幕間「見れない現実」
悪竜による襲撃の混乱は、比較的早く収まった。けれど、被害がなかった訳では無かった。襲われた学生と竜騎士はそれぞれ怪我を負い、そして、彼らの騎竜もまた怪我を負った。
その中でとりわけ大きな怪我を負ったのが、リディアの騎竜であるヴィルーフだった。後一歩助けが来るのが遅ければ、あと一歩治療に入るのが遅ければ、生きてはいなかったかもしれないと言われるほどの重症だった。
もしかしたら、もう二度と飛ぶ事は出来ないかもしれないとさえ言われた。
多くの飛竜達の息遣いが少し煩わしく聞こえる竜舎の飼育小屋の一角に、リディアは立っていた。目の前には黒い鱗の飛竜――ヴィルーフが木製のケージの中で横たわっている。
辺りは血の臭いで満たされ、ヴィルーフの身体には、血を吸って赤く染まったガーゼや包帯などが巻かれていた。
全身を深く黒い鱗で覆われていたい美しい姿は見る影もなく、鱗は剥がれ、皮は裂け、赤くピンク色の皮膚が、包帯とガーゼの下から覗かせていた。
見るからに痛々しく、直視できるようなものではなかった。
そんなヴィルーフの前に、リディアは立ち尽くしていた。
悪竜に襲われた後、飛べなくなっていたヴィルーフとリディアは分かれ、ヴィルーフは助けに駆けつけてきた竜騎士の力で、竜騎学舎の竜舎へと運ばれた。
それから治療が終わった今、ようやくリディアとヴィルーフは再び顔を合わせる事が出来たのだった。
リディアの存在に気付いたのか、ヴィルーフはゆっくりと顔を上げ、リディアの方へと顔を向ける。その動きは、酷く緩慢で、途中痛みに悶える様な声を上げていた。それは、とても見るに堪えるものではなかった。
どうして、こうなった?
目の前のヴィルーフの姿や、状況が理解できず、そう疑問が沸いた。
それに対するリディアが導き出した答えは「自分自身が招いた結果」だった。
自分がもっと周りを警戒していれば、
錯綜する状況に囚われず、しっかりと状況認識でできていれば、こんな結果にはならなかった。
そう思えてならなかった。
ヴィルーフが荒い息遣いのまま、黄金色の瞳をリディアへと向けてくる。その瞳には、怒りも、リディアを責める色も無く、何かを訴える様な色をしていた。
けれどリディアには、ヴィルーフの訴えかけるものが何であるか、理解できなかった。そして、そんな理解できない視線を向けてくるヴィルーフの瞳に、恐怖を感じた。
思えば今まで、理由がどうであれ、リディアの行動と判断で誰かに怪我を負わせた事は、今までになかった。それだけに、今目の前の、傷ついたヴィルーフにどう接すればいいか判らなかった。その事が一層、ヴィルーフから向けられる視線に恐怖を覚えさせた。
初めての状況。その事に、パニックを起こし、頭の中が真っ白になっていく。そして、気が付くとリディアは、無意識に流され、竜舎の飼育小屋から逃げる様に走り去っていた。
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