第18話「拒絶の咆哮」
木製の棺の横に、黒を基調とした衣服に身を包んだ人々が並び、棺が墓穴へと入れられていくのを、涙を堪え、涙を流しながら見送っていた。
二年前アーネストが悪竜に襲われた後、目を覚ましたのは王都の一角にある病院だった。
幸いアーネストは竜騎士用のベルトに込められた条件起動式の魔法『
そのおかげもあり、アーネストの退院後すぐに行われた、ダリオとラザレスの葬儀に、それぞれ参列することが出来た。
それぞれ一人ずつ順番に、墓穴に入れられた冷たい棺の上へと、思いを押え、溢れ出しそうな声を殺しながら被せていく。アーネストもそれに倣うように、それぞれの棺の上に土を被せた。
二人の棺の中身は空っぽだった。彼らの遺体を回収できなかったからだ。
アーネストが発見された場所には、粉々になった肉片と、装備の破片だけで、はっきりと人の死体と判断できるものはなかったらしい。そのためアーネストの証言と、状況証拠から二人は死亡と判断された。
それ故にアーネストは、自分の言葉が彼らを死なせたのではないかと強く後悔した。
悪い夢であってほしいと強く思った。けれど、二人の姿は何処にもなく、一番傍に居続けたはずのシンシアの姿も、どこにも見当たらなかった。
空っぽの棺の上に少しずつ土が載せられていき、静かに土の中へと埋められていく。
多くの遺族や友人がアーネストに二人の最期を尋ねてきた。涙を流し、彼らの雄姿を尋ねてきた。けれどアーネストはそれに、うまく答えを返すことが出来なかった。
答えるべきと、伝えるべきと分かってはいたけれど、うまく言葉を紡げなかった。
その事を遺族や友人達の誰も責める事は無かった。責める事は無く、ただただ涙を流した。アーネストは彼らの前で、かけるべき言葉を見つけられず、ただただ立ち尽くした。
もう誰の死ぬところは見たくない。
そう強く思った。
部下達を死なせてしまった後悔や、自責の念から、自分の負うべき責任から逃げたというのもあった。
けれど同時に、もう自分の関わる誰かが、自分の判断と行動によって誰かが死ぬのを見たくないと強く思った。
だからアーネストは竜騎士という立場から、責任から逃げたのだ。
灰色の空に複数の騎竜達が飛び立って行き、遠ざかっていく。
彼らの向かう先には、死がある様に見えた。詳しい状況は届いて来ていないため、そうなる確証があるわけでない、けれどアーネストにはそうとしか見えなかった。
また、人が死ぬ。
もし、アーネストが竜騎士としてこの場に立っていたのなら、彼らを止める事が出来たかもしれない。
もし、アーネストが彼らの前で竜騎士であったことを示していれば、彼らを止める事が出来たかもしれない。
たらればの話が次々と浮かぶ。そしてそれらは、アーネストのかつての判断と、今の行動が、この状況を作り出している事を示していく。
「は、ははは……」
また、人を死なせてしまう。
乾いた声が喉の奥からこぼれる。
『ちっくしょおお!!』
柄にもなく大きな声を上げ、アーネストは固い石畳の地面を殴りつける。
(違う、そうじゃない。俺はまだ、出来る事があるはずだ!)
アーネストは立ちあがると、竜騎学舎の校舎の向こう、教員寮へと駆け出した。
(まだ、残っていたはずだ)
勢い良く、自室として割り当てられた寮の扉を開く。勢いを殺し切れず、そのまま転がり込むように部屋の中へと入る。
そして、四つん這いになりながら、部屋の片隅にあるクローゼットに駆け寄り、扉を開く。
少ない私服と正装が掛けられらクローゼットの奥には、鈍く光るものがあった。
綺麗な装飾が施された一振りの剣と、卵の殻に穴をあけて作った簡素なペンダント。それから、手入れを怠り、少し色が鈍くなった竜騎士の標準装備一式。
クローゼットの奥に仕舞い込んでおいた、それらに手を伸ばす。
通信用の魔導具を耳と、今着ている衣服の襟に付け、落下対策のベルト型の魔導具を締め、そこに付けられたホルスタに、簡単な動作確認と残弾を確認した竜銃を差し込む。
防具は時間が惜しいため装備せずにおく。学生達が戦闘に参加するのを止められればいい。
最後にクローゼットの奥底に立てかけられた、竜騎士の証として頂いた剣を乱暴に掴み取る。
卵の殻のペンダントがクローゼットの底に落っこちる。
準備を終えると、クローゼットを閉じ。急いで竜舎へと引き返した。
竜舎にはまだ騎竜となっていない飛竜達が何体か残っているはずだ。それを借りれば一時的に竜騎士としての体裁が保たれる。そうすれば学生達もアーネストの言葉を聞いてくれるはずだ。
そう判断し、アーネストは竜舎へと急ぐ。
何度か転びそうになりながら、必死に走る。
「アーネスト?」
途中、竜騎学舎と竜舎との間の道でアルミメイアとすれ違う。けれど構っている時間は無い。アーネストはアルミメイアを無視し、竜舎へと向かう。
そして、飛竜達がいる竜舎の飼育小屋へと駆け込む。
竜舎の中には予想通り、騎竜に選ばれていない飛竜達がいた。その殆どがまだ若く騎竜としての体力を持たないもの達だが、それでも何体かは正規の騎竜として使えるほどのもの達も混ざっていた。
一度呼吸を整え、
飛竜は、干し草の引かれたケージの中で体と顔、それから翼を小さくたたみながら、眠っていた。
アーネストが近付いていくと、足音で存在に気付いたのか目を開き、ゆっくりと首を上げアーネストを見返す。そして――
『グオオオォォ!!』
飛竜は唐突に怒りの咆哮を上げた。
口を大きく開き、牙を覗かせ、身体を起こし、狭い竜舎の中であるにも関わらず、出来る限り翼を広げ身体を大きく見える様にしながら怒りの咆哮をアーネストへ向けて発した。
それは、拒絶だった。
飛竜が主でないものや、受け入れられない者に対して行う行動だった。
それ以上近付くと噛み殺すという様に、何度も怒りの咆哮を上げ、牙を覗かせる。
その咆哮に気付いた飼育員たちが、呆然とするアーネストの体を掴み「危ないですよ、下がってください」と飛竜から遠ざける。
飛竜とアーネストの距離が十分なほど開いても飛竜はしばらくの間、アーネストに怒りの咆哮を発し続けた。
お前に竜騎士を名乗る資格はないと告げる様に、怒りと拒絶の色を滲ませ、飛竜は咆哮を発し続けた。
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