第7話「過去の記録」
『グオオオオォン』
飛竜の軽く威嚇するような咆哮が響いた。それに気圧され、近くに居た新入生らしき人影が散り散りに逃げ出す姿が見える。
『いいかお前たち、よく聞け!
飛竜は人の感情を敏感に読み取る。たとえ指示なしに人を襲わないよう訓練を受けていたとしても、恐れや不信感を持つ者を彼らは背に乗せることはしなし、近付けさせはしない!
恐れるな!
そして自分たちが主であることを示せ!
それが竜騎士になるための第一歩だ!
飛竜に認められないものは、竜騎士になど成れはしないぞ!』
逃げ惑う生徒たちを叱咤するヴェルノの声が響く。
昼食が終わってすぐの昼下がり。竜騎学舎の新入生たちは、裏手の竜舎の放牧場に集められ、そこで飛竜達を触れ合っていた。
今は竜騎学舎の新入生たちが、これから竜騎士として過ごすための騎竜を選ぶための時間だった。そのため多くの生徒たちは気合を入れ、より強力で逞しい飛竜を騎竜にするために意気込むと同時に、初めて間近で見る飛竜の恐ろしさに怯えていた。
竜騎学舎に入学したものは基本的に振り落とされる事はなく、卒業し竜騎士に成ることが出来るが、唯一例外としてこの時間を含む一定の期間内に飛竜を手懐け、騎竜を選べないものは竜騎士となれず退学しなければならないことになっている。そのためか多くの生徒が飛竜に怯えながらもどうにか手懐けようと必死になる姿が見えた。
そんな飛竜と生徒達の姿をアーネストは放牧場から少し離れた、放牧場全体が見渡せる位置に寝ころび眺めていた。
五年前アーネストが新入生だったころも、こうしてこの場で飛竜達を手懐けようとする他の新入生を眺めていた事を思い出しながら、アーネストは物思いに耽っていた。
まるで道具の様。そう口にしたアルミメイアの言葉がぐるぐるとアーネストの頭の中を巡っていた。
アーネストは自分たちが飛竜達を道具だとは思っていないし、そう扱ったつもりはないと答えたが、本当にそれが正しいのか疑問に思ってしまった。
飛竜は高い知能を持ち、人の言葉さえ理解すると言われる。一説によるとかつては独自の言語を持ち、それで会話をしていたとさえ言われる。そんな彼らが、今の境遇に納得しているのだろうか?
今の人と飛竜の関わり方は、本当に正しいのだろうか?
そう考えずにはいられなかった。
(俺があれこれ考えたところで、社会はそう簡単に変わりはしないんだけどな……)
所詮アーネストは田舎貴族の三男で、他だの騎士。社会に対する発言力も、影響力もない人間だ。そんな人間の考えたことなど、だれも賛同してはくれないだろうし、それで社会が変わるとは思えない。そんな諦めともとれる考え頭をかすめ、アーネストはため息とともに思考を止める。
「講師というのは随分と暇な仕事なのですね」
アーネストが物思いに耽っていると、どこからか声をかけられる。アーネストが声のした
方向へ視線を向けると、そこにはアーネストと同じように放牧場の生徒たちを眺めるリディアの姿が映った。
「授業以外だと、授業準備以外大した仕事はないからな。結構暇だよ」
リディアの問いかけにアーネストは軽く流すように答える。
「そう言う君は、新入生じゃないのか? ここにいて大丈夫なのか?」
「私にはもう騎竜がいますから、今は見学です」
「そうだったな」
先日見たリディアの騎竜ヴィルーフの姿が頭に浮かぶ。
竜騎学舎に入学する生徒の中には、リディアとヴィルーフの様に、何らかの形で予め騎竜を持った状態で入学してくる生徒が少なからずいる。かつてのアーネストもその一人だった。
「なあ、マイクリクス王国建国に付いての事は知っているよな?」
しばらく無言のまま放牧場を眺めていると、少しは会話がほしいと思いアーネストはリディアにそう問いかけた。
「どうしてそんなことを?」
リディアは当然ながら訝しそうに答えを返す。
「少し考え事をしていて、他人の意見がほしくなったんだ」
アーネストの返答にリディアは少し考えてから口を開いた。
「今から1000年ほど前に神聖竜レンディアスの力を借りた初代国王フェルディナンドが、この地の竜族たちを収め、平定し、建国した。
この国の、少なくとも貴族なら常識として知っていると思いますが?」
リディアは素直に答えてくれた。どうやら会話の相手をしてくれるらしい。
「竜騎士の誕生は?」
続けるようにアーネストはリディアに問いかける。
「初代国王がこの地を平定するとき、神聖竜との盟約の元竜族の力を借り戦場へと赴いた。それが竜騎士の始まりである」
連続しての質問に訝しげな声のまま、まるで教科書を朗読するかのような答えを返してきた。
「君は、これらについてどう思う?」
「どうとは?」
「何でもいいよ。気になる点。おかしな点。何か思うことがあったら聞かせてほしい」
半ば要領の得ない問いかけに、リディアは深く考えるように目を閉じ、口を開いた。
「作り話。張りぼての神話。そんなものはただ王室と竜騎士を神聖視させたいだけのおとぎ話としか思えません」
不敬罪とも取られかねない強烈な答えに、アーネストは口を引きつらせてしまう。
「ずいぶんと、遠慮のない物言いだね。でも、何でそう思った?」
けれど、今まで疑問に思わなかった神話に対してそれだけ強く批判を口にしたリディアの考えには強く興味が引かれた。
「まず神聖竜レンディアスという存在そのものが疑わしいです。神聖竜は建国神話には欠かせない存在ですが、その後の伝承、歴史書には子孫を含め一切その姿を現していません。そして、
それに神話に描かれる飛竜を含めた竜族たちはみな、高い知能を持って描かれています。もしそれだけの知能を持っていたとしたなら、今みたいに小さな竜舎で過ごす飛竜など生まれようがなかったと思うからです」
すらすらとリディアは答える。そのリディアの答えにアーネストはすごく納得させられた。けれど、同時に見過ごせない点があった。
竜は架空の存在。この捉え方に強く疑問を感じてしまった。
三年前の初陣の時、アーネストは確かに竜を見た。姿形に青い鱗の重なりなど、細かい部分をはっきりと思い出せるほど鮮明に覚えている。今までに何度かあの場所で見たものを知人などに話してきたが誰も信じてはくれなかったし、見た自分でさえ信じられないでいた。
あれは本当に、本物の竜だったのだろうか?
もし本物なら、かつて存在したと言われる神聖竜レンディアスが存在した可能性が高くなる。何せ、竜は架空の存在ではなくなるのだから。
もし神聖竜レンディアスが存在したのなら、今度は神話に描かれるような知能の高い竜族達はどうなったのだろう?
高い知能があったのならリディアの言ったように、アルミメイアが口にした道具の様な扱いを受けるようにはならなかったのではないだろうか?
リディアの言葉を皮切りに様々な疑問が浮かんできて、先の見えない暗闇へと思考がとらわれていく。
「参考になりましたか?」
しばらく答えを返さず考え込んでいると、少し怒ったような声でリディアは訊ねてきた。
「ああ、とても参考になったよ」
「そうですか」
リディアは答えると、興味を無くしたかのように口を閉ざし、二人の間に再び沈黙が降り立った。
「あなたは竜騎士に成らないのですか?」
しばらく放牧場を眺めていると今度はリディアの方から問いかけてきた。
「なんで?」
少しリディアの問いの意味が理解できずアーネストは問い返す。
「あなたは私のヴィルーフに触れて見せた。ヴィルーフは私以外の者をそう簡単に近付けさしたりなんてしません。それなのに、です。
北方剣武大会に優勝するだけの腕を持ち、竜を御せる人間を、たとえ出自が劣っていても拒みはしないでしょう。
そうすればあなたを馬鹿にする人はいなくなります。北方剣武大会に優勝するだけの力を持ちながら、誰にも評価されないのは嫌ではないのですか?」
リディアの改めての問いにアーネストは理解する。
竜騎士偏重のマイクリクス王国ではどれだけの剣技を持とうと、どれだけ馬術が優れ騎士の力を持とうと、竜騎士の前では何の評価もされない。たとえ北方剣武大会という周辺諸国の優れた騎士たちが集まる大会で優勝しようと、マイクリクス王国では竜騎士の下の地位である騎士という評価から外れることは無く、先日の授業の時の様に一部の竜騎士から見下されたままでしかない。もしアーネストが竜騎士として北方剣武大会に優勝していたら、王国で大々的に取り上げ、宮廷騎士団ひいては近衛などの役職に就けたかもしれない。竜騎士であるかそうでないかの差は大きい。
アーネストが竜騎士に成って見せれば先日の生徒たちを見返すことができ、周りの評価も変えられる。それをしないのかとリディアは問いかけているのだ。
「無理だよ。飼育員の人とかがそうであるように、飛竜に触れることは出来るよ。けど、飛竜の背に乗ることは出来ない。
俺は飛竜に乗ることは出来なんだよ」
アーネストはそう言い切ると、再び自分に言い聞かせるかのように「俺は飛竜に乗ることが出来ないんだ」と呟いた。
アーネストは三年前の初陣の時、部下達とシンシアを失ってから飛竜に乗る事を恐れるようになってしまった。飛竜に触れることができても、飛竜に乗ろうとするとどうしても足が竦んでしまい、それを見た飛竜達が拒むようになってしまった。それ以来アーネストは竜騎士である自分を遠ざけるようになり、何度かあった再び竜騎士に戻らないかという話をすべて断ってきた。
「リディアはなんで竜騎士を目指すんだ?」
リディアの口ぶりから、彼女は竜騎士に対して何か強いこだわりがある様に思え、質問を口にする。
アーネストの問いに対しリディアは答えるべきかどうか少し悩んでから口を開いた。
「あなたに話す義理はない」
バッサリと切り捨てられてしまった。
少し言葉を交わし、少しは打ち解けられたかと思ったが、どうやらそうではないらしかった。
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