二十八.新たな輝きを抱いて! 炎のラストバトル

 ユカリオンたちが異次元ゲートを抜けると、宇宙船には船内異常を知らせる警報音が、大きな音で鳴り響いていた。

 ユカリオンが一歩踏み出すと、床がぬるりとした。それはサルハーフの体液で、目印のように点々と落ちている。

 その体液の後を追うように、早田、リオンナイト、ユカリオンは部屋を出る。船内は警報のランプで真っ赤に染まっていた。

「なにか船内で、大きな異常が起きているんだ。メインコンピューター室に行こう」

 早田を先頭に、三人は船内の廊下を走った。

 早田の案内で宇宙船のメインコンピューター室にたどり着いた。壁一面にさまざまな計器やディスプレイがあるその部屋を、早田は慣れた様子で見て回った。

「まずい、宇宙船を動かすエネルギーが、ある一室にだけ集中している! もしかしたら、そこにサルハーフがいるかもしれない」

 そのとき、遠くのほうでキェェェェェッ、と猿のような叫び声が聞こえてきた。ユカリオンとリオンナイトは顔を見合わせた。

「早田さん、ここにいてください。私、リオンナイトと一緒に行ってきます!」

 ユカリオンとリオンナイトは出口に向かった。

「リオンナイト、ちょっといいかな」

 早田の声に、リオンナイトが振り向く。早田はリオンナイトの腕をぐっとつかむと、なにかを握らせた。

「これを持っていきなさい。君の力になるかもしれない」

 リオンナイトに渡されたのは、早田のペンダント……リオンクリスタル・ベータの欠片だった。

 とても真剣な早田の表情を見たリオンナイトは、力強くうなずき、ペンダントを受け取る。首にそれをつけて、ユカリオンと共に飛び出した。

 廊下へ出ると、叫び声が先ほどよりも大きく響き、同時に爆発音のような音がした。二人はうなずき合い、音のした方向へ向かった。

 たどり着いた部屋に入ると、そこは実験室のような場所だった。何本もの試験管が配置され、さまざまな実験道具が乱雑に散らばっている。

 そして部屋の奥で、紅い目が光ったのが見えた。

「あれは……サルハーフ!?」

 キェェェェッ、という叫び声を上げて現れたのは、頭が天井に届くほどの巨大な猿だった。

 大猿は老人と、サルハーフの顔が入り混じったような、しわだらけの顔をしていた。

「まさか、自分の体とチートンを融合させたのか!?」

 リオンナイトの声で二人の存在に気づくと、叫び声を上げながら腕を振り回した。すでに言葉すら失い、暴走する怪物になってしまったのだ。

 大猿の振るった腕が、壁沿いの試験管を砕いた。中の溶液がふき出して、ユカリオンたちに降りかかった。

 ユカリオンはブレードを手に、リオンナイトは両手につむじ風を出現させて、大猿へと立ち向かった。繰り出される触手を避け、ブレードや手刀で払い落とす。しかし、触手は増えていくばかりで、キリがなかった。

 後ろから襲い来る触手を避けられず、ユカリオンは捕まった。

「きゃあああっ」

 悲鳴に気づいたリオンナイトが助けに向かうが、触手に阻まれた。

 触手はさらにユカリオンの体を締めつける。スーツの自動バリヤーに守られていたが、それも時間の問題だった。

「くっ、うう!」

 ブレードも既に手から離れてしまい、反撃すらできない。

 もう駄目だ、と思いかけたそのとき。

「ユカリオン!!」

 リオンナイトの声が聞こえ、ユカリオンははっと目を見開いた。

 そうだ、一人で戦わせない。そう誓ったことを思い出した。

 リオンナイト、そして早田が一緒にいるのだ。地球では父が待っている、そして、ユカリオンの中にはアルファがいた。

(アルファ! スーツにエネルギー波を纏わせて!!)

 武器がないなら自分自身が武器になればいい。リオンナイトの『突撃の嵐』を思い出したのだった。

【なんだと!? しかし、失敗すればスーツごと燃えるどころか、君の命が危うい。かつての由利と、同じことを繰り返す気か!?】

(だいじょうぶだよ!! アルファさえいれば、私はだいじょうぶだもの!!)

 はっきりとした根拠はなかったが、信じることが大事だと思った。

 信じることを諦めたとき、力は使えない。生きたいという意志が強ければ、アルファは、母の遺してくれた命は、ユカリオン――由香利を助けてくれる。

(お願い、アルファ!!)

【……ユカリ、君が私を信じるならば、私も共に信じ、応えよう!】

 ユカリオンの胸が熱くなり、それはやがて全身に広がった。エメラルドグリーンの炎となってユカリオンを燃やす。アルファを種火に、ユカリオン――由香利の生体エナジーを燃料に、その炎は燃え盛った。

 そして奇跡は起きた。

 エメラルドグリーンの炎が、ユカリオンを捕まえた触手を燃やし始めた。大猿は突然の炎におののき、触手からユカリオンを解放した。

 しかし無事に着地する力は残っていなかった。炎の中で意識を失い、倒れた。



 意識を失ったユカリオン――由香利は、まどろみの中にいた。しかし、由香利の体は下へ下へと沈んでいく。優人の意識の海とも違う、底なし沼のようだった。

(私、死んじゃうのかな。お父さん、早田さん……お母さん、ごめんなさい……)

 自分を守ってくれた家族のことを思い出し、涙が出たそのときだった。

【ユカリ……由香利……】

 沈んでいく由香利の前に、エメラルドグリーンの輝きが現れた。最初の声はアルファだったが、次に由香利を呼んだ声は、女性の声だった。

(アルファ? ううん、だれ? でも私、この声、知ってる)

【由香利、私の可愛い娘】

 由香利ははっとした。この声は――。

(お母さん?)

 エメラルドグリーンの光は、ゆっくりと一人の女性の姿に変わった。それは、今となっては写真でしか見ることのできない、由香利の母――天野由利だった。

【アルファの意思は、私の生体エナジーと意志でできたもの。ずっと、アルファとなって貴方を見守っていました。大きくなったのね、由香利。お母さん、うれしいわ】

(お母さん……。でも私、みんなの気持ちを裏切っちゃった。死んじゃうかもしれないの)

 ――「貴方は生きるのよ」

 母の言葉を思い出す。生きてほしい、家族はみんな、そう願ってくれていたのに。

 しかし由利は、首を横に振り、そして優しく微笑んだ。

【だいじょうぶ。貴方は確かに、私や重三郎くん、早田くんが願うように生きてくれた。だけどこれからは、自分で決めなくちゃいけないわ。だれかのため、というのも素敵な気持ちなのだけど、なによりも自分の気持ちが大事なの。今の貴方はどうしたい? 貴方は、生きたい?】

(私は……)

 由香利は考えた。私は生きたいのだろうかと。生きた先にはなにが待っているのかを。

 そのとき、まどろみの外から、だれかの声が聞こえてきた。その声は由香利を呼んでいた。由香利のよく知っている声だった。

 自分で見つけた、大好きな男の子の声だった。

(お母さん、私、好きな人ができたの)

 こんなときだというのに、由香利は今、母に好きな人ができたことを話したくなった。

【とても素敵ね。そして、貴方は好きって伝えたのね】

(うん。お母さんも、お父さんに「好き」って言ってたよね。私、知ってる。だから、ちゃんと好きって言えた)

【あら、見られてた? そう。貴方は知ってる。好きという気持ちを伝える方法も、その力も】

 由香利は思い出す。気持ちを伝え、その想いが伝わったとき、目の前で笑ってくれた人の顔を。

(私、あの人に会いたい。優人くんに、生きて会いたい!)

 これが由香利の「生きたい理由」だった。由香利を見る由利は、心からうれしそうに笑った。

【呼んでいるわ、貴方の大切な人が。しっかりと受け止めなさい、貴方への愛を】

 由利が上を指差した。由香利はその先を見つめる。すると、上からきらきらと輝くものが、ゆっくり落ちてくるのが見えた。

【由香利、私はクリスタルの中で永遠の眠りにつきます。こうやって話もできなくなるけれど、悲しまないで】

 由香利の目から涙がこぼれた。本当はもっと話していたかったけれど、その気持ちは我慢した。

(お母さん、ずっと私を助けてくれて、ありがとう。今までいっぱいお願い聞いてくれて、ありがとう!)

 由利は満面の笑みを由香利に投げかけ、まどろみの中に溶けるように姿を消した。

 涙を拭いた由香利は、落ちたものを手にした。

(透明な、宝石?)

 宝石を抱きしめた瞬間、また声がした。

 由香利を呼ぶ、優人の声だった。透明な宝石はエメラルドグリーンに染まり、まばゆく光った。


 *


「ユカリオンッ!!」

 リオンナイトが、燃えるユカリオンの体を受け止める。変身は解除されたが、由香利は意識を失ったまま、目を覚まさない。

 リオンナイトは、首のペンダントを握り締めた。

「いやだ、まだ、まだ終わってない! 目を覚ましてくれ、ユカリオン……由香利っ!!」

 リオンナイトが泣きながら叫ぶ。ペンダントトップのクリスタル・ベータに涙が落ちた。するとベータが輝き、由香利の胸に吸い込まれていった。すると、エメラルドグリーンの炎が由香利の体を包み込んだ。

 黒いボディスーツが由香利の体にぴったりとくっつき、頭から耳、胸、腕、足元にプロテクターが現れた。そして、炎がドレスのような形に変化し、腰の後ろに大きなリボンが現れる。

 炎は、ユカリオンの新しいスーツになった。

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