第11話「闇の中に住まうもの」

 日が沈み、竜骨山脈は夜の闇へと沈む。


 人を容易に寄せ付けない白い岩肌を照らす光は、微かな月明かりと、小さな星々の光だけとなる。そんな中、竜骨山脈の一角、入り組んだ岩場の岩と岩の間に、小さな赤い光がともり、おぼろげに辺りを照らしていた。


 その小さな光は、人が作り出した焚火の光だった。焚火の周りには、決して広くない空間に、押し込められるようにテントが並び、焚火の近くには一人の男が火の番をしていた。


 男は眠たそうに大きな欠伸を噛み殺す。ちょうどその時、焚火の近く、テントとは反対の方向から、小さな足音が響く。


 男はとっさに腰に刺したナイフを掴むと、緊張を露わにする。


 足音は少しずつ近づいて来ており、最終的にその足音の主達は、焚火が照らし出す明かりの中へと姿を現す。


 足音の主は、フードを目深く被った、黒いローブ姿の人物が二人だった。


「あんた等か……今日は随分と遅いんだな。待ちくたびれたぜ」


 男はローブ姿の二人組を認めると、緊張を解き、ナイフから手を放す。


「こちらはこちらでやるべき事が有るのだよ。それより、そちらの仕事はうまくやれているのか?」


 男の問いかけに、ローブ姿の二人組のうちの一人が、嫌悪感を露わにしながら応える。声音からして男性と思われる声だった。


「いつも通り、上手くやってるよ。そう言うあんた等は、例の物、ちゃんと持って来てるんだろうな?」


 男がそう尋ねると、先ほどの答えを返したローブ姿の男が、もう一人のローブを纏った人物に合図を出す。合図を出された方は担いでいた荷物をおろし、男の前へと差し出す。差し出されたものは、矢筒に収まった矢の束だった。


「予定通り40本だ」


 矢筒を差し出すと、ローブの男はそう告げた。


 男は差し出された矢筒を受け取ると、中から矢を一本取り出し、込み上げてきた嬉しさを抑えきれず、嫌らしい笑みを浮かべる。


 男が取り出した矢は、何の変哲のない矢だった。けれど、この矢は魔法が込められた特殊な矢だ。『竜殺しの矢アロー・オヴ・ドラゴンベイン』通常矢弾などを通す事の無い竜の鱗を貫くための特別な魔法が込められた、魔法の矢だ。これさえ有れば、金の塊ともいえる飛竜をただ見ているだけでなく、殺す事ができる。まさに魔法の矢だ。


「あんた等と組めて、俺達は幸運だぜ。今まで手に入らなかった様な金が、ザクザクと手に入りやがる。ほっと、最高だぜ。

 なあ、あんた、今度一緒にうまい酒でも飲みに行かねえか? あんた等には感謝してるんだ」


「断る。俺とお前たちとはただの商売仲間だ。それ以上でも、それ以下でもない。下手な馴れ合いなど、するつもりはない。

 そんなことより、今ここへは王国の竜騎学舎の者達が来ている。調子に乗って奴らに手を出すような事はするなよ」


「なんでさ。あんた等が作った矢なら、竜騎士だろうとなんだろうと落とす事ができる。最強の騎士って呼ばれる竜騎士を落としゃあ、俺達の名声も上がるってもの。そうすりゃあ、こんな仕事が出来るのは俺達だけって証明にもなる。報酬だって吊り上げる事は簡単になるんだぜ。うまい事ばかりじゃねえか」


「ダメだ。もし従えないと言うのなら。お前達との関係はここで終わりという事に成る。お前達の変わりなど幾らでもいるという事を忘れるな。お前達がこの仕事ができているのも、我々のおかげだという事もな」


 見下すような、煽るような言葉に、男は怒りを露わにし、再びナイフに手をかける。けれど、怒りに任せて動いたところで、良い結果が生まれる状況ではない事を理解できたのか、息を大きく吐き、気持ちを落ち着ける。


 男の態度を見て、ローブの男は小さく笑う。


「それから、これは今回のおまけだ」


 ローブの男はそう言うと、懐から2本の赤い半透明の液体が入った小瓶を取り出し男の目の前に置く。


「なんだこれは?」


「新しい魔導具らしい。これを飲むと暫くの間、竜から気付かれにくくなるらしい」


「へえぇ」


 ローブの男の説明に、男は感心した様な声を上げ、嬉しそうに笑みを浮かべる。


 いくら魔法の矢があるとはいえ、飛竜は決して鈍重なわけでは無く素早い、それに加え非常に鋭敏な知覚力を持つ。そのため、弓の射程に飛竜を収めるより早く、飛竜がこちらに気付いてしまう事は非常に多くある。今まではそれでもどうにかなっていたが、ここ最近は飛竜の狩りが上手くいっていたためか、飛竜の警戒心が強くなっており、気付かれると逃げられるか、襲われるかで手を焼いているところだった。


「すげえ品じゃねえか。ありがたく使わせてもらうぜ」


 男はそう言って小瓶を掴みとる。


 ローブの男は、それを見届けると、もう話す事は終わったという様に、挨拶を言わず踵を返した。


「くれぐれも王国の連中には手を出すなよ」


 そしてローブの男はそう言い残すと、ローブ姿の二人組はその場から立ち去るように歩き出した。


 一切男やその仲間たちを信用していないという態度に、男はいら立ち、夜闇の中へ消えていくローブ姿の男達を睨みながら、舌打ちを零した。



   *   *   *



 男達のテントから離れ、ローブ姿の二人組は、微かな月明かりと星明りを頼りに夜の闇に閉ざされた山道をゆっくりと歩く。


「なぜ、あのような下賤な輩を使うのですか? 飛竜の狩りなど私達だけでどうにかなります」


 しばらく山道を歩くと、ローブ姿の二人組の片方、男とローブの男のやり取りを見守っていた方が口を開いた。そのローブ姿の人物は、女性の様な高い声音をしていた。


「今は我々の存在を、むやみに王国の者達の目に晒すわけにはいかない」


ローブ姿の男は、もう一方のローブ姿の女の言葉に、厳しい声音で答える。


「ですが――」


「我らの目的は竜を狩る事ではない」


 それでも食い下がろうとするローブ姿の女に、ローブ姿の男は強く、そう告げ、諭すように鋭い視線をローブの女へと向ける。


「あんな者達の事を気にするより、お前はまず竜に慣れる事を優先しろ。未だに飛ばすのがやっとという状態では、いざという時に使い物にならんぞ」


「それは……」


 ローブの男に諭され、ローブの女は口ごもる。


「なに、安心しろ。竜帝の威光の前ではすべての竜は我らに跪く。お前の望むとおりに、竜達は動いてくれるさ。怖がることは無い、お前なら出来る」


 先ほどとは異なる優しい声音でそう告げると、ローブの男はローブの女の頭に手を、優しくあやすように撫でた。


 夜の闇、目深く被ったフードの下で、はっきりと表情を見ることができなかったが、ローブの女の眼には、ローブの男の優しい表情が見えた気がした。

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