二十六.過去を乗り越えて! リオンナイト誕生

(私が? なんで?)

 見渡せば、いつの間にか周りは光る破片ばかりだった。一つひとつのぞいていく。初めて声をかけたときの由香利、毎朝声をかける由香利、恩としゃべる由香利、体育で跳び箱がうまくできない由香利、図書室で本を読む由香利――。

 すべての破片に由香利の姿が、そして由香利を好ましく思う優人の姿があった。

 思わず由香利の目頭が熱くなる。そこに、一際大きく光る破片を見つけた。

 見るのが少しだけ怖かった。だけど、どこか引かれる思いでそれをのぞき込んだ。

 破片の中は雨で、ハンドタオルで優人の頭を拭く由香利がいた。

(これ、あの日だ)

 自分のしたことが否定されたと思った日。すべて無駄だったのかと悲しみ、苦しかった日。だけど、信じてみようと思った日でもあった。

 破片の中の優人は、涙を流しながら、うれしそうな顔をしていた。それは、大好きな人に愛されていることが分かって安心しているような顔だった。

(……!)

 由香利は、とても優人に会いたくなった。あのとき、本当はどう思っていたのかを直接聞きたくなって、底へ向かって泳いだ。

 すると、暗い海の底のような場所にたどり着いた。そこには、背を丸めてうずくまる優人がいた。由香利はゆっくりと近づき、彼の右隣に座った。頭上では欠片が、海の水面のようにきらきらと輝いている。

「覚えててくれたんだ、私のこと。それも、あんなにたくさん」

 由香利が話しかけると、優人が顔を上げた。

「なんか、恥ずかしいな。でも、うれしいよ」

 自然に笑顔がこぼれた。

 優人と視線が合う。その目は妖しい紫ではなく、あのきれいなこはく色をしていた。

 優人はすぐに由香利から顔を背けた。その頬には、少しだけ赤みがさしている。彼はうつむきながら、ぽつり、ぽつりとしゃべりはじめた。

「父さんも、母さんも、兄さんも、僕がいなくなればいいって思ってた。クラスのみんなだってそうだ。だれも僕の言葉を聞いてくれないし、見てくれない。黙っているしかできない、こんな世界がいやだなって思ってたとき、サルハーフの声が聞こえてきた。そして、フェイク・クリスタル・ベータを……ロスト・ワンになるための力をくれたんだ。この力を使えば、サルハーフの優しい声が僕をほめてくれた。可愛い坊やだって言ってくれた。でも」

 そこで優人はいったん言葉を切った。優人は唇をかみ、泣くのを我慢しているようだった。

「君だけは、あの世界で僕のことを見てくれた。すごく、うれしかった。雨の日のときも、君から逃げ出したのに優しくしてくれて。それに、君の生体エナジーは、とても温かかった。全部、サルハーフがほめてくれる言葉よりもうれしくて。……だから、いやだったんだ。君を襲ってしまったことが。みにくい心の怪物になってしまったことが。だから、サルハーフが望む、忘れ去られた子供ロスト・ワンになってしまえばいいんだって、そう、思ったんだ」

 だから優人は自分の気配を消し、口を閉ざして生きてきたのだと由香利は思った。優人の気持ちを思うと、胸が締めつけられるような苦しさを覚えた。

「泣いていいんだよ。泣きたいときに泣いて、うれしいときに笑って、怒りたいときに怒っていいんだよ。でも、今までそれができなかったんだよね。それはきっと、優人くんがみんなを傷つけられない、優しい人だからだよ。たくさん教えてくれてありがとう。私、これからも優人くんの気持ち、もっと知りたい。優人くんの声でもっと聴きたい。だから、怪物になんてならないで。自分から消えたりしないで」

 由香利は優人の手を取り、握り締めた。やっと掴めたその手は温かくて、隣にいるのはやっぱり心地よかった。心おだやかになれる、優しい場所だった。

 それは、家族や友達、アルファとも違う、自分で見つけた場所だった。今度は自分がだれかに手を差し伸べる番だ。

「私、優人くんが大好き。ロスト・ワンだったときも、かまいたちは体に傷を残していなかった。そんな優しい貴方が好き」

 由香利の二度目の告白に、優人は顔を上げた。その頬に、涙が流れ落ちた。

「僕も、君が好きなんだ……ゆ、由香利」

 優人が由香利の名前をたどたどしく呼び、手を握り返した。二人の胸がどくん、と一緒に高鳴った。今までの痛みがある共鳴とは違う。

 二人が手を重ねた中に、カマセイヌのクリスタル・ベータの欠片が現れた。青く光る欠片が、優人のほうに行きたがっているように感じられ、由香利はそれを渡した。

 優人は、欠片をそっと胸に抱く。

「彼もひとりぼっちだったって欠片が言ってる。僕と、似てるね……」

 欠片が優人の体に吸い込まれる。そして、優人の胸の中でペールブルーに変化した。それは台風の後のすっきりとした青空の色にも似ていた。

「僕のクリスタルはニセモノだった。でも、今のクリスタルは、ちょっと違う気がする。これは、僕の命そのもののように感じるんだ」

 優人は胸に手をあてる。その言葉には、今までの優人とは違う、自信が感じられた。

【なんと! フェイク・クリスタル・ベータが彼の生体エナジーとベータの欠片で本物になったのか!】

 邪悪な力を持った存在が生まれ変わったのを見て、アルファが驚いた。

「私も、胸にクリスタルがあるんだよ。大切な人からもらった、温かい力。大事な人たちを守れる力が」

「僕の力も、だれかを守れるのかな」

「守れるよ、優人くんなら」

 ふと、由香利は思った。もう、優人はロスト・ワンではない。それならば――

「ねえ、新しい名前を教えて。ロスト・ワンじゃない、新しい名前を」

 由香利の問いかけに、優人は少しだけ考えた後、口を開いた。

「リオンナイト。それが僕の、新しい名前だ」

 図書室で聞いた優しい声音で、優人は言った。

 二人は立ち上がり、手を握ったまま向き合って、お互いの額を寄せた。そして、この意識の海から出るために、上に向かった。



 意識の海から浮かび上がった二人は、エメラルドグリーンの球体の中に立っていた。球体は二人が目覚めると同時に消えた。駆けつけた重三郎と早田が、由香利の無事な姿を見てほっとした表情を浮かべていた。

 そして宙には、歯をむき出しにして怒りの表情を見せたサルハーフの姿があった。

「ロスト・ワン、なぜ、変身を解いているノ……!」

 元の姿に戻った優人を見て、サルハーフが怒りの声を上げる。だが、ベータの気配を感じないことに気づき、はっと息を呑んだ。

 優人は由香利と手を繋いだままサルハーフを見上げた。

「僕はもう、あなたのあやつり人形じゃない!」

 優人は強い意思を込めた声で断言した。

「この!!」

 サルハーフの体を、紫の生体エナジーが燃えるように包んだ。

「よくも、よくもアテクシをコケにしてくれたワネ!」

 全身をベータの邪悪な気で満たしたサルハーフは、由香利たちに向かって襲い掛かった。しかし、由香利と優人はサルハーフに立ち向かうように、変身呪文を叫ぶ。

「超絶、変身!」

 由香利の体をエメラルドグリーンの光が、優人の体をペールブルーの光が包む。

 光がはじけると、ユカリオンと、かすかに青みがかった色の鎧を纏う、騎士のような青年がいた。マントが風になびき、はためいた。

「リオンナイト。それが僕の、新しい名前だ!」

「小賢しいまねヲ!」

 サルハーフは触手を操り、リオンナイトを襲った。

 リオンナイトが右手をかざすと、つむじ風が渦巻いた。風はサルハーフの触手を防ぎ、弾き飛ばした。

 サルハーフが地上に降り立つ。ブレードを持ったユカリオンが突進する。しかし、サルハーフは触手を巧みに動かして、ユカリオンのブレードを防いだ。

「アテクシに勝てると思っているノ!? どちらのクリスタルも奪ってみせるワ! 愛しいチートン様のためニ!! そしてこの星を支配するノ! アテクシたちだけの楽園にするのヨ!!」

「そんなこと、させない!!」

 サルハーフとユカリオンは、ブレードと触手をぶつかり合わせながら、激しく戦った。

「じゃあかしイッ! ギャアギャアうるさい小娘ガッ! アテクシはなんとしてもあの方を復活させるのヨォッ!! アルファをよこセッ!!」

 サルハーフは仮面が割れんばかりの怒声を響かせると、触手を盾にし、ユカリオンのブレードを大きくはじいた。

「アナタの心臓をえぐってアゲル、ユカリオン」

 ユカリオンに向かって鋭く触手が放たれた、そのときだった。リオンナイトがユカリオンを守るようにして、触手の前に立ちふさがる。

 サルハーフの顔が怒りにゆがんだが、目だけはそのままに笑みを浮かべた。

「ああ、なぜアテクシに反抗したの坊ヤ。アナタをほめてあげられるのはアテクシだけだったのニ。アナタの居場所は、アテクシのそばだけなのヨ」

 リオンナイトは、一瞬だけサルハーフに悲しそうな視線を送る。そして両手につむじ風を纏わせると、サルハーフに手刀を思い切り振るった。

 しかし、サルハーフは体をくねらせ手刀を引っかくようになぎ払った。そして長い足を大きく広げ、リオンナイトを蹴り飛ばした。リオンナイトは避けられず、瓦礫の山に叩きつけられる。

 しかしリオンナイトは諦めなかった。つむじ風で足場を作ると、宙を駆け下りてきた。

「つむじ風! 僕の姿を隠せ!」

 リオンナイトが叫ぶと、つむじ風が彼の身体を隠した。サルハーフはリオンナイトの姿を必死で探す。サルハーフの周りには、同じようなつむじ風がかく乱するように浮かんでいた。

「ここかッ!」

 サルハーフの長い腕が伸び、つむじ風の一つをかき消す。しかし、腕はむなしく風を切っただけだった。

「僕はここだよ」

 声と共に、すべてのつむじ風がこつぜんと消えた。サルハーフが声のしたほうを見上げると、そこにはリオンナイトがいた。リオンナイトは左腕を振るい、ロスト・ワンの力――拘束の鎖を出現させ、サルハーフの自由を奪う。

「これは、あなたがくれた力」

 リオンナイトの体が青に発光し、マントが鳥の羽のように広がった。

「確かに、あなたは僕をほめてくれた。居場所を与えてくれた。でも、それは僕の本当に欲しいものじゃなくて、偽物だった。だから僕の手で、あなたを討つ!」

 リオンナイトは力強く言い切った。彼の目には、強い意志が宿っていた。

「僕自身が風になる。――突撃の嵐アサルト・ストーム!」

 発光するリオンナイトは、サルハーフへ向かって勢いよく落下した。

 サルハーフにぶつかった瞬間、青と紫の光がグラデーションを作りながら爆発し、サルハーフの絶叫がこだました。

「リオンナイト!」

 ユカリオンが叫ぶ。爆発の中から姿を現したのは、ほのかに青の光を放つ、リオンナイトの姿だった。

 ユカリオンはよろめくリオンナイトに駆け寄り、その肩を支えた。そして二人は顔を見合わせて、ふっと笑みをこぼす。

「おーい、だいじょうぶかー!」

 二人に向かって重三郎と早田が駆け寄ってくる。今までとは雰囲気が変わり、ユカリオンがほっとしたそのときだった。爆発の起きた場所からガラガラと瓦礫の落ちる音がして、サルハーフが姿を現した。体中からどす黒い体液を流している。

「オノレ、おろかな人間ドモ、メ」

 よわよわしく指を鳴らすと、異次元ゲートが開く。

「今に思い知らせてやルワ!!」

 捨て台詞を吐くと、異次元ゲートに入り込んで逃走した。追いかけようとユカリオンが駆け出したときには、ゲートは閉じていた。

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