二十九.「愛してる」の言葉! 突然の別離

「由香利!!」

 ユカリオンは目を覚ました。意識が、まどろみの中から帰ってきた瞬間だった。ユカリオンの目の前には、目にたくさんの涙をためたリオンナイトの顔があった。

 手に入れた宝石は、リオンナイトの涙だったのだ。

「ほら、スーツを見て。君のスーツも、生まれ変わったんだよ」

 リオンナイトの言葉に、ユカリオンは自分の体を見まわした。

 新しいスーツは、まるで優人に抱きしめられているように、ぽかぽかと温かく、力が湧いてきた。

 ユカリオンは立ちあがり、暴れ続ける大猿に向かってブレードを構えた。ブレードはユカリオンの意思に応え、大剣へと姿を変えた。

「リオンナイト、私に力を貸して。このブレードに、貴方の風の力を!」

 一人よりも二人の力。アルファとベータの力が重なれば、この大猿を倒せるかもしれない。ユカリオンの言葉に、リオンナイトはうなずき、両腕を広げた。

「突撃の嵐を、ユカリオンに!」

 青い光と共に風が大剣の刃へと巻きつき、刃のエネルギー波が大きく燃え盛った。

 ユカリオンは床を蹴った。炎のドレスとリボンがひらひらと舞うその姿は、美しい鳥が羽を広げる姿にも似ていた。

 リオンナイトが大猿の動きをつむじ風と拘束の鎖で封じた。

「ユカリオン、振り下ろすんだ! この戦いを終わらせる一撃を!!」

 リオンナイトの言葉を背に、ユカリオンは大猿に向かって大剣を振り下ろした!

 大猿の体は、大剣から放たれたエメラルドグリーンとペールブルーが混ざった炎に包まれ、燃え盛る。

 大猿は悲鳴とも泣き声ともつかぬ絶叫を上げ、炎で燃やし尽くされた。残ったクリスタル・ベータの欠片も、こなごなに砕け散った。

「倒した……終わった、終わったよ、リオンナイト!」

 船内に邪悪な共鳴は感じられなかった。敵はすべていなくなったのだ。

 リオンナイトは、着地したユカリオンの肩を支えながらうなずいた。

「早田さんの所に戻って、地球に帰ろう!」

「うん!」

 二人は部屋を出て、廊下を走りだした。



 二人はメインコンピューター室の早田と合流し、異次元ゲートのある部屋に戻った。

 早田いわく、宇宙船のエネルギーは残りわずかであり、既にステルス機能を失いつつあるのだという。損傷もひどく、自動修復システムは作動しない。このままでは墜落するか、その前に微細デブリにぶつかって破壊されるかのどちらかで、危険な状態だという。

「早く異次元ゲートへ!」

 カプセル類は故障し、煙や炎が上がってめちゃくちゃになっていた。しかし奇跡的に、異次元ゲートは無事だった。リオンナイトが手をかざすと、来たときと同じようにゲートが開いた。

「早田さん、入って!」

 ユカリオンが早田に声をかけたそのときだった。早田は激しく咳き込み、その場にうずくまった。

「早田さん、しっかりして!!」

 慌てて早田の体を支える。しかし、早田の体は透け、どんどんと柔らかくなっていった。驚きのあまりユカリオンとリオンナイトの動きが止まる。早田は苦しそうにしながらも、二人をゲートへと追いやった。

「二人とも、ゲートに入るんだ。僕を置いて行きなさい」

 二人は言葉を失った。

「そんな、置いてなんて行けないです、早く!」

 急かすユカリオンに、早田は引きつった笑顔を向けた。

「実は、僕はもう長く生きられない。ほら、僕、体が弱いだろう? ずいぶん前から、いつ死んでもおかしくない状態だったんだよ。隠していてごめんね。お別れだよ、由香利ちゃん」

 突然告げられた真実を、ユカリオンはすぐに信じることはできなかった。

「し、死んじゃうなんて、お別れなんて、いやです! 帰ったらお父さんが、きっとお父さんが、なんとかしてくれます! だって、そんな……いやです、死なないで!」

 ユカリオンは泣きながら早田の白衣を掴むが、そこにはもう、人間としての感触はなくなっていた。

(あっ!)

 感触に驚いて、ユカリオンは思わず手を離してしまった。

「早田さん!」

 後悔したときにはもう遅い。白衣がずりおちると、そこには透明なゼリーのような姿になった早田がいた。体はプリズムのような光を放っていて、それが眩しくてユカリオンは目を細めた。

(もう、人間の姿も維持できない。精神感応が使えてよかった。さあ帰りなさい、君たちの星へ。最期に博士、僕の兄さんへ、愛してると伝えてくれるかな? 榊乃くん、由香利ちゃんを、よろしくね……二人とも、元気で健やかに……由香利ちゃん、大好きだよ、さようなら)

 ユカリオンとリオンナイトの頭に、早田の最期の言葉が響いた。そして柔らかい早田の体が、二人をゲートの中に無理やり押しやった。手に白衣をつかんだままのユカリオンを、リオンナイトが守るように抱きしめた。

「早田さん、早田さああああんっ!!」

 ゲートに吸い込まれながら、ユカリオンは早田の名前を叫び続けた。

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