第16話「はいいろのそら」
『ブレス来るぞ! 散会しろ!』
護衛の竜騎士の無慈悲な声が耳に付けた魔導具を通して響く。リディアはその唐突な声を聴き、手綱を操りどうにか操作を間に合わせる。
目の前で白い泡のような物が弾け、辺りを真っ白な冷気で満たされる。どうにか操作を間に合わせたつもりだったが、それで間に合わなかったらしい。急速に冷やされた冷気が体の一部を包み込み、焼けたように刺すような痛みが体に走る。
同様に悪竜のブレスを浴びたヴィルーフが痛みに悶える咆哮を上げ、身体を大きく揺らす。リディアは振り落とされないように、手綱にしがみ付き、ヴィルーフが体勢を整えるのを待つ。
「大丈夫か?」
体勢を整えると、ブレスの直撃を案じたのか、クリフォードが自身の騎竜を近付けリディアに声をかける。
「大丈夫です。これぐらいなら」
未だに残る体の痛みに耐えながら、リディアはどうにか答えを返す。
目の前に広がる光景は絶望の色で満たされているようだった。
飛行速度で劣る飛竜に騎乗する竜騎士達は、すぐに悪竜に追いつかれてしまった。幸いまだ編隊の形を保ってはいるが、それはすぐに包囲される事を意味していた。
後方、上下左右、それぞれに複数の悪竜が位置取り、じわじわと距離を詰めながらブレスを浴びせてくる。完全な直撃こそないが、範囲の広いブレス攻撃を完全に避けきる事は難しく、少しずつ、少しずつ削られていく状態だった。
目の前に紅い閃光が走る。それにより編隊の前を取ろうとした悪竜が旋回し、攻撃を躱す。
今はどうにか、竜銃の攻撃による牽制で正面を取らずに済んでいるが、それでも残り弾数から時間の問題と言えた。
「ど、どうにか、反撃できないんですか?」
震えた声でオズウェルが尋ねる。
「この数の差だ、飛び出した瞬間餌食にされるぞ!」
「ひいいぃ」
「援軍はまだ来ないのですか?」
今度はメルディナが問いかける。
「距離的にもうすぐ来るはずだ」
前へと視線を向けると、けれど目の前に広がるのは灰色に染まった曇り空だけで、援軍の影なの少しも見当たらなかった。それは見捨てられたのではないかと、ひどく不安にさせるものだった。
リディアは強く歯を食いしばる。自分はお飾りではなく、れっきとした竜騎士に成るために竜騎学舎へ来たのだ。この程度の状況で、怖がり、不安になってはいけない。そう思った。けれど、身体は言う事を聞いてくれず、初めて味わう死という恐怖に震えだし、押さえつけるので精一杯だった。
『グオオオォォ!!』
リディアの恐怖を感じ取ったのか、ヴィルーフが励ますような精一杯の咆哮を上げる。
「大丈夫だ。お前たちは俺らが必ず生きて返す。だから安心しろ。お前たちは死なない!」
何の保障もない、ただの励ましと取れる言葉を護衛の竜騎士が掛ける。けれど、それでも何も無いよりかはましという様に、折れかけた心を繋ぎ止めてくれるには十分な言葉だった。
視界の端でキラリと青白い光が走った。悪竜が冷気のブレスを発するときに走るものと酷似した光。リディア即座に光が走った方向――正面へと目を向ける。
けれどそこには何もなかった。不安を煽るような何もない灰色の曇り空が広がるだけだった。
そして、何もない場所からあの悪竜が吐く、白い泡のような球が発射された。目標はリディアたちの編隊の中央。ちょうど正面からすべてを包むような位置だった。
『ヴィルーフ!!』
ありったけの声で叫び、リディアは手綱を引きヴィルーフに回避行動を取るように指示を飛ばす。
目の前で白い球は弾け、冷気が辺りを襲う。リディアとヴィルーフはそれを回避する。護衛の竜騎士達も先ほどの光に気付けたのか、どうにか回避行動を間に合わせ、避けていた。けれど、攻撃事態は突然であったため、指示が間に合わず全員が気付く事は無く、クリフォードとメルディナがブレスの直撃を受ける。二騎のちょうど真後ろに付いていたフィルは、運よく二騎が遮蔽になり直撃を免れ、中心から外れていたオズウェルとイオンも運よく直撃を避ける。けれど噴き出した冷気は依然と三騎の体に外傷を与え、動きを乱れさせる。
(一体、何が!?)
目の疑うような光景だった。何もない所から悪竜のブレスが発射されたのだ。
その答えは、すぐに判った。
先ほどのブレスが発射された場所、正面の何もない場所がまるで乾いた絵画の絵の具が、パリパリと剥がれ落ちる様に剥がれていき、その下から鈍く青白い鱗に覆われた悪竜が姿を現した。それも、一体だけでなく、一体、二体と最初に姿を現した悪竜に続くかのように、景色が剥がれ落ち姿を現す。
『
悪竜は飛竜と同様に、ブレス攻撃という特殊な能力を持つがそれ以外は特に変わった能力を持たず、獣より少し高い程度の知能を持つ魔獣とされていた。そのため、魔法などを扱う能力も知能も無いとされ、人を襲うため危険度は高いが脅威はそれほど高くは無いとされてきた。けれど、目の前の出来事はそれらを否定するものだった。
『呆けるな! 迎撃しろ! 包囲されるぞ!!』
耳に付けられた魔導具から護衛の竜騎士の怒鳴る声が響き、リディアは現実へと意識が戻される。
一発、二発と竜銃から発射された閃光が走り、目の前に現れた悪竜を散らしていく。
「た、助けて……」
そして、目の前に気を取られている時に、メルディナの震えた弱々しい声が耳の魔導具から響く。
メルディナの姿を探し、目を向ける。ブレスの直撃を受け、体勢を崩し編隊から外れた彼女の元に、餌に群がる家畜の様に悪竜達が集まって来ていた。
メルディナの涙を浮かべた顔が目に映る。凍てついた体でうまく動けないのだろう、メルディナの騎竜がもがくが、それでも高度を落とし、編隊から遠のいていく。
「クッソ。味方が遮蔽になって、射線が……!」
頼みの綱の護衛の竜騎士から、そんな残酷な言葉が発せられた。
距離にして20
けれど、リディアは動くことが出来なかった。
一番早くメルディナに近づいた悪竜が口を大きく開き、牙を覗かせる。視界の端で、どうにか体勢を整えたクリフォードが、メルディナへと手を伸ばす。
そして、赤い、紅い――何かが視界を覆った。
それは炎だった。
『グギャアアアァァ!!』
悪竜の断末魔の様な声が上がる。そして、正面から進行方向とは逆の方角へと向かって紅い影が、炎を突き破り悪竜に食らいついた。
それは赤黒い鱗に覆われた騎竜だった。
『お前ら無事か!?』
慣れ親しんだ男の声が耳の魔導具から響く。
炎竜騎。火を吐く赤い騎竜ガリアを駆る竜騎士ヴェルノ・ブラッドフォードの声だった。
前方から一つ、二つと閃光が走り、追撃をかけようとする悪竜達を散らしていく。
前方からヴェルノとは別の竜騎士の姿が映る。
「ヴぇ、ヴェルノ先生ぇ!」
感極まった声でオズウェルが叫ぶ。
「まだ安心するのは早ええぞ」
ガリアが力強く悪竜の首筋を噛み千切ると、それを投げ捨て器用に旋回し、どうにか体勢を整え始めたメルディナの横に付く。
ヴェルノ随伴で来たもう一人の竜騎士は、続けて竜銃を放ち悪竜達を編隊から遠ざけつつ、旋回し編隊の先頭に付く。
「ヴェルノさん。来てくれたんですか!?」
驚きと安心の混ざった声で護衛の竜騎士がヴェルノに声をかける。
「おう、数は少ねえが助けに来たぜ」
ヴェルノは護衛の竜騎士に笑って答えを返す。それで安心したのか護衛の竜騎士は安堵の息を付く。
「お前ら良く持ちこたてくれた。さすが俺の教え子だ」
「いえ、危ない所でした。助けていただきありがとうございます。
それで、状況は……」
「今、ディオンの奴が先導して、学生たちを竜騎学舎へ戻るように指示してる。それと同時に手が空いた竜騎士達をこっちに向かわしてもらってる。
それから近くに駐屯する竜騎士団から援軍が来ることに成った。
あと少し耐えれば助かる」
「あと、少し……ですか」
あと少し。それがどれくらいの時間かははっきりとしない。そして、その言葉が重くのしかかる。ヴェルノと共に合計二騎の竜騎士が合流したが、いまだに絶望的な数の差がある事には変わりない。
『おっし、お前ら! あともう少しで、援軍の本体がたどり着く! それまで意地でも生き残れ! いいな!!』
鼓舞するように大きな声で、ヴェルノが声を発し、それに呼応してガリアが咆哮を上げる。
「「はい!」」「「おう!」」
先ほどまでの絶望を振り払うかのように、学生たちと護衛の竜騎士達も声を張り上げ答えを返す。
そんな中、リディアは恐怖で竦み動けなかった事への悔しさから、口を閉ざしたまま手綱を強く握りしめた。
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