第10話「人の世界を縛るもの」

 教会の外に止めておいた、来るときは空だった荷馬車には、多くの物資が積み込まれていた。その積み込まれた物資を一つ一つ確認し、目的の物が目的の数有るかどうか、アーネストは確認する。


 子供たちがお使いから戻ってきたのは、日が暮れ始めた頃だった。


 買い出しに出るとき手渡されたメモと照らし合わせ、目的の物が揃っているかどうかの確認を終える。


「全部そろっています。ありがとうございます」


 目的の物が指示通りの数揃っている事を確認し終えると、アーネストは荷馬車の荷台からおり、教会の出入り口からアーネストの様子を伺っていた老人と子供たちに、そう報告する。


「残ったお金は、子供たちの為にでも使ってください。改めて、ありがとうございます。助かりました」


「ふむ。お前たち、よくやったな」


 アーネストと、それから老人が子供たちの事を褒めると、子供たちは嬉しそうに笑顔を浮かべ、はしゃぎ出した。


「すまんな。落ち着きがなくて」


「いえ、この位の年なら、これが普通ですから。それでは、私達はこれで失礼します。ありがとうございました」


「ふむ、達者でな」


 改めてお礼を口にして、踵を返し荷馬車の方へと戻ろうとする。


「ああ、アーネストとやら。ちょっと待ってくれ」


 立ち去ろうとするアーネストを老人は呼び止めた。


「お主と話せてよかった。それを、言っておらんかった。

 わしはお主たちに、わし等の現状を知ってもらいたかったのかもしれぬ。お主なら、何か今を変えられる様な気がしたのじゃ。すまないな、老人の戯言に付き合わせてしまって」


「いえ、こちらも話せて楽しかったです」


「そうか、それはよかった。ではな」


「はい、それでは」


 改めて挨拶を交わし、アーネストは荷馬車の傍へと戻る。そして、荷馬車を引く馬の手綱を掴むと、荷馬車の傍でアーネストと老人のやり取りを見守っていたリディアに一声かけ、帰路へと歩き出した。



   *   *   *



 日が傾き、足元が暗くなり始める。転ばないようと気を配りながら、ゆっくりとアーネストとリディアは帰路の山道を歩く。


 ガタ、ガタと凹凸の激しい道を進む荷馬車が、静かな山道に響く。


「アルフォード。君はどう思った?」


 村を出てからずっと口を閉ざしたままだったリディアにアーネストは尋ねる。


「何に、ですか?」


「今日見聞きしたことに付いて、かな。いろいろと知らなかった事が多すぎて、他人の意見が欲しくなったから」


 収穫はなさそうではあるが、何かしら心境の変化でもあればと思い、アーネストは確認のため、リディアに尋ねた。


「そうですか……あなたはどう思ったのですか?」


 尋ねるとリディアは自分の考えを纏めるかのように、考え込みながら問い返してきた。


「俺は……飛竜に付いてや、それを取り巻く事柄について、直ぐ傍に居ながらほとんど何も知らなかったんだなって、思知らされた気がしたよ。

 竜言語。それに付いての話は聞いたことがあったはずなのに、その存在を今まで忘れていた位だ」


「けれど、飛竜は言葉を話しません。竜言語が架空のものだと言われた方が、納得ができます」


「そうだね……」


 確かに、アーネストが今まで目にしてきた竜族――飛竜は、どれも言葉を話すことなどなかった。けれど、アーネストは言葉を話す竜――アルミメイアと出会ってしまった。アルミメイアが特別で、彼女だけ言葉をなせるという事も考えられるが、彼女が語った「アプス=レティス」という神の名と、竜言語の伝承で伝わると言われる神の名が同じである事を考えると、その言葉の存在は確かなものの様な気がした。


 そうであるなら、飛竜はアーネスト達が知らないだけで、言葉を話すことができたのではないか? そう思えてならなかった。


 同時に、ならなぜアーネスト達の知る飛竜達は言葉を話さないのか、そいった疑問が沸いた。


「それで、君はどう思った?」


 自分の意見を述べ、改めてリディアに問い直す。


「私は……今まで自分の信じてきた世界が揺らいだ気がしました」


「どう言う事だ?」


「私の知らない、私の理解できない世界が、あの場所にはありました。それがそこに住む人々にとっての世界なのだという事を、知った気がします。

 自分が見てきたもののだけが、世界のすべてではない事を改めて知らされました。それから……」


「それから?」


 尋ねるとリディアは少し迷ってから口を開いた。


「それから、人はどの様な世界に生まれようと、どの様な世界で生きようと、生まれた世界に縛られながら生きるしかないのだと、思い知らされました……」


 曖昧で、何処か諦めにも似た言葉を口にした。その表情は、林間学習の宿舎から出るときに浮かべていた表情と同じものだった。いや、それ以上に諦めを思わせる表情をしていた。


 「人は生まれた世界に縛られながら生きるしかない」そう口にしたリディアの言葉は、彼女にとってとても重い意味を持つ言葉の様に思えた。


(アルフォード。君は何にそこまで縛られているんだ……)


 アーネストの歩みが少しだけ遅くなる。それによって、リディアはアーネストの前を歩き始め、アーネストは彼女の背中を目で追いながら、心の中でそう問いかけた。

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