、そして抑えきれなくなったように声を上げて笑いだし。
「あったりまえじゃねえか! こんな楽しい仕事、他に有りはしねえよ。それに信じられねえような額の金が手に入るんだぜ、笑わずになんていられねえよ」
密猟者はけたけた不快な笑い声をあげる。
「なぁ、あんた等、飛竜が俺達人間に狩られる時、どんな表情をするかしってるか?」
ひとしきり笑うと密猟者はまるで悪魔がささやくかのように、そう歪な誘いの言葉を口にした。密猟者へ意識を向けすぎてはいけない、そう思っていても彼の言葉に耳を向けてしまいたくなる。そんな言葉だった。
「最高だったぜ。自分より強い存在はいないと信じて疑わず、最強の存在だと思って居る奴らが、まるで信じられないもの目にして呆けた顔、威厳に満ちた顔が死に物狂いで命乞いをしているかのように歪む顔。あんなものは飛竜以外からは見る事なんて出来ない。ほんと、最高だ」
心底楽しそうに、恍惚とした声で密猟者は告げる。けれどその内容はとても不快なものだった。
「楽しかったから、狩りをしてるのか?」
密猟者とは対照的な低く冷たい声でアルミメイアは尋ねる。
「金のためってのもあるけど、やっぱ続けられる楽しいからだな」
密猟者はニヤリと笑う。それに、アルミメイアは怒りを抑えられなくなったのか、手を強く握りしめ、強い怒りの視線を向ける。
「なんだよ。怒ったのか?」
「お前らは……飛竜を、飛竜の命を何だと思ってるんだ!」
怒りに任せた様な大きな声でアルミメイアは怒鳴る。それを見て密猟者はさらに可笑しくなった様に笑う。
「飛竜だからなんだっていうだよ。そんなの魔獣の一つに過ぎねえだろ? 魔獣の命がどうなが別にいいじゃねえか。あんた等だってそうだろ、飛竜を一個の命としてみてねえじゃねえか。自分たちにとって都合が良い様に生きる場所を管理し、狭い檻に閉じ込め、都合の良い様に操り、こき使う。
何が竜と共に生きる国だ、ただ飛竜と奴隷としてるだけじゃねえか、笑わせんな。俺達と何一つ変わらねえじゃねえか。いや、俺達みたいに命をかけず、安全なところから手を下すだなって、俺達以上に最低じゃねえか」
捲くし立てる様に早口で、そして聞いている者達を見下すように密猟者は告げる。それを聞いたアーネストは、頭の中で何かがプツリと切れる音が聞えた気がした。
何か意図のある言葉だと判っていても身体は動かずにはいられなかった。
「貴様ぁ!」
アーネストは声を上げ振り返る、そして、怒りのあまり拳を握りしめ――
「ば~か」
振り向いたアーネストを見て、密猟者は笑った。
キリキリと弓の弦を引き絞る小さな音が響き、放たれる音か聞こえた。
矢が風を切る音。そして、アーネストの目の前に立つ少女――アルミメイアの頭から赤い血が吹き出し、少女の身体は突き飛ばされるように大きく傾く。
パスという小さな音が響く。仕込み刃。どこかに仕込んでいた刃を使い、密猟者はロープを切り裂き、拘束から抜け出す。そして、目の前で倒れていくアルミメイアの小さな身体を蹴り飛ばし、そのまま反転すると駆け出し、逃げる。
アーネストの頭の中が真っ白になる。反射的にアーネストの方へ向かって飛んでくるアルミメイアの身体を受け止める。
どうなった?
頭から血が……生きているのか?
それより、密猟者を追わないと。
けど、アルミメイアの怪我は?
次々とアーネストの頭の中に選択肢が浮かび錯綜する。そして――『竜を殺す魔導具』その存在が頭を掠めた時、言いようもない恐怖を感じた。
「馬鹿、追え! 怪我は大したことない!」
うろたえるアーネストに、そう声がかかる。その声に促されアーネストはアルミメイアの身体を地面に降ろすとすぐさま駆け出し、逃げ出した密猟者の背中を追う。
ミスを犯した。密猟者の言葉は明らかに注意を自分の方へと向けるためのものだった。止めるべきだった。そのミスが、目の前に少女を傷つける結果となってしまった。強い後悔の念が浮かぶ。彼女は生きているだろうか?
グラリとアーネストの視界が揺らいだ。
「しま――」
またミスを犯した。不注意。足場の悪い場所、それも暗闇の中、暗視を持つわけでも夜目が効くわけでもないアーネストが、別の事に気がそれてしまっている状態で、足を滑らせるのは必然といえた。
鋭い傾斜に足を滑らせ、アーネストの身体は宙に浮かぶ。暗い夜空が目の前に浮かび、ゆっくりと身体が傾き、深い谷底――深淵の様に真っ暗な闇に満たされた空洞へと視線が移る。どこまで続くか判らない空洞、落ちた先には死が待っている事は容易に想像できた。アーネストは慌てて手足を動かし、どこか掴める場所を探す。けれど、動かした手足は虚しく空を切った。
ゆっくりとアーネストの身体が空洞の中へと落ちていき、月明かりと星明りから遮断され、何もかもが見えなくなっていく。
視界のすべてが黒い闇に閉ざされる時、最後に浮かんだのは自分への後悔と、自身の愚かしさだった。
「アーネスト!」
そして、最後に少女の声がアーネストの耳に響いた。
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