二十五.お願い、伝わって! 由香利の告白

(そんなこと、させない!)

 戦いながら、ユカリオンは手にブレードを呼び出した。思い切りカマセイヌへと振りかぶると、ブレードは激しい音を立てて鉄の爪とぶつかった。力強く押し戻しはねのける。

 ブレードで切りつけると見せかけ、柄の端で顔面を勢いよく叩いた。黒い鼻がごきりと折れる音がした。蛙がつぶれたような悲鳴が上がり、カマセイヌの体毛が怒りによって逆立つ。カマセイヌに腕を捕まれると、ゴミの山へ勢いよく投げ飛ばされた。

 山から起き上がったユカリオンがまばたきをする暇もなく、カマセイヌの拳がその頬を直撃する。イヤーパーツが衝撃に耐えられずに砕けた。破片がユカリオンの口元を切り、血の味が口の中に広がる。

「鼻がひん曲がった! ハ、ハ、これだよ、これなんだよ。俺にずっと足りなかったものは!」

 ユカリオンに折られた鼻を触り、カマセイヌは叫んだ。お互いほぼ同じタイミングで、口の中の異物をぶっと吐き出した。

 ユカリオンは双剣を手にして、カマセイヌに斬りかかった。

 激しく打ち合った後、このままでは決着がつけられないと感じたユカリオンは、双剣をフラッグに変えた。リオンブラストでカマセイヌの視界を奪う。そして、素早くブレードに切り替え、袈裟かけに振り下ろした。

 ぐふっ、とカマセイヌの口からうめき声が漏れ、全身がエメラルドグリーンの炎に包まれた。カマセイヌは炎の中で、なぜか満足げな顔をしていた。

「おい、ユカリオン。俺は今、とてもいい気分だから教えてやるぜ。てめえの大事なロスト・ワンは、サルハーフがチートンの新しい肉体のために選んだ、いけにえだ。あいつの体を乗っ取ろうとしてるんだ」

 今までの脅すような口調ではなかった。不思議なことに、誠意すら感じた。だからこそその言葉は、ユカリオンへ衝撃を与えた。

「榊乃くんの体を、乗っ取る!?」

「嘘じゃねえよ……ああ、初めてだ、こんな、気持ちは。イライラしねえってのは、こういう、ことかよ……けっ」

 炎がカマセイヌの体を燃やし尽くした。ユカリオンは、最後に残ったクリスタル・ベータの欠片を、そっと腰の小物入れにしまった。

 ユカリオンの心に、怒りが沸いた。好きな人の心を消して、いけにえにしようとしたサルハーフへの怒りは、今までの異次元モンスターに感じたものよりも、何倍も大きい。顔を上げたユカリオンは、サルハーフを鋭くにらみつけた。

「榊乃くんを返してえっ!!」

 ユカリオンは怒りに任せてゴミの山を駈け上り、跳んだ。ブレードを手にサルハーフへと切りかかる。

 そのときだった。ユカリオンの目の前に、ロスト・ワンがサルハーフを守るように現れた。

「っ!!」

 ぎりぎりブレードをそらせたが、ロスト・ワンのゴーグルには亀裂が入り、顔があらわになった。

 紫の光をたたえた瞳と、死んだように表情のないロスト・ワンの顔を見ながら、ユカリオンは地上へ落ちていく。

「ほほほほっ!! 彼はもうアナタの知るサカキノなんとかじゃあないワ! ロスト・ワン、ユカリオンから、クリスタル・アルファを奪いなさイ!!」

 ユカリオンの体に拘束の鎖が巻きつき、地面に激しく叩きつけられた。

 仰向けになったユカリオンに、ロスト・ワンが押し倒すように覆い被さる。ロスト・ワンを見たユカリオンは、戦う気力を失っていた。カマセイヌとの戦いで、ずいぶんエネルギーを使ってしまったのが大きな理由だった。

 変身を維持する力が少ないことを悟ったユカリオンは、自分の意思で変身を解いた。

【なにをしているユカリ! 死ぬつもりか!?】

「私のこと、忘れちゃったの?」

 変身を解いた由香利は、ロスト・ワン、いや、優人へと、か細い声で問いかけた。

 ロスト・ワンの顔が近かった。初めて近くでその顔を見た。大人びていたが、それは紛れもなく優人だった。

「私は、貴方のこと、忘れてないよ。榊乃くん、ううん、優人くん」

 初めて名前で呼んだ。これが最期ならば、名前で呼びたかった。変身を解いたのも、天野由香利として伝えたいことがあったからだ。もう、戦う力は残っていない。なにより、ロスト・ワンと戦いたくなかった。

 それでも最後に残った希望を信じて、由香利は押さえつけられた上半身を、必死の思いで浮き上がらせた。

 胸元のリオンチェンジャーが緑の光を放つ。それに気づいたロスト・ワンの手が伸びる。

「私、やっと気づいたんだ」

 ロスト・ワンの中にいるはずの優人に、どうすれば気持ちが伝わるのか。由香利は、自然とどうすればいいのか分かっていた。

 それは、母と父が「好き」を伝えるときにしていたことだった。

「私、貴方のことが、大好きだよ」

 ロスト・ワンの指がリオンチェンジャーにふれるのと同時に、由香利はロスト・ワンの唇に、自分の唇で優しく触れた。

「――!?」

 その瞬間、リオンチェンジャーからエメラルドグリーンの光があふれ出した。光はやがて球体になり、由香利とロスト・ワン、二人を閉じこめてしまった。



 気づけば由香利は、まどろみのような場所にいた。しかしそこは、いつもの場所とは違っていた。

(ここは、どこ?)

【ここはロスト・ワンの――榊乃優人の意識の海だ】

(優人くんの、意識の海?)

【ユカリの思いの強さと、唇に直接触れたことで、彼の意識の海に入り込めたようだ】

 由香利はアルファの声を聞きながら、意識の海を泳ぐようにさまよった。気づけば、ガラスの破片のようなものがたくさん浮いている。

 のぞき込むと、そこには父と兄と離ればなれになったとき、本当は泣きたかった優人の姿があった。別の破片には、優人に暴力を振るい、ひどいことを言う母を怖いと思う一方で、母を愛するあまり、なにも言えない優人がいた。また別の破片には、転校してきたとき、本当はクラスメイトと仲良くしたいと思っている優人がいた。

(これは、優人くんの記憶?)

【どうやら、記憶とそのときの気持ちが閉じ込められているようだ】

 その中で、ひときわ光っている破片を見つけた。おそるおそるのぞき込むと、そこには由香利の姿があった。

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