第8話「不完全な騎士」

 アーネストの竜騎学舎へと来てから一月ほどが経ち、ようやく講師生活に慣れ始めてきていた。


 それでも未だに生徒たちのアーネストに対する態度は改善されず、悩ませる問題のままだった。


 そろそろ真面目に状況を改善していかなければ、アーネストの講師としての能力を問題視されかねない。


 所属する騎士団も、使える主もいない今のアーネストにとって、それは非常にまずい事態だった。


(出戻り……許されるかなぁ)


 最悪の事態として、竜騎学舎の講師としての職を解任させられたとき、元いた騎士団が受け入れてくれるかどうか、少しだけ考えてしまう。


 けれど竜騎学舎へはかつての恩師であるヴェルノの強い頼みを受けてやって来ただけに、その期待を裏切りたくないという思いから、後ろ向きの考えは捨てることにする。


(でも、どうしたものかな……)


 ぐるぐると頭の中で思考をめぐらせるが、一向に良い答えは出てきそうになかった。


 そんな風に答えの見えない思考を続けながら、教員寮と本館を繋ぐ渡り廊下を歩いていると、テトテトと本館の方からこちらへ向かって駆け寄ってくる少女の姿が目に入った。アルミメイアだ。


「アーネスト、今日は暇か?」


 アルミメイアはアーネストの元へと駆け寄ると開口一番にそう訪ねてきた。


 先日ちょっとした衝突があったものの、アーネストとアルミメイアの関係は悪化することは無く、それどころかアルミメイアの方から少し踏み込んであれこれと尋ねてくるようになったためにだいぶ接しやすくなっていた。


「今日は休日だし、もう……予定はないかな」


 早々に片付けなければいけない仕事などがなかったか記憶を探りながら、アーネストは答えを返す。アーネストの答えを聞くとアルミメイアはほっと胸を撫で下ろした。


「そうか、なら丁度よかった。お前に頼みたいことがある」


「頼み?」


「ああ、お前にこの街の案内を頼みたい」


「街の案内って、なんで今更?」


 アルミメイアが竜騎学舎で生活するようになってから三週間ほどが経った。その間、空いている時間などを利用して、生活していく上で必要最低限の知識は教えてきたつもりだ。その中で一度竜騎学舎周辺の街の案内もしている。それをもう一度必要にしているのか疑問に思いアーネストは問い返した。


 アーネストに問われるとアルミメイアは少し考える素振りを見せた後すぐに口を開く。


「わかっていると思うが私はこの辺りの生まれじゃない。だから、この街の事、社会の仕組みなんかの多くの事を知らない。だから、それをもっと詳しく知りたい、教えてほしい」


 アルミメイアはじっとアーネストを見定め、真剣な声音で答えを返す。


「わかったよ。案内してあげるよ」


 こうも真摯に頼み込まれては、断るなんてことが出来るわけもなく、アーネストは素直に了承を返す。


「そうか、よかった」


 アーネストが了承するとアルミメイアは嬉しそうな笑顔を浮かべる。それにつられアーネストは小さく笑顔を浮かべる。


「準備をしてくるから少し待っていてくれ」


 アーネスト出かける準備をするために踵を返し、教員寮の方へ戻ろうとする。


 ちょうどその時だった。



『ふざけるな! なぜ私があなたと休日を共にしなければならない!』



 本館の方から女性の怒りの声が響いた。アーネストが声のした方向に、足を止め視線を向けると、そこにはリディアと、彼女と対峙するように男子生徒とその取り巻きの男子生徒数名の姿が目に映った。


 男子生徒たちの中心にいたのはアーネストの最初の授業で、ふざけた態度をとっていたブレット・ナルディエーロだった。


「だから先ほど訳を言ったじゃないか。僕たちは共に王国の重要な役割を担う大貴族、ナルディエーロとアルフォードの生まれだ。将来王国をより良く導くためには、我々二つの家の連携は必須。そのためにナルディエーロを背負って立つ僕と、アルフォードの長女である君が良き関係を築くのは必然ということだよ」


 ブレットは大仰しい仕草で、歌うような大きな声でそう告げていた。


「確かに王国の安定には、ナルディエーロとアルフォードが友好な関係を築く事は必要だろう。けれど、それと私たちの関係は別だ。


 そもそもあなたはナルディエーロの三男で、家督を継ぐのは長男のバクストン様だったと記憶していますが?」


 ブレットの物言いに、少し敵意をにじませた声でリディアは反論を返す。


「僕はいずれ王国を代表する竜騎士の一人になる。そうなれば、父様は部屋にこもりきりで書類仕事をこなすだけの兄ではなく、僕に家督を継がせるはずだ。


 なら僕と君とでよい関係を築くのも、悪くはないだろ?」


 そう口にしながらブレットは、リディアの方に手を伸ばす。


 ハシン。リディアはブレットの手を叩き落とす。


「女性騎士風情で、何のつもりだ?」


 リディアの対応に怒りをあらわにした声で喋り、ブレットはリディアを鋭く睨みつける。


「女性であっても竜騎士であるならば、その地位は男性と変わりません。私とあなたで立場にそれほど差はないはずですが?」


 ブレットの物言いに怯むことなくリディアは睨み返す。


 一触即発の嫌な空気をリディアとブレットは醸し出していた。それを目にしたアーネストは見て見ぬふりが出来るわけもなく、どうするべきか少し考えてから、ため息を一つ付いてから二人の方へ足を向け、歩き出した。


「何をやっているんだ? お前たち」


 アーネストはリディアを取り囲む容易にしている生徒たちに声をかけた。


 声をかけられブレットはこちらへ視線をむけ、アーネストの姿を確認すると、一度あざ笑うかのような笑みを浮かべる。


「ただの世間話だよ、先生。あなたには関係ありません」


 まるで見下すような物言いでブレットは答えを返した。


 アーネストは別の答えを求めてリディアの方へと視線を向ける。リディアはそれに対し、あなたは関係ないと言うように、鋭い視線を返した。


「どう見てもただ世間話をしている様には見えなかったんだがな」


 拒絶を示されたが今更引き下がるわけにもいかず、アーネストは食い下がる。


「お前は関係ないと言ったはずだよ。たかが騎士風情が、侯爵で竜騎士の僕の言葉が聞けないのかな? ああ、君みたいな騎士には立場の差が理解できないかな」


 ブレットはそう答えるとクスクスと笑い。それに乗じて取り巻きの生徒達も笑う。


(よくもまぁ、ここまで屈折できるものだ)


 そんなブレットの態度にアーネストは怒りと呆れを通り越して、逆に感心してしまう。


 そして、どう切り返すべきか考える。


「そうですね。私にみたいな騎士には、あなたの様な方の素晴らしさを上手く理解できません。なので、見せてくれませんか? 貴方様の力を、侯爵、いや〝竜騎士〟としての力を」


「ほう?」


「決闘しませんか? それで目せてください、貴方様の力を」


 一度下手に出て、それから煽るようにして決闘を申し出た。アーネストの言葉を聞きリディアが何かを言いたそうに身を乗り出すが、アーネストは手を伸ばしそれを遮る。


「貴様、騎士が竜騎士に敵わない事を知らないわけではあるまい?」


「話だけなら、知っていますよ。けれど、経験としては知りません。それに、すべての面において騎士が竜騎士に劣っているとも思えませんので。


 私の剣術の授業が必要ないという、貴方様の力、ぜひ見させてください」


「いいだろう。なら見せてあげるよ、格の違いと言うやつを!」


 アーネストが言い終えると、ブレットは手拍子で返事を返してきた。


「開始時刻は今日の1時。場所は第二運動場。逃げるなよ」


 そう一方的に言い残し、ブレットとその取り巻きはその場を後にしていった。



「おい」


 決闘の時刻少し前、第二運動場の周りには多くの生徒の姿があった。


 どこからか聞きつけたのか、はたまたブレット自身かもしくはその取り巻き達が触れ回ったからだろう。アーネストとブレットの決闘の話は広く広まっていた。


「おい!」


 注目の集まる第二運動場の隅でアーネストは、金属プレートでできた軽装鎧を着こみ、金属製の刃の付いていない訓練用の刀剣を手に準備運動を始める。


「おい、アーネスト!」


 先ほどからアーネストに声をかけ続けていたアルミメイアが、ようやくしびれを切らし準備運動を始めたアーネストの肩を掴んだ。思った以上に力があるのか、掴まれたかたが少し痛い。


「な、なんでしょう……」


 できるだけ目を合わせないようし、無視をしてやり過ごそうかと思ったが、それで流せるわけはなかった。


「アーネスト、今日私に街を案内するという話はどうなったんだ?」


 シド目で感情を感じさせない淡々とした声音で、アルミメイアは尋ねてきた。


「ごめんなさい」


 こちらに圧倒的非があるため素直に謝ることにして、アーネストはアルミメイアに向かって頭を下げる。


「確かお前は、人と人とは交わした約束事を守ることで社会を成り立たせていると話したな」


「そうですね」


「そしてお前は、人は約束事を破った時、罰、賠償を支払うと話したな」


「そ、そうですね……」


「この埋め合わせはしっかりしてもらうからな」


 目にアーネストが諭した言葉を借りながら、アルミメイアは冷たく非難するように告げた。自分が教えた教えを、自ら破るような行為を行うのは教育者として如何なものかと強く反省させられた。


 とりあえずアルミメイアは許してくれたようだ。


「それで、君も何か言いたいことがあるのかな?」


 下げていた頭を上げアルミメイアの少し後ろの方に視線を向ける。そこには先ほどからディアが少し申し訳なさそうな表情をさせながら、何か言いたそうに立っていた。


「なぜあなたが矢面に立つのですか? これ私達の問題であなたは関係ありません」


 リディアは咎めるような声で答えを返す。


「家の関係とか、そういうのは確かに俺には関係ないな。


 けど、竜騎学舎の生徒間の問題に対処するのは講師の仕事でもある。だから、完全に無関係って訳ではないよ」


 アーネストがそう返すと、再び何か言い返すかのように口を開こうとする。けれどそれよりは早くアーネストは口を開き、リディアの言葉遮る。


「それにこれは、素行の悪い生徒を指導する目的で申し込んだようなものだから、むしろ君の方が無関係になるかな」


 アーネストが言い終えるとリディアは開いた口を閉じ、今度は不安そうな表情を浮かべて口を開いた。


「けれど……相手は学生とはいえ竜騎士ですよ。あなたが北方剣武大会で優勝するほどの騎士とはいえ、騎士では絶対に竜騎士には勝てません。それを判っているのですか?」


 非難するようにアーネストの愚行を責める。


「確かに通常なら騎士が竜騎士に勝つなんてことはまずないだろうな。けど大丈夫だって、勝算が無いわけじゃ無い」


 不安を払しょくさせるかのように軽く笑って答える。それが逆効果だったのかリディアはより一層不安そうな表情になる。他の新入生以上に飛竜と接する時間が長く、それだけ飛竜に詳しいためかリディアはアーネストの言葉を信用できなかったのだろう。


 バサ、バサ。と大きく翼を羽ばたかせる音が響く。そちらへ眼を向けると、予定通り騎竜に跨ったブレットの姿があった。


 ブレットの騎竜は砂埃を巻上げ、小さく地響きを鳴らしながら着地する。


「どうやら逃げずに来たようだな。その勇気だけは褒めてやるよ」


 大仰しく騎竜に跨ったブレットが、挑発するように大きな声で投げかけてくる。


「生身相手に騎竜を持ち出してくるとは、ずいぶんと器量が小さい竜騎士様だ。恥ずかしくないのか?」


 アーネストも煽る様に答える。


「ふん。竜騎士としての力を見せろと言ったのは貴様だろ? それに、たとえ弱者でも全力で相手にしなければ、それは逆に失礼だろ。


 何ならお前も騎士ご自慢の愛馬を持ち出してきてもいいんだぞ」


 挑発に乗って生身で相手をしてくれれば、対処が格段にしやすくなったのだが、さすがにそこまで馬鹿ではないみたいだった。


「悪いけど、俺は馬に乗れないんだ」


 アーネストがそう返すと、ブレットは一度驚きの表情を浮かべると、その後大きく笑い声をあげた。さすがに『馬に乗れない騎士』ということが衝撃的だったのか、周りの観戦者たちも馬鹿にしたような笑い声をあげる。


 事実、飛竜に乗れなくなってから、飛竜への騎乗に対する恐怖が頭にチラつき、馬にさえ乗れなくなってしまっていた。


「礼儀知らずの騎士かと思えば、騎士とすら呼べないような半端ものだったとは……。喜べ半端もの、貴様の人生で唯一の華、この俺に最初に負かされる栄誉を授けよう!」


 ひとしきり笑うと、ブレットはそう告げる。それと同時に彼の騎竜が『グオオオォォォ!!』と大きな咆哮を上げ、威嚇するようにその鋭い牙をチラつかせる。



 それと同時に決闘開始の合図を告げるかのように、竜騎学舎の時計塔が時報の鐘を鳴らした。

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