第6話「あなたの気持ち」

 休日が明け、再び授業が始まる。結局休日の間に生徒の態度に対する対策は思いつくことはなく、授業を迎えることとなった。


 そして、休日の間にアーネストが拾って来てしまった一つ問題。


 そのもう一つの問題であるアルミメイアについては、意外とあっさり問題が解決することとなった。


 アルミメイアについてどうするべきか、アーネストの一応の責任者であるヴェルノに相談したところ、金もなく、泊る場所もない、その上頼る人もいないのならしばらく竜騎学舎に置いて良いということになった。その代りアルミメイアには竜騎学舎で掃除などの雑用をして貰うこととなった。


 出自などが一切不明な少女を重要な国家機関である竜騎学舎に、そうやすやすと置いて良いものかと不安に思うところはあったが、なんにせよありがたかった。


 ただアルミメイアの両親や住んでいた場所などについては、アルミメイアが頑なに喋ろうとしなかったため根本的な解決には至らなかった。


 そしてアルミメイアには空いていた従業員用一室があてがわれる事となったが、その他の衣食と業務態度などの指導と責任は、拾ってきたアーネストが持つこととなった。


 それによってただでさえ多いと言えないアーネストの懐事情が、さらに圧迫されることなった。


(何やっているんだろうな……)


 本日のアーネストが受け持つ授業が終わり、相変わらず改善されない生徒たちの授業態度に精神をすり減らした後、アルミメイアについての一連の流れを思い出しながらアーネストはため息を付いた。


「アーネスト! 遅いぞ、早くしろぉ!」


 いつの間にか先を歩いていたアルミメイアが、足を止めていたアーネストに向かって叫ぶ。


「悪い。今行く!」


 アルミメイア同様に大きな声で答えを返し、アーネストは急ぎ足でアルミメイアの後を追った。


 アーネスト達は今雑用の一環として、竜騎学舎の裏手の竜舎に荷物を運んでいるところだった。


「で、どっちだ?」


 アーネストがアルミメイアに追いつくと、アルミメイアは道を尋ねてきた。


「道覚えてないのに先に行ったのか……」


「そっちが立ち止まるからだ」


「それは悪かったよ。こっちだ」


 アーネストは一度手にしていた木箱を持ち直し、アルミメイアの先へと歩き始める。


 講堂と運動場の間に敷かれた道を歩く。ちょうど生徒たちは講堂で座学の授業を受けている時間で、彼らの姿を確認しようと視線を生徒たちが居るであろう教室の窓に向けると、真面目に授業を受けている生徒たちの姿が見えた。そして一部の生徒たちがこちらの姿に気付いたのか、指をさしてクスクスと笑っていた。どこまでも悪い意味で期待を裏切らないものだと呆れてしまう。


(貴族である騎士が荷運びなんて雑用、するとは考えられないのだろうな……)


 アーネストはこちらを眺める生徒たちの視線を見視し、少しだけ足早に先を急いだ。



 竜騎学舎の敷地内を抜け、ようやく目的地の竜舎へとたどり着く。


「あの一番大きな建物にこれらの荷物をすべて届ければ、今日の仕事は終了だ」


 そして荷物の届け先である、竜舎の倉庫などの役割を持つ建物を指示し、アルミメイアがちゃんと付いて来ているか確認のため振り返る。先ほどまで後ろに付いて来ていたアルミメイアの姿は、そこにはなかった。


 あわててアルミメイアの姿を探す。彼女の姿はすぐに見つけることができた。アーネストの少し後ろ、竜騎学舎から竜舎へと続く道の丁度竜舎の全体が見えるあたりで立ち止まっていた。


 バキ。乾いた音が響く。


「これは……なんだ……」


 声を震わせてアルミメイアは呟き、手を震わせ強く握る。先ほどの音は、アルミメイアが手に力を入れたため、木箱の端を握り潰したときの音だろう。


 様子のおかしいアルミメイアが気になり、アーネストはそっと荷物を置き彼女の元へ駆け寄った。



『なんなんだ、これは!』



 鋭く大きな叫び声をあげアルミメイアは、駆け寄ってきたアーネストを鋭い瞳で睨みつけた。黄金色の猫の様な瞳は、恐ろしく暴力的に見え、ぞっとするような恐怖を感じさせられた。


「何って、竜舎、だけど……」


 恐る恐るといった声音でアーネストは答える。


「そう言う事を聞いてるんじゃない! これはなんなのだと聞いているんだ!」


 竜舎の方を指しアーネストに向かって怒鳴りつけた。


「飛竜を……飼育する施設だけど……」


 怒鳴り激高するアルミメイアがどういった答えを求めているか良く判らず、アーネストは自信なさげに答えを返す。


「飼育……だと」


 アーネストの答えを聞くとアルミメイアは一度驚きの表情を見せた後、悲壮感のある表情を浮かべる。


「鎖で繋ぎ、囲いで覆って、飼育……これが、母様が作った国なのですか……」


 アルミメイアは目を伏せ、ぽつぽつと呟く。


「共存? 共栄? ふざけるな……こんなもの、家畜のそれではないか!!」


 アルミメイアは再び怒気を孕んだ声で叫んだ。


「おい!」


 明らかに正気ではないアルミメイアを落ち着かせようと、両手で彼女の肩を押え、大声で呼びかける。



『お前たちはなんなのだ? お前たち人間は、竜騎士は、彼らを鎖で繋ぎ、自由を奪い、小さな小屋に閉じ込める。

 何の権限があってそんなことをする。神にでもなったつもりか?

 いや、違うな。お前たちは神などではない、悪魔だ。

 相手の自由を奪い、意志を封じ、己の都合の良い道具に仕立てる。そんなもの、悪魔の所業そのものではないか!

 彼らは、彼らの命は、お前たちの道具なんかじゃないんだぞ!!』



 パシン。乾いた音が響いた。


 アルミメイアは弾かれたように顔を横に向け、頬を赤くしていた。知らずのうちにアーネストは手を出してしまっていた。


 子供に対し本気ではたいてしまった。やりすぎてしまったと謝罪を口にしようとするが、ギロリと怒りに燃えた瞳でアルミメイアが睨み返したことで、謝罪の言葉は遮られる。


「俺は、俺達は……確かに一部の者は道具の様に扱い、そう見ているかもしれないし、そう見られても仕方ないのかもしれない。けど、俺は、俺達は、彼らを、シンシアを道具の様に扱った事はないし、そう思ったことはないつもりだ。シンシアを、飛竜を家族だと思っていたつもりだ……」


 自分の気持ちを落ち着けるように、そう口にする。


 アルミメイアが飛竜達を道具の様だと言ったとき、シンシアの姿が頭に浮かんだ。


 アーネストがまだ小さかった頃、自分の元にやって来て、共に育った飛竜。それはアーネストが竜騎士になった時の騎竜になるためだったかもしれない。それでもアーネストはシンシアを道具だと思った事はないつもりだ。


 共に遊び、時に構いすぎて喧嘩し、時には寄り添いあって眠る。その一つ一つ、今でも思い出せる。確かに、離れ離れにならないよう、危険な場所へ迷いこまないよう鎖で繋いでいたことはあったが、それは道具だったかそうしたわけじゃない。それに何より、アーネストをかばって死んだシンシアとの関係を、主と道具で片づけられたくはなかったし、そう思われたくはなかった。


「少し……言い過ぎた」


 アルミメイアは反省の色を見せたのか、謝罪を口にする。


「俺も手を出してしまって、すまない」


 アーネストははたいた事の謝罪を口にする。アルミメイアはそれを無視するかのように、アーネストと視線を合わせる事はせず、荷物を持って届先へと向かって歩き出した。


「私は……間違った事を口にしたつもりはない」


 背中を向けたままアルミメイアはアーネストにそう言葉を投げ、その場を後にしていった。



 その後の荷運びの仕事は、アルミメイアは特に文句など言う事はなく真面目に取り組み予定通り終わらせることができた。けれど、その間アーネストとアルミメイアは必要最低限の会話を交わすだけで、それ以上の会話をする事はなかった。


 アルミメイアの監督がてら付き合わされた荷運びの仕事を終え、寮の自室へと戻ってきたアーネストは、ドカッとベッドの上に仰向けで倒れこんだ。


 ぼうっと天井を眺め深々と息を吐く。


 悩みの種が一つ消えたかと思ったら、別の悩みが出てきてしまった。それも自身が招きこんだものだけに無視するわけにもいかず、このままではまともに責任を負うことが出来そうに無くなるため、早急に対処する必要がありそうだった。


(どうにか……しないとなぁ)


 ぐるぐると考えをめぐらしていく。


「道具……か」


 そしてアルミメイアが口にした言葉に行きつく。アルミメイアはマイクリクス王国の、竜騎学舎、竜舎での人と飛竜のあり方に何か含むところがあるようだった。もちろんアーネストは騎竜である飛竜達を道具だと考えたことは無いつもりだ。けれど部外者から見ればそう見えてしまうところがあるのは事実だった。


 飛竜を道具の様に扱っている。そう見られてしまうのは事実だ。けれど、実際に触れている竜騎士や飼育員はそんな風には考えていな。そのことだけでも理解してほしいとアーネストは思った。そして、アーネストはある結論にたどり着いた。


「あれこれ考えていても仕方ないか……」


 再び大きく息を付き、ベッドから体を起こし、アーネストは自室を後にする。



 コン、コンと職員寮の一室の古びた度を叩く。少し遅れて、扉を半分ほど開き銀色の髪をした少女が顔を出した。


「何?」


 アルミメイアはアーネストの姿を見ると、棘のある声を返した。


 先ほどの口論の末、無断でこの場所を出て行っていないかと少し不安だったが、どうやらそんなことは無いようだった。


「少しは落ち着いたか?」


「落ち着いたって?」


 相変わらず棘のある声で敵をむき出し、睨みつけるようにしながら答えを返してくる。とりあえず話ができるくらいには成っているようだった。


「話を聞いてくれるならよかった。ちょっと付き合ってくれないか?」


「付き合えって、どこに?」


「いいから来いって」


 アーネストはアルミメイアの手を取り、強引に連れ出そうとする。


「わかったから、離せ!」


 アルミメイアを部屋から引きずり出すと、彼女は腕を大きく振りアーネストの手を振り払った。


「それで、どこへ行くんだ?」


 先ほどより敵意を強くした声で、つかまれていた手首をさすりながら、アルミメイアは尋ねてくる。


「とりあえず、何も聞かずについて来てくれ」


 アーネストは答えを返すと踵を返し、目的の場所へと足を向ける。アルミメイアは訝しげな表情をしながら、それ以上追及することは無く、素直について来てくれた。



 アーネストが向かった先は、先ほど口論の原因になった竜舎だった。竜舎の一角、少し外れた建物にアーネストは向かい、中へと入っていた。その間アルミメイアは出来るだけ竜舎の方を見ないようにしながら、アーネスト後をついて来てくれていた。


「おや、アーネストさん。どうしたんですか?」


 アーネストが室内に入ると丁度よく別の入り口から、同じタイミングで室内に入ってきた、飼育員の責任者である年配の飼育員が声をかけてきた。


「ちょっとね。ここの飛竜達を見に来た」


「そうですかい。なら、ちょうどあいつらの飯時です。久々にどうです?」


 飼育員は手に持っていた鉄製のバケツを目線の高さまで上げると、そう言った。どうやら三年前の在学時代、アーネストが時折ここへ来ている事を覚えていてくれたようだった。


「それは良いですね。代わりにやっておきますよ」


 飼育員から新鮮な生肉の入ったバケツを受け取り、答えを返す。


「なら、お願いします」


「わかりました」


 アーネストの了承を得ると、飼育員は大きく伸びし身体をほぐし、近くにあった木箱の上に腰を降ろした。


「ここはなんなのだ? それにそれは……」


 今まで無言だったアルミメイアが辺りを見回し、それからアーネストが手にした生肉が入ったバケツに目を向けながら尋ねた。


「すぐにわかるよ」


 アーネストはそう答えると。小さな室内の奥の木製の柵で囲われただけの簡単な造りのケージへと向かった。


 ケージの中には干し草が敷かれ、その上には数匹の小さく細身な飛竜の幼竜ワームリング達がいた。幼竜達はアーネストが近づくと、生肉の臭いに気付いたのか顔を上げ、クルゥ、クルゥとねだる様に喉を鳴らし、精一杯の力で首を伸ばした。


 アーネストは姿勢を低くし、バケツの中から細かく切り分けられ叩いて解してある生肉取り出し、幼竜たちに差し出し食べさせる。


「この幼竜達は?」


 何かに気付いたのか、先ほどまでの敵意はなりを潜め、静かな声でアルミメイアは訊ねてきた。


「お前もやるか?」


 アーネストはアルミメイアの問いの答えを返す代わりに、幼竜達に与えていた生肉に一つを差し出した。


 アルミメイアは差し出された生肉をしばらく見つめた後、そっと手に取り、ゆっくりと腰を降ろしケージの中の幼竜達に差し出した。生肉を差し出された幼竜達は、首を伸ばし生肉を掴みとるとそのままモソモソと噛み解し食べていった。


「ここの幼竜達のほとんどは親に捨てられたもの達なんだ」


 無言で生肉を与えるアルミメイアを眺めながら、アーネストは先ほど聞かれた問いの答えを返す。問いの答えに気付いていたのかアルミメイアは、驚くことは無く無言で小さくうなずく。


 飛竜の幼竜達の中で、生まれたばかりの段階で通常より力が劣る個体は、場合によって親の飛竜が育てようとせず見殺しにすることがある。そんな、親に見捨てられた幼竜達がこのケージに移され、人の手によって育てられている。


「言ってしまえば、ここの幼竜達は自然では生きてきてないもの達だ。それを俺達人間の庇護の元、育て、生きていけるようにしている」


 アーネストは目の前の通常より小さく細身の幼竜達を眺めながら、ぽつぽつと語り始める。


「アルミメイアの住んでいたところはどうかわからないけど、人間は酷く弱い生き物なんだ。一人では食べ物を手に入れるのは大変で、外敵から身を守り住む場所を確保するのも難しい。だから寄り集まって社会を作り、一人一人が役割をこなし、みんなで安全な暮らしをしている。

 この幼竜達も、飛竜達も同じように俺達の社会の一員として、庇護を受け安全に暮らしている。そしてその代りに彼らから俺達はいろいろな労働力をもらっている。

 一見するとそれは道具の様に扱っているように見えるかもしれないけどさ。人間だって誰かのために働き、社会に貢献している。飛竜達と同じなんだよ。

 確かに人間の中には飛竜や人を道具の様に見て、道具の様に扱う者もいるけどさ。

 少なくとも俺は、直接飛竜と関わる者達の殆どは、飛竜の事を良き隣人で、同じ社会に生きるもので、家族だと思っているつもりだ」


 アーネストは伝えたかったことを言い切り、そっと小さく息を付く。その間アルミメイアは口を挟むことなく素直に耳を傾けていた。そして聞き終えるとアルミメイアの手から離れた生肉を咀嚼する幼竜の頭をそっと撫でた。幼竜はそれにくすぐったそうに目を細める。


「……悪かった。少し、誤解をしたみたいだ」


 しばらく幼竜の頭を撫でた後、アルミメイアはゆっくりと口を開き、小さな声で謝罪を口にした。


「いいよ、謝らなくて。俺達は納得して社会の中で生きているけど、飛竜達の気持ちが分かるわけじゃない。だから、ただ俺達人間の理屈を押し付けているだけかもしれない。そういう意味ではアルミメイアが言った事は間違っていないのかもしれない。

 飛竜達の言葉が聞けて本音が分かれば、また違った形で共に生きて聞けたのかもしれないな」


 アーネストはそう締めくくる。


 話が終わると、ちょうどよくバケツの中の生肉はなくなり、幼竜達の食事の時間は終わっていた。


「さて、戻りますか」


 アーネストは立ちあがると、一度身体を大きく伸ばし解きほぐすと、アルミメイアが立ち上がり易い様に片手を差し出す。


 アルミメイアは立ち上がったアーネストを見上げ、そっとアーネスト差し出した手に手を伸ばす。そして『キュルルルゥ』と可愛らしいお腹の音が小さく鳴り響いた。アルミメイアはそれが恥ずかしかったのか、手を止め、俯き頬を赤く染める。


「ちょうどいい時間だし、まずは飯だな」


「笑うな」


 小さく笑うアーネストに、アルミメイアはそっぽを向いたままアーネストの伸ばした手を取る。アルミメイアの手を取るとアーネストは彼女の体を引き上げ立ち上がらせた。

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