二十七.一緒になればよかったノ……サルハーフの悪あがき

 ユカリオンはいやな予感がした。

 そのときだった。リオンナイトが宙へ浮かぶ。その横顔には、強い意志が感じられた。

「僕はサルハーフを追いかける。彼らの宇宙船の中にいる、Dr.チートンは生首の状態だけど、まだ生きてる。なにかするに違いない」

「ゲートは閉まっているのに、どうやって宇宙船までいくの?」

 ユカリオンが問いかけた。

「僕にはまだ、ロスト・ワンの能力が残ってて、ベータの力で異次元ゲートも開ける。後は僕の戦いなんだ。僕の心が弱かったから、こんなことに。だから、貴方たちを……由香利を、巻き込むわけにはいかない」

 リオンナイトはユカリオンに背を向け、空中に向かって手をかざす。すると、異次元ゲートが開かれた。

「待って!」

 ユカリオンの声に、リオンナイトが止まる。

「私も、初めて異次元モンスターとの戦いに行ったとき、貴方と同じことを思った。狙われているのは私。だからお父さんたちを巻き込みたくないって。でも、お父さんと早田さんは、私の戦いを『家族の戦い』だって言ってくれた。とてもうれしかった。一人じゃないんだって、勇気が出てきた。だから、今度は私が貴方を一人にしない、一人で戦わせない! 私も一緒に連れて行って、お願い」

 リオンナイトは黙ってそれを聞いていた。それは最初に出会ったときに似ていた。それでもユカリオンは彼を信じて、返事を待った。

「……僕は、君の『お願い』には、弱いんだ」

 リオンナイトが振り返る。その顔には、困ったような微笑が浮かんでいた。そして、ユカリオンの伸ばした右手を取った。そのとき、今度は早田が口を開いた。

「待ってくれ。それなら僕も一緒に行こう。リオンクリスタルを地球に持ち込んだのは僕だ。一緒に連れて行ってくれ。心配はいらない、僕は宇宙人なんだ」

 早田はまっすぐにリオンナイトの目を見ている。リオンナイトはそれを見て、なにか思うところがあったのか、あっさりと了承した。

「よーし! 早田、お前が行くなら僕も」

 意気揚々とアタッシュケースを抱えた重三郎を、早田が制する。

「いえ、博士は留守番です」

 にこり、といつもの笑みを浮かべて、重三郎を止めた。

「そんなこと言うな! 僕だって家族だよ、戦える!」

「リオンナイトやユカリオンはともかく、宇宙空間に適応できない貴方を連れて行くわけにはいきません。それに、帰ってくる場所がないといけませんから」

「ぐぬぬ……で、でも」

「貴方は一家の大黒柱なんです。いなくなったらどうするんですか。だだをこねないでください、燃えるのは僕だけで結構!」

 早田の体が透明になった。重三郎の額に人差し指を当てると、指先から白い光が走り、重三郎は目を白黒させた。

「なに、した、はや、た……」

 重三郎が地面に膝をついた。今にも眠りに落ちそうだったが、かろうじて早田をにらみつけた。

「ちょっと眠ってもらうだけです」

「この……やろう……」

 ついに重三郎は地面に突っ伏し、やがて豪快ないびきが聞こえてきた。その様子を見ていたユカリオンは呆然としたが、重三郎を連れていくわけにはいかないことも分かっていた。彼は生身の人間だ。

「さあ、行きましょうか」

 早田が促すと、リオンナイトはユカリオンと早田の足元につむじ風を起こし、二人の体を宙に浮かばせた。三人は異次元ゲートへと足を踏み入れる。

 そのとき、早田が小さくなにかをつぶやいた。

 ユカリオンの耳には、なにを言っているのか聞き取れなかったが、リオンナイトだけが、その言葉に眉をひそめた。


 *


 宇宙船に戻ったサルハーフは壁に寄りかかりながら、ある部屋へ向かっていた。息も絶え絶えで、体液はとめどなく流れ落ち、今にも倒れそうな様子だ。

 しかし、サルハーフの口元には笑みが浮かんでいる。

「そうよ、そうなのヨ。もう、クリスタルなんてどうでもいいのヨ……ホホホ、ホホホホホッ」

 たどり着いた部屋のドアを開け、よろよろと中へ入り込む。そこには、Dr.チートンの首が浮く大きな円筒があった。

「愛しい、チートン様。今、貴方を復活させてみせますワ」

 サルハーフは触手を放ち、円筒を壊してしまった。

 船内に緊急事態を知らせる赤いランプが点滅し、警報音が響き渡る。しかしサルハーフは気にすることなくずるずると床を這いずり、無残に転がった生首へたどり着くと、それをしっかりと胸に抱いた。

「今度は、アテクシが貴方を助ける番でス」

 我が子に語りかけるような優しい声音でささやくと、サルハーフは目的の場所へと向かった。



 サルハーフは、異次元モンスターとなる前は、ある国の研究施設で実験用の猿として飼われていた。

 そこでは、秘密の研究が日夜行われていた。サルハーフは、毎日研究員を見て過ごしていた。

 サルハーフと同じような猿は何匹かいて、日に日にその数は少なくなっていった。サルハーフは、いつか自分も研究員に抱きかかえられ、選ばれるのを心待ちにしていた。

 毎日檻の中で愛嬌をふりまき、いつも研究員から目を離さなかった。次は自分の番なのだと信じて。しかし、サルハーフはいつまでたっても選ばれなかった。

 ある日、研究員がいなくなった。やがてエサも運ばれなくなった。それでもサルハーフは自分が選ばれるのを待ち続けた。

 研究所が閉鎖され、さまざまな理由があってだれの手にも渡ることなく放置されてしまったことを、サルハーフは知る由もなかった。

 そして、やっとサルハーフは気がついた。自分は選ばれなかったのだということに。

 深い悲しみがサルハーフを襲った。手が腫れ上がり血が出るほど檻を叩き、のどがかれるまで叫んだ。こんな世界など壊れてしまえと強く願ったそのとき、目の前に一人の老人が現れた。

「お前は、選ばれた存在だ」

 待ち望んだその言葉が、サルハーフに生きる気力を与えた。檻は開き、サルハーフは老人――Dr.チートンに抱きかかえられ、研究所を出た。

 そして、リオンクリスタル・ベータの欠片と融合し、異次元モンスターのサルハーフとして新たに生まれ変わったのだった。



 サルハーフは昔を思い出しながら、実験室にたどり着いた。たくさんの試験管が並ぶそこは、サルハーフたち異次元モンスターが生まれた場所だ。

 サルハーフは腕に生首を抱えたまま、部屋の奥にあるスイッチを押した。壁が開き、三つの大きなカプセルが現れた。

 次元転送を利用して新たな命を生み出す、Dr.チートン最大の発明品――異次元モンスター製造装置。

「アテクシが、チートン様に体を捧げればよかったのだワ」

 戦ってクリスタルを奪うことは難しく、ロスト・ワンも消えてしまった。そんな状況で見つけた、唯一の希望だった。

 チートンの生首を右端のカプセルに入れ、フタを閉める。部屋に残っていたフェイク・クリスタル・ベータの欠片をすべて口に押し込み、かみ砕いた。

 真ん中の操作パネルで、モンスター融合のためのセッティングを開始した。しかし、融合には大量のエネルギーが必要だった。サルハーフは一瞬焦ったが、すぐにいい方法を思いついた。

「この宇宙船のエネルギーを使えばいいのヨ! 生まれ変わったチートン様なら、宇宙船を盾にして、地球に降り立つことだって可能だワ! そうよ、きっとそうヨ!」

 宇宙船が燃え尽きる可能性も、微細デブリにぶつかって破壊される可能性も、まったく考えていなかった。それらに気づけないほど、サルハーフはDr.チートンの復活だけを考え、彼の力を盲信していた。

 タイマーを設定すると、サルハーフはふらつきながら、左端のカプセルに入り込んだ。カウントダウンが始まり、サルハーフは強く思った。

(今度はアテクシが、チートン様を生まれ変わらせまス。愛しています、チートン様。あのにっくき地球を、一緒に支配しましょウ……)

 数字がゼロになり、装置が作動した。Dr.チートンとサルハーフが融合し、新しい命が誕生する。

 紫の光に包まれて、大きなシルエットが浮かび上がった。

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