第9話「飛竜の力」
決闘開始時刻の1時を告げる鐘の音と同時期、ブレットの騎竜である飛竜が大きな咆哮を上げ、大きく踏み出しその鋭く大きな顎をアーネストへ振り下した。
大きな衝撃音と砂埃を巻上げ、飛竜の強固な頭部が、地面を叩き運動場を穿つ。巻き上げられた砂埃で視界が埋め尽くされる。
あまりにも容赦のない一撃。人を容易に死に居たらさえる一撃だった。
飛竜はその巨体故に、人とは比べもののない程の力を持ち、非常に硬い鱗を持つ。そして、巨体でありながら非常に機敏な素早さを持つ。リーチに力、素早さ、どれをとっても人が飛竜に敵うものはない。それ故に人が飛竜に敵う事は無いとされ、それを操る竜騎士が他の騎士などに負けることが無い理由だった。
騎士と竜騎士の決闘。大きな力差がある戦いの為、皆ある程度の手加減をするものと思っていたのだろう、そうとは思えない必殺の一撃に、観戦していた生徒達からざわめきの声が響く。中には悲鳴を上げる者さえいた。
「ブレット! 貴様、何をやっているか判っているのか!?」
あまりの出来事に、抑えきれなくなったリディアが抗議の声を上げる。
「立場の違いを判らせただけだよ。部を弁えない奴は、痛手を負う事。場合によっては死ぬことだってあるってことをね」
ブレットは涼しげな表情で答えを返した。
「貴様――!」
怒りのあまりリディアは身を乗り出す。しかしそれは後ろから服の裾を掴まれ止められてしまう。
抗議しようと後ろを振り向くと、そこにはアーネストと一緒にいた少女――アルミメイアがリディアの服を掴んでいた。
「まだ終わってないよ」
静かな声でアルミメイアはそう告げた。
「あれで人が生きている訳はない。このような虐殺、許されるわけはない。離せ!」
「血の匂いがしない。それに、肉が裂ける音も、骨が砕ける音もしなかった。さっきの一撃は外れだよ」
リディアの抗議の声にアルミメイアはそう淡々と答える。
『グルルル』とブレットの騎竜が威嚇するように喉を鳴らす。
アルミメイアの返答が正しかったのか確かめようと、リディアは先ほどアーネストが立っていた場所へと目を向ける。
少しずつ砂埃が晴れていき、先ほどの場所がはっきりと見えるようになっていく。
アーネストが立っていた場所に――人影が立っていた。
アーネストは傷一つ負うことなく、剣を両手で握りながら立っていた。
先ほどの攻撃で無事だったことに、さすがに驚いたのかブレットは一瞬だけ驚きの表情を浮かべ、すぐに取り繕う。
「まさか無事だったとはな。さすが竜騎学舎の講師になるだけあって、少しは優秀なようだ」
無事なアーネストを見て取ると、ブレットはそう再び挑発するかのように言う。
「認めてくれてありがとう。それで、竜騎士様の力はこんなものなのですか?」
アーネストはその挑発に皮肉を込めて答える。
「さっきのはほんの挨拶だよ。すぐに判らせてやる。力の差をね」
ブレットが言い切ると、再び彼の騎竜が咆哮を上げる。
アーネストは一度大きく深呼吸をして、両手で握った剣に力を込める。
先の程の突然の攻撃は、少し不意を突かれる形となり冷や汗をかかされたが、どうにか避けることが出来た。
ブレットの騎竜である飛竜が再び咆哮を上げ、再度攻撃を仕掛けてくる。アーネストはその攻撃をぎりぎりまで引き込み、寸前のところで間へと踏み出し、乗り出した飛竜の頭部の側面から懐へと潜り込み攻撃を避ける。
ブレットの騎竜は噛みつくために突き出した顔を大きく振る様に引っ込め一歩後ろへと下がると、再びアーネストを見定め、攻撃を仕掛けてくる。三度目の攻撃に対してアーネストは、剣で攻撃をはじくようにしながら、先ほどと同様に襲い掛かる攻撃の側面から懐へと潜り込みながら攻撃を躱す。
二回、三回とさらに騎竜が攻撃を仕掛けてくる。その攻撃をアーネストは的確に躱していく。それを目にしたブレットは少しずつ表情を歪ませていく。
飛竜は驚異的な身体能力を持つ。けれど、それだけしかない。ヴェルノのガリアの様な特殊な個体を除き、ブレス攻撃などの特殊攻撃を持たない。さらに、牙以外の攻撃部位を持つ個体もほとんどいないため、連続攻撃も得意ではない。
本来飛竜は、一撃必殺と飛行能力を基本とした一撃離脱の戦法を得意とし、地上での近接戦闘はまずすることは無く、得意としない。けれど、そのような事、竜騎学舎に入学して間もない、飛竜を与えられたばかりのブレットが知るはずがなかった。また、もし地上での近接戦闘になった場合、死角が多くなる騎竜の死角を竜騎士がカバーする立ち回りも、知りはしなかった。
ただ騎竜に跨り、地上に居る状態で攻撃を行わせるだけの竜騎士なら、圧倒的な能力を持っていようと勝てないほどではなかった。それでも、一歩間違えれば大怪我、もしくは死に至るほどの攻撃を持つためにアーネストは慎重に事を運ぶ。
一撃、一撃を確実に躱しながら、相手の騎竜の能力の程を確かめていく。
身体は通常より少しばかり大きく、その分力強い。反面、通常の飛竜に比べ反応が遅い。プライドが高そうなブレットが選びそうな、外見から強い威圧感のある飛竜だった。
一撃、一撃、さらに攻撃を躱していき飛竜の間合いの長さ、攻撃の速度を把握し終えと、アーネストは一度距離を取ると、大きく息を付く。
「なんだ、逃げるのか? 勝てないのなら大人しく降参したらどうだ?」
距離を取ったアーネストを見ると、苛立ちのあまりブレットが煽る様にそう告げる。けれど、深く集中したアーネストの耳に届くことは無く、無視するアーネストを見てブレットは舌打ちを飛ばす。
一度威嚇するように騎竜が咆哮を上げる。そして、大きく口を開き、地面を蹴って駆け出しながらアーネストへ向けて突撃をかける。反撃を考慮していないような大振りの攻撃だった。
願ってもない隙の大きな攻撃に、アーネストも迎え撃つように駆け出す。
間合いの長い飛竜が先にアーネストを捉え、噛みつこうと首を伸ばす、アーネストはそれを弾くかのように剣を振るい、相手の頭部の側面を抜けて、懐へと潜り込む。そして、そのままさらに肉薄しながら跳躍し、飛竜の膝を踏み台にし、流れるように素早く飛竜の背後――ブレットの背後に飛び乗り、ブレットの首筋に冷たい金属製の刃のない剣を当てる。
一瞬の出来事にブレットは大きく驚きの表情を浮かべ、それから何をしたらいいのかわからないかのように口をパクパクと開閉させた。
「聞こえませんね。もっと大きな声でお願いします」
アーネストは負けを認める言葉を促すように、ブレットにそう告げる。
ブレットはようやく口にするべき言葉が見つかったのか、一度大きく口を開いた後、唇をかみしめ、再度口を開いた。
「ま、負けました」
弱々しく震えた声でブレットは負けを認めた。それを聞いたアーネストは、そっとブレットの首に当てていた剣を降ろす。
『グオオオォォ!!』
怒り狂ったような咆哮を、ブレットの騎竜である飛竜が上げた。
主でもない人間が許可なく背中に乗ったからだろう。怒り狂ったかのように暴れ出し、背中のアーネストを振り落とそうと身体を震わせる。
さすがに危険と感じアーネストはすぐに騎竜の背中から飛び降りる。騎竜に騎乗したままのブレットは、恐怖のあまり身体を硬直させ、しがみ付く様に騎乗していた。それが幸いし、振り落とされずに済んだようだ。
アーネストが地面に着地すると飛竜は、アーネストを見定め、震わしていた身体を止め、怒り狂ったように大きな咆哮を上げる。
身体の奥底の、遺伝子に組み込まれた恐怖を呼び覚まさせるような竜族の咆哮。それをアーネストはどうにか耐え、身体を落ち着かせる。
初めて目にする本気の怒りを露わにした飛竜の姿に、多くの生徒たちが恐怖し、腰を抜かす人もいた。
(まずいな……)
箍が外れ始めた飛竜の姿を見て、このまま観戦していた生徒に被害が出かねない。そうなった場合、恐怖で動けなくなっている者達は逃げようがない。
状況確認のために一度生徒たちの方へ目を向ける。観戦していた生徒のうち上級生たちが、状況の危険性を認識したのか他の生徒たちに避難を呼びかけ、人を呼びに動き、動けない人を移動させ始めていた。
さすがの上級生たちの動きに、ほっと胸を撫で下ろす。
『グオオオォォ!!』
響くような咆哮を飛竜が上げ、強制的に意識をそちらへと向けさせられる。アーネストが飛竜へと目を向けると、飛竜は完全にアーネストを敵と認識したのか、怒りの目を向けていた。
(さて、どうしたものか……)
飛竜へと向き直り、剣を構えながら対策を考える。先ほどの決闘なら、負けを認めさせるために竜騎士をどうにかすればよかったが、今は飛竜をどうにかしなければならない。固い鱗に覆われた飛竜相手には刃の付いた剣でさせ攻撃が通りにくく、そう簡単に無力化できない。
飛竜が大きく踏み込みアーネストへ向けて牙を振り下してきた。アーネストは考えを途中で切り上げ、ギリギリのところで攻撃を躱す。
アーネストが攻撃を躱すと、飛竜は即座に体制を立て直し、追撃を行う。それをアーネストは剣で弾きながらどうにか躱す。
先ほどと異なり、鋭く素早い形振り構わない一撃。あれこれ考えながらでは到底避けきれはしなさそうだった。
二撃、三撃とどうにかこうにか躱していく。先ほどとは異なる獲物を仕留め勢いで襲い掛かる飛竜に、気圧され、大きく息が上がる。状況を打開しようと思考をめぐらせ、辺りを見回そうとするが、それよりも早く飛竜が襲い掛かり、回避を迫らさせる。
回避の際の少しの体制の崩れが、それを補おうと避ける際にさらに体制を崩させる。少しずつ、少しずつ状況が悪くなっていく。
「アーネスト!」
助けようとしているのか、アルミメイアが運動場へと飛び出し、こちらへと駆け寄ろうとしていた。
「来るな!」
大きな声でアルミメイアに静止を呼びかけ、止めさせる。
目の前で火花が散る。ぎりぎりまで迫った飛竜の牙を、剣で受け止め、流す。ミシミシと飛竜の強大な力に押され、アーネストの両腕が悲鳴を上げる。
ピキ。飛竜の強打に耐えられなくなった剣が、大きく歪んでいき――ヒビが入るのが目に映る。もう、限界が近いようだった。
赤い何かが視界の端をかすめる。飛竜が大きく口を開き、攻撃を避け体制を整いきれていないアーネストに襲い掛かり――大きな地響きと共に、アーネストの視界が砂埃に覆われた。
砂埃に向こうに赤い飛竜の影が見えた。ヴェルノの騎竜であるガリアの姿だ。ガリアは空から一気に降下してきたのか、両翼を高く上げ、両足でうまくブレットの騎竜を組み伏せていた。
「貴様ら、何やってる!」
ガリアに押さえつけられ、ブレットの騎竜が動けなくなるのを確認すると、ガリアの背中からヴェルノが怒声を響かせながら、辺りを見回す。
それに対しブレットがのろのろと、ガリアと押えうけられている騎竜の間から顔を出しながら、涙を浮かべ声を震わせながら答えを返す。
「こ、こいつが、お、俺に暴力を振るったんだ!」
何とも情けない答えだった。
「ほう。アーネスト。詳しい話を聞かせてもらおうじゃないか」
鋭い視線でアーネストを睨みながら、冷たい声でヴェルノはそう告げた。
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